鎖骨をなぞる指
この修羅場に遅れて乗り込んできた柊先輩が、紙皿に盛った肉に舌鼓を打ちながら……お裾分けにと、進呈したクーラーについて訊ねてきた。
我が家の庭を解放してのBBQは、食が細い女子たちによって――アッと言う間に終了。
「……もうちょっと、あと……もう、ちょっと片付くと思ったのに」
残された肉の量は、クーラー4個と3分の1。
千影はもとより、澪にイオナまで呼んだというのに減りもしない肉の山。
「んー来た奴全員に……持って帰らせようにも、今は食中毒とかやべぇしなァ……欲しい奴らに住所でも聞いてよ? 送りつけてやっちゃどーよ? 来る時、うちの厨房も見てきたけど冷蔵庫の下は、まだ段ボール2~3個分は空きがあったぞ。なんだったら、こっちに送ってくれてもいい。そうすりゃ、オヤジ共が多分……なんとかすっだろ♪」
「お願い……できますか?」
途方に暮れていたジビエを片づける目途も立って、隣で肉にがっつく先輩に目を向けると、首元に真新しいネックレスが揺れていた。
「……先輩、それ」
「んん?」
余程、お腹を空かせて今日のBBQに来てくれたのか、げっ歯類の頬袋みたいに、詰め込んだ肉で口をパンパンに膨らませた先輩が、視線の先に気付いた様子で――
自慢気な笑みを目だけで浮かべて、猛烈な咀嚼を開始。
「……それを買うために夏休み、バイトされてたんで? ダイアモンドか……ジルコニア。それと、マラカイトと……ピンク・ゴールド?」
「んおっく! ……おおよ! 一ノ瀬といい、お前といい、目端が利くじゃんよ♫ ショーメのリアンだ。いっやぁ~♪ 一目惚れって奴? こおッれ! 欲しかったんだわぁ。結局、金足りんかったんだけど……その分は、うちのオヤジ共相手に……麻雀で巻き上げたったァ♡」
普段は、良くて……煙草銭程度、奮発して酒代くらいの賭けに終始する先生たちを相手に……無慈悲に毟り取ったと仰る先輩。
きっと、その物欲を満足させて嬉しそうな表情をなさる先輩の影には……気のいい先生たちが流す血の涙があることを想うだけで――悲壮極まる「アイヤー」の声が聞こえてくるようで笑うに笑えない。
「どーよ? 似合ってんべ? ちょいワンランク上……って感じで、エレガントだべ?」
「……そうですね。
「先輩の首筋のラインから辿った先に……在るべくして在るみたいな。
「さりげないシンプルなデザインで、似合ってると思います」
明日の朝の稽古で顔を合わせた先生方に……なんと言ってお慰め申し上げようかと、うわの空で返すと――先輩が驚いたみたいな表情で固まって、こちらに視線を注いでいた。
「先輩?」
呼びかけてみると、我に返った先輩がオタオタとしだした。
「な、なんでもねぇ! なんでも……ねぇよ?!」
「……? 肉が喉にでも詰まりました? ジュースが良いです? 他は……麦茶か、ウーロン茶か……淹れて緑茶くらいしかないんですけど、取ってきましょうか。それとも お代わりです?」
「なんでもねぇって言ってんだろうが橘ッ! しばくぞ! ――、……、――鎖骨の辺り……お前に指でなぞられた……かと思った……時々、ドキッとさせる様なことを……サラッと口にしやがるよなテメぇはよ」
「……は?」
「なんでもねぇって、言ってんだろッ! 気にすんじゃねぇ!!」
柊先輩が言ったことの――意味が分からなかった訳じゃない。
『指でなぞられたかと思った』
それが例えであるのも理解できる。
そして、彼女が今どんな心地で、慌てふためいているのかも……少しくらいは想像できる。
けれども、そのいずれに対しても……実感を伴う、確信めいたものが得られない俺は。
「はい」
彼女が言う通りに、小さく返すより他無かった。
* * *
「最初……怖い人たちだと思ってたけど……3年生の先輩たち、意外と優しいよね」
「そォ? 優しいっていうか……ゆるい。取れた釦付けてあげただけで赤くなるし」
「……私、あの先輩がモリモリ食べてるのは……ちょっと好きかも……うちのハムちゃんみたいで、かわいい」
「趣味悪ぅ♪ うぷぷぷッ」
下級生たちの囁き合う声に。
クールを装って気にも留めていない素振りで――けれど、がっつりと聞き耳を立てながら。
グリルに積み上がった肉に挑む3年生一同の奮闘には涙を禁じ得ない。
「お前が……新聞に載った、橘くんの活躍を見つけて、報せてくれたお蔭だわ……ありがとよ。お前の分析力……流石は、俺たち随一の知恵者……ただ一人、高校進学を射程に収めるだけはあるぜ」
「寿畜産に進学する身としちゃ……当然よ。見てろや、お前らが見れんかった高校生活って奴の景色を……しっかりと見てきてやるからよ」
「……愉しみにしとくわ。俺は親父の店手伝いながら……リーゼント専門の店出す修行してっからよ。どっちが先にてっぺん取れっか競争しようや」
(マジか、マジなのか……あいつら)
聞いた事もない学校名。
その日、夏の終わりを締めくくるに相応しい宴の後で――耳にした校名を検索して、偏差値と評判についてを俺は調べていた。
連中の一人が、ようやく滑り込むことが可能らしい その学校は……
この国の地の果てとも言える立地に存在し
高校にも関わらず、給食に加えて――3時のおやつに、お昼寝の時間まで設けられ
俺の知る如何なる高校についての情報とも合致しない
数多の伝説がずらりと並ぶ、恐るべき場所のひとつで……
その途中まで目を通しただけの俺の胸に――近年感じたことも無かった様な……不安に駆り立てられるかの、なんとも言えない後味の悪さを残した。
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