男子中学生哀歌
「主に水に溶けやすく空気より重い気体の捕集に用いられる方法は下方置換、ではその逆……」
「見損なうんじゃねぇぞ! 痴漢は……痴漢は、ダメだろうがァ!! 下方……下方って! ものには限度ってもんがあんだろうがぁ!!」
「次……生物いくぞ生物。メダカのオスと、メスの違いを……あげよ」
「……俺のガンつけに……ビビらなかった奴がオスだ。それ以外は……ぜってぇ認めねぇ……譲らねぇ」
一事が万事……こんな調子で。
かねてから学校の勉強なんてものに対して、大した価値も見出せない俺な訳だけれど――
こいつらの勉強をみるという行為のハードルの高さを……俺は、まざまざと見せつけられ、思い知らされ……進路どころか。こいつらは果たして、この先の人生まともに歩いていけるのか? と、何とも言えない不安を覚えさせられてしまったのだった。
* * *
俺の見通しが甘かったと云わざるを得ない。
せいぜいが勉強を苦手とする千影や澪の――少しばかり下位互換にした程度の……奴らなのだろうと考えていたのが大間違いだった。
おまけに集中力も皆無。
すぐに席を立って、煙草を吸いに逃げ出そうとする。
「……構わん。行き給え」
丁度、今まさに――煙草を吸いに消えようとしたひとりに、イオナからの声が飛んだ。
今度はまた、どういうキャラなのかも分からない その口ぶり。
声を掛けられた一人は、足をハタと止めたまま……立ち尽くしていた。
「ぶぶぶぶぶぶッ」
イオナの足元でザラメ氏も一緒になって。
立ち去ろうとする背中を「つまらない奴だ」とでも言いたげに、落ちこぼれを切り捨てるみたいな冷徹で視線を外すと――
激しい憤りを表すスタンピングを響かせてから皆に向き直って、なにかを訴え始めた。
「わたしの旦那様! ザラメくんは……こう仰っている! 諸君! 煙草休憩の彼は置いてテストに掛かるとしよう! 成績上位の2人には! 掃除箒を手に……このホテルの廊下を! うろうろ♡ ……する権利を認める!! 存分に……色々と見識を深めてくるがいい!!!」
「「「「うぅおおおおおおおおおおおおォォオオォォ!!!!!!」」」」
「……ふッ、せめてもの手向けだ。
「あんあん♡ あんあん♡ たしたし たしたし……たしーんたしーん♪
「めくるめくピンクな音色を耳に……酔い痴れて来い。
「……これはスニーキング・ミッションだ」
「見つかりそうになったり、バレそうになった時は……カモフラージュ用の箒を上手く使いたまえ。
「難易度は跳ね上がる事になるが……無論。
「シコシコも……、――可ッ!!
「角部屋を空けておいた。オカズが足りない時には、そこに飛び込んで自由に補給し給え。
「おすすめは……、一時間後から始まる有線チャンネルのナースさんだ。
「あの女優さんの演技は、入神の域に達していると……わたし個人は思っている。
「――いや、信仰している!
「以上だ。
「あ、でも後始末だけは、しっかりと よろしくネ♡ ばっちィのがあったりしたら、連帯責任にしちゃ~うぞ♡♡」
思春期真っ只中にある男子を手玉に取る様な――イオナの人心掌握術というよりも、下心掌握術。
この場所、イオナの実家の稼業であるところのファッションホテル内という環境を生かした その手並み。
日夜、男女の営みが繰り広げられる、この箱の中に居る……ということに、並々ならぬ執心をみせる3年連中は、文句を口にしながらも――ここに足を運ぶことを止めることは、決してなかった。
* * *
「いっやあぁ~♪ あっつかい易ぅい@」
その日の勉強会を終えた後。
俺はイオナに謝礼を無心されて――部屋に備え付けられたままの冷蔵庫の中から、彼女にコーラを
手渡していた。
「ゴぉチ♡ あ! 蔵人、爪割れちゃうから開けて開けて♪」
手渡した缶を受け取って、言われるままにプルタブを開けてやると、ひったくるみたいな勢いで手を伸ばしてイオナは、ちびちびとコーラを舐め出した。
「ぉ゛お゛ぅ゛! 今日こそは……今日こそはイケると思った大人の味。やっぱり炭酸が辛くて……む、無理かぁ……味は……味は……好きなんだけどなぁ。モンエナ同様……あとで、レンジで処して……冷やし直して……飲もう」
(なんで奢らせてんだよ)
舌を伸ばして、本当に無理な様子で顔をしかめる彼女に俺は――ささやかな疑問について尋ねていた。
「どうして……協力してくれてるんだ?」
打算的で、拝金主義。
信じられない美的センスと感性。
それに絵心まで併せ持って――サブカルチャーに留まらず西洋版画、熟練エングレイバーも舌を巻きそうなほどの手並みを見せるイオナ。
一流の芸術家にだって届きそうな才覚を持ちながら『手軽で儲かるから』という理由だけで……アニメだ、漫画の同人誌なんてものをメインの活動の場として
描くことを止めない彼女を、同人ゴロなんて悪し様に呼ぶ声もあるのだとか。
俺が知る人間の中で――最も異質かつ、高度なレベルで天与ものに恵まれ尽くしている彼女。
そんな彼女の見る世界が、余人の目に映るそれとは大きく違っていることは想像できる。
きっと俺たちとは異なる……煌びやかで、鮮やかな色彩に溢れた、彼女だけの景色というものがあるハズで――俺に協力してくれる不可解な点にも、そんな……。
俺のような奴には見えもしない、なにかがあるのかと思えていた。
「……………………」
いつもブクマ有難うございます。
宜しければ、お読み下さった御感想や「いいね」
その他ブックマークや、このあとがきの下の方に
あります☆でのポイント
それらで御評価等戴けますと、それをもとに今後の
参考やモチベーションに変えさせて戴きますので
お手数では御座いますが、何卒宜しく
お願い申し上げます。




