よくあるつまらない話と、そいつは言った
血走る座った目で、ボキボキと指を鳴らす先輩に背を向けると、俺は一目散に逃げだした訳だったが――
日頃の立ち仕事で鍛えられた、健脚を持つ先輩から逃れるのは……朝から一苦労を強いられることになった。
* * *
ある日を境にアホ共のひとりが勉強会に顔を見せなくなった。
登校拒否児童を連れ戻しに出向く、担任教師の憂鬱さのようなものを噛み締めて、家を訪ねてみれば留守。
イオナの家で九九に取り組む連中のひとりを問い質してみれば――最近、柊先輩の伝手で現場仕事に出かけているとの話を耳にして
そちらの方へと足を向かわせてみた訳だったが、休憩時間に買い出しに出てそのまま、コンビニの駐車場に腰を下ろして もそもそ もそもそと、弁当を口にしていた そいつを――漸く捕まえることができた。
「断わりもなしに……フケるとか、いい御身分だな」
皮肉のつもりで口にした俺の言葉に、そいつは嬉しそうに笑って箸を止めた。
「わりぃ……橘くん。俺もう……みんなのところに行くの無理そうだわ」
疲れた顔で笑う そいつが、そんなことをぽつりと呟く。
なんだか とんでもないことを背負いこんだような、しんどそうな空気。
普通の人なら、首を突っ込むのも躊躇うだろう その様子。
けれども俺と言う人間は、いつもの如く――無機質なアルゴリズムに従うみたいに、ことの仔細についてを問い質していた。
「相変らず……おっかねぇな橘くん。普通なら、そこで……察してくれたりしてよ? 気ィ使って、踏み込んで来ねぇって」
苦笑いを浮かべながらも、目の前のそいつは――憐れむでもなく、同情するでもない俺の……いつもと変わらない様子に、なんだか嬉しそうに顔を綻ばせる。
「大したこっちゃねぇよ。家の借金を返さないといけなくなった……って、よくある話だろ? 流石に働くにしても、若干……年が足りてねぇしさ? 聞いてみてまわってみたら、柊が『アテがある』って言ってくれてよ。そんでココを紹介して貰ったって訳なんだわ」
胸の内を話して少し楽にでもなったのか、肩の荷でも下ろしたみたいな空気。
人の心に寄り添うことを俺が苦手としていることは、周りも知るところ。
「……で? その借金ってのは、いくらほどになるんだ??」
「そ、そこまで聞くのかよ橘くん」
普通なら聞くも躊躇う その内容に。
さらに突っ込んでみせると そいつは目を丸くして笑った。
「さぁんびゃ~くまん♪ な? 笑っちまうだろ? 普通の家なら車に出すか迷う程度の金で、俺働かなくちゃいかんのよ」
自虐的な笑いを漏らしたところで、工事現場に入っていくトラックを目にして、そいつは目を剥いた。
「や、やべッ! わ、わりィ橘くん! 俺コイツ片して現場に戻らにゃ!」
箸を慌しく動かして、掻き込んだ弁当をお茶で流し込むと――
「みんあい、おろひくうたえててくれ!」
口の中をモゴモゴさせて、そいつは現場へと駆けて行った。
* * *
「おらよ、茶ァでも飲め」
先生たちとの稽古を終えて、裏口から店にお邪魔すると、先輩がお茶を勧めてくれた。
「……戴きます」
ぶっきらぼうな給仕で、サービスされた出涸らしのジャスミン茶。にも関わらず、汗をかいて渇き切った喉には銘茶にも感じられた。
「そんな理由があったんかよ。てっきりあたしは、星山に影響されてよ? 自前の単車でも欲しくなったのかと……うぇ、やっぱ出涸らしはダメだな淹れなおそ」
蓋椀とかいう蓋付きの湯呑に、俺の方にも茶葉を足して湯を注ぐと――微かに開けた蓋で茶葉だけを濾すように先輩が口直し。
「さっきよか……マシか。どうしたもんだかなぁ」
お仕着せのチャイナドレスから覗く、自慢なのだという組んだ脚線美をブラブラさせて――バイト後の気怠さを漂わせて先輩は、まったりとした様子で言った。
「金なら……問題も無いんだけど」
「は?」
先輩の見せてくれた蓋椀の扱いを真似て、お茶に口をつけていると、おかしな声。
「……無作法だったかな? 御免」
「いや、違ぇよ。そこじゃねぇよ。金額だよ金額。金が問題じゃねぇって橘、お前……石油王かなんかかよ?」
呆れたものを見る目でこっちを見た後で、柊先輩は湯呑を置く。
「かッ! そんなに金余ってるってんなら、あたしに色々買って寄越せっての! そしたら、こんなあたしので良けりゃ、乳でも尻でも好きなように触らせてやらァ」
「良いよ。胸と腰については、必要ないけど」
「おい?」
「重ね重ね、御免。調子に乗ってた」
「いやいやいやいや……そうじゃねぇそうじゃねぇぞ橘。あたしが欲しがるもんの金額……分かって言ってるのかよ?」
「8桁超えるようなら……ちょっと考えさせて欲しい。善処はする」
「は?! 8桁ッ!? ……えっと? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せ……ん……まn」
俯いて指折り数えて、肩を震わす先輩。
他の3年のアホ共とは違って、実家でのバイトも長い先輩は、この手の計算程度は問題も無かったハズ。
「先輩?」
固まった先輩が気になって、顔を覗き込もうと亀みたいに首を伸ばしていると――おもむろに勢いよく席を立った先輩が、勇ましくハイヒールを鳴らして詰め寄って来た。
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