分からないところが、分からない
「……今日のコレって、橘くんの財布から出たん……よな?」
「……、――、……名義は、千影にしたけどな」
「マジか……なんつーか……橘くんの周りだけ……世界が違うわ」
「おお、走り屋チームひとりでボコるは、熊殺すは、俺たち〆るは……マジ洒落にならねぇ」
一体全体、どういう感心の仕方なのか? といったところではあったけれど……。
普段は慣れ合いなんて……まるで興味も湧かない俺だと言うのに。
風の吹き回しか、作業の手を止めてテーブルに置いたペットボトルに手を伸ばすと――こいつらの雑談に、加わる気になっていた。
「気にするな。お前たちにはとりあえず……2学期末のテストでは、全教科赤点だけはクリアしてもらう。
「――俺からすれば、お話にもならんハードルではあるけど……まぁ、今日のこれらは
「俺からの労いの一環だとでも思ってくれ
「千影の親父さんは……欧州を転戦していて、最近は中々帰ってこないんだけれど、一流と言っていい方だ――」
「な、なぁ……橘……くん? 今、気付いたんだけど……ひょっとして……千影の姐さんのお父さんって……星山レーシングの……」
スポーツニュースでの露出も多い、親父さんのこと……バイクというものに、憧憬の様なものを抱くこいつらが知っていたとしても、なんの不思議は無かったけれど。
俺がその問いを首肯すると、3年連中は一様に顔を強張らせた。
「……珍しく、勘が働くじゃないか」
キャップを締めたペットボトルを、膝の上で杖ついて弄び、こいつらが聞きたいに違いないことについてを ひとつひとつ聞かせてやることに。
「……ご想像の通り、千影の親父さんは――世界を股にかけて転戦する、星山レーシングの創設者で、チーム星山で主任走者を務める その人だ。
「小さい頃から良く俺も……親父さんが小さい子供には とことん甘いのと、お隣さんということもあって……
「愛娘の幼馴染というよしみで連れられて……ピットなんかにも出入りさせて貰っていてな?
「小学生の頃からレースに出てる 千影のマシンの手入れのイロハなんかも勉強させて貰ってた。
「お前らが話す……漫画だなんだの暴走族やら、先の話で出た……、――なんで知ってる?
「――まぁ例によって、例の如くか。……話が逸れた。
「その走り屋だのとかいう連中なんて……お話にもならない方の教えを、物心つくか つかないかの時から、たっぷりと詰め込まれたのが、千影だ――
「面白くも無い勉強の息抜きや、俺の我儘に付き合ってくれる対価として考えるなら……破格じゃないか?
「お前たちが、学校の勉強なんてものにモチベーションが上がらないのも……まぁ理解できるけどな
「親父さんには、千影のメンテナンスも俺は頼まれてる。
「そんな訳でだ……もし良ければ、このお勉強会の一環として――定期的に……まぁサーキットを押さえるには、施設側のスケジュールもあるし、金もバカにはならないから、頻繁に……とはいかないんだが
「こう言った感じの集まりを他にも開こうか……とも、考えてる。
「なんだったら、お前たち ひとりひとりに――今日、千影が乗っていたマシンと、同グレードの物を見繕って進呈してやってもいい。
「残念なことに……それなりに まとまった金は持ってはいても
「実のところ俺は……金自体には、あまり興味も無くてだな――どうだ?
「ちなみにチューンナップに関しては、期待してくれてイイぞ?」
* * *
「アルファベット帖終了ッ! 次行くぞ次ィ!!」
単語帖以前と言い切れる、地獄のような その名称。
アルファベットの形すら良く理解できていない こいつらのために。
イオナが片手間に描いてコピーしてくれた――いく分どころか、直球で女の痴態を、無理矢理アルファベットに組み入れてみせた、卑猥な構図 目白押しの代物。
下心を上手く くすぐるイオナの――見事な目論見だった訳だけど……それは、こいつらのお勉強の一助に間違いなく買ってくれていた。
「次ィ! 九九ぅ!」
「ヤン車が1ィ! ヤン車が2ィ! ヤン車が3んん!!」
数学どころか算数の域にまで程度を落としての九九だったけれど……3年たちは最初、九九と言うものすらできなかった。
自慢ではないけれど、学校の勉強で悩んだりした経験が無い俺。
そんな俺だけに、こいつらの『分からないところが、分からない』と言う問答めいたものが、俺には皆目……理解もできなければ、見当すらもつかなかった。
レベルを落としに落として――小学校でやるようなドリルから積み上げていけば、こいつらでもどうにかなるだろうという、俺の安易な目論見は直ぐに行き詰まりをみせ……
そこからどう、この初歩の初歩とも言える算数を教えようかと考えて……頭を悩ませていると――
驚くほど事も無げに、それについての考え方を示してくれたのは澪だった。
九九の暗唱の途中で、つまづいて……連中が投げ出そうとする兆候が表れたところで
宿の浴衣を着込んだ澪が、今から小噺でも始めますといった感じで皆の前に座った。
そんな彼女を囲んで、むさ苦しさ全開の3年たちが詰め寄って耳を傾ける。
(……でも、その内容は九九)
「あのね、先輩さん方……九九ってのはさ? 超役に立つんよ、まぁ聞こう」
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