拒否権無効
血の気の多い先輩のこと。
またなにか……俺が先輩の勘でも逆撫でることでも口にして、殴られるのかと思いもしたけれど、どうやら違った。
「橘ァ!」
座る俺の首を腕に捉えて――
割って入るみたいに膝の上に腰を下ろす先輩。
稽古で疲れ果てて朦朧とする頭で、この先輩の反応が一体何なのか考えるも――解答が出てこない。
「先輩?」
途方に暮れるみたいに呼んでみれば……身体を横に向けて腰を下ろした先輩から、汗をかいて濃厚に香るシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐってくる。
椅子に掛ける俺の胸に頬を寄せるみたいにして、顔を上向かせた先輩の唇が――うっすらと開いて白い歯列が覗いた。
「たちば……な……橘く……ん」
唐突な〝くん〟呼び。いよいよ意味が分からない。
どうしたものか分からなかったけれど、それは置いておくとして――どうにも一向に収まらない、喉の渇きを鎮めるべく、テーブルに置いた湯呑に手を伸ばす。
そして先輩に雫を落とさないよう注意して、湯呑の蓋をズラすと――少し冷めたジャスミン茶を口にした。
「あたしに……、――なぁんぼか……貸してくれ。……てか、貸せ」
「構わないけど」
口にしたお茶の雫を拭おうと、そっと口元に手をやろうとしたところ――だった。
その手は先輩の手に押さえられて、顎へと伝い落ちた雫は先輩の。
バイトあがりで、リップも滲んだままの唇に
転がり落ちる小銭を拾う、無造作にも似た他愛のなさで
――奪い取られていた。
「おっと、いけねぇ。思わずうっかり……ま、いいや。お前には、ひにょーきまで直で触られてんだし……今更か。そんなことより……明日は、あたしに付き合え! 橘ッ! デートと行こうぜ!」
「……いや、ちょっと急には」
「うるせぇ! 乳か! 尻か! 興味があるのはどっちだ! さわれさわれ! 揉んどけ揉んどけ!
星山は無理な気はするが、発育途中でも身体は十人並みッ! 将来有望物件だぞ! ツラまで十人並みなところは、化粧映えにだきゃあ自信あっから、それで我慢しろ! あたしは、お前の財布に用があるッ!」
「……、――先輩の……そういう裏表の無い、竹を割ったみたいな性格には好感が持てるんだけど、拒否権はないのかな」
「ないッ!」
「……分かった」
* * *
「作戦会議と行こうッ!」
「……はい」
「しょぼくれてんじゃねぇッ! 橘ッ! 声出せ声ぇッ!」
「……、――、……ぉ、おー」
「まぁ、いいだろう」
まるで幼稚園の送迎バスをバスジャックしておきながら、泣くな! 歌え! 陽気な愉しい歌を歌え! ……と、猟銃を振り回しながら無茶ぶりを強いる犯人さながらの物言い。
学校が終わると同時に俺は――柊先輩に連れ出されて、街の片隅にある公園に来ていた。
俺の懐具合を知って、昨晩から。
目をランランと輝かせっ放しの先輩は、なんだかもう……止めようもなかった。
先輩にタカられる……言い方は悪いにしても、兎に角――正直、それはこの際どうでも良い。
俺も彼女には勘違いからとは言え、ロクでも無い暴力を加えてしまった負い目もある。
先輩が、その負い目につけ込もうとしているというのなら、それはまぁ俺の落ち度。
甘んじて受け入れるつもりであった訳だけど――勘違いを抱えたまま先輩がつっぱしり始める前に、俺にはどうしても……彼女に説明しておかなくてはならない事があった。
「先輩……ちょっと」
「なんだ! 橘ッ! 逃がさん! 逃がさんからなッ!」
「……えぇっと。そこの……トイレにお付き合い願えるかな」
「ッ!? ……ま、ま……まぁ? 手付けにヤラシイことさせろ……ってんなら? 水心ありゃ……魚心って奴だろうし? べ、べつに良いけどよ……」
「それはいいから、ちょっと来て」
「お、おう!」
想像した以上に細い先輩の手首を取ると、周囲の目がなくなったのを見計らって、ふたりでトイレに飛び込んだ。
用心のために鍵を掛けて先輩に向き直ると、彼女は赤い顔。
「……そ……それで? ……なにから……してやりゃ……い、いいんだよ」
「じゃあ、ちょっと……見て貰いたいものと、聞いて欲しい話が」
「み、見る?! お、お、おうッ! バッチこいやァ!」
「少し、静かに頼めるかな?」
人目を避けるためにトイレに飛び込んだというのに、それを無為にしかねない先輩の威勢。
俺は辺りの様子を気配だけで少し探った後で、通学カバンを開いた。
* * *
「さ、さんびゃく……まん……ちゃんと、あるじゃんよ」
手渡した現金を手慣れた様子で、煽るように数えた後で――先輩が喉を鳴らす。
「ただし、これは……今年使える残りの金の全額になる」
「……へ? え、ええっと……待て待て待て。ん? ……、――、……んー、……つまり……どう言う話をしてぇんだ? これ全部くれるから……今年、一年……あたしに……ヤラシイこと好きな時にヤラせろ! ……って話してる訳じゃねぇんだよな。んん?」
「俺って……そんなゲスに見えるの……か」
「ちッ……お坊ちゃんはこれだからよ。品の無い冗談だよ。札束で顔叩いて鼻の下伸ばす、レディース雑誌に出て来るおっさんの方が、なぁんぼか! 男らしく思えるよ……で、どういう話だ」
札束を嬉しそうに弄ぶ彼女に、俺は――
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