BBQへのお誘い
「家に帰って、桐箱に合うサイズの物を探してみたんですけど……丁度イイ感じの巾着が見つかって、良かったらどう……かな?」
気も遠くなる様な職人の苦労が伺える様な――梅の花が咲き乱れる、シックな風合いの生地で拵えられた巾着を、彼女が見せてくれた。
「これは……ほんの少しだけ裏に『擦れ』があったB反の――その部分をカットして、私が練習で作った物なんだけど――
「……もし、橘くんが、あの桐箱を容れるには見合わないと思うなら……勿論、新しく用意させて戴くんだけど――」
俺とは別の形で、人付き合いを苦手とする彼女が――こちらを窺い窺い、恐る恐ると言った感じで巾着について説明してくれた。
どうやら彼女は、熊の胆を収めた桐箱を容れるにあたって
傷物に付けられる評価、B反とやらを使って仕立てた物を勧めることに、罪悪感めいた なにかを覚えているみたいではあったけれど――。
「うん、有難う。一ノ瀬さん。良く分からないけど……巾着って、いくらくらいする物なのかな?」
……こちらとしては。
民間療法の域に収まる熊の胆なんてものに……そこまでの信仰を傾けている訳でも無ければ、重箱の隅をほじるみたいな小さな傷が、元の生地にあったからと言って、それを気にするつもりも無い。
この家で金目の物を放り出したまま、埃を被らせておくと……極々稀に――ふらっと、帰ってくる母親が事情も知らずに
戴きものを棄ててしまう心配があるだけに――目の前で肩を小さくする彼女に、お骨折りを願ったに過ぎない。
彼女からのプレゼンに……特に気を払いもせず、支払いについて尋ねてみれば。
一ノ瀬さんは慌てた様子で、いつもの如く言葉を費やして
――それを固辞して。
なんとしてでも、その働きに報いたい俺を相手に、一歩も譲らない激戦をリビングで展開する構えを見せた。
* * *
「……よォ」
「あァん?」
「――俺らよ……まァじで、女子に……モテなかったよな」
「……言うんじゃねぇよ。堪えっだろうが。中学デビューで気合入り過ぎてたんだよ! ぜぇんぶッ! 床屋の雑誌と漫画を参考にしたのが悪かったんだよ……言わせんなボケ」
「橘くんと知り合えて、良かったよな……」
「ぅうッ!?」
「泣くな! 泣くんじゃねぇ! 女子に見られんだろうが!」
「な、泣いてねぇ! 泣いてねぇしィ?! 〆るぞテメぇ! 煙が……煙がよォ」
(マジでなんなんだ……アイツら)
2学期初日の学校が終わって。
その日、俺は迷惑も顧みず、唐突な申し出を皆にした。
田舎から送られてきた18リットル容量の……発泡クーラー5杯分の熊肉。
容量の内、半分程は保冷のための氷だったとはいえ――熊の胆と合わせて、お隣さんが俺に……と、送って下さった これの処分に俺は困って
皆に声を掛けてまわり、自宅の庭でBBQパーティーを催すことにした。
熊の肉と言う、口にする機会もなかなか無い、珍しい食材でのBBQとあって、一ノ瀬さんを始めとした家庭科同好会の女子一同は、急な招待だったにも関わらず
ふたつ返事で招きに応じてくれた。
「熊さんのお肉……初めて食べる」
「なんか、ちょっと……可哀想かも」
「最近聞くようになった、単なるジビエっしょ♬ 私は食べちゃうしィ~♪ ……、――、……う、美味ッ! ちょちょちょ! これ! ちょ! めっちゃ美味い!」
「……臭くないの? 私、豚肉でもダメなんだけど……え? なにコレ! 超美味しい!」
焼き鳥屋台の大将みたいな風情で、火起こしから肉の串打ち。
塩振りから、焼きまで身を粉にして動き回る3年連中に、下級生女子たちから催促の声が飛ぶ。
「いいいぃ……喜んでぇ! ちィっと! 待ってろやァ!」
さっきまでの意味不明過ぎる、悲壮な空気を振り払うみたいな威勢。
きりきりと汗をかきながらも3年連中は、どことなく嬉しそうな空気。
夏休みの田舎での俺の大立ち回りが、一ノ瀬さん経由で漏らされたのだろうかと思い――
やんわりと探りを入れてみたものの、やはりそれは、邪推と言うものでしかなかったらしい。
一ノ瀬さんから、俺が田舎に帰ったとの話を耳にしていた連中のひとりが、スポーツ新聞の片隅に小さく掲載されていた――
〝熊2頭に銃を弾き飛ばされながらも、刈り払い機で応戦して駆除した〟
――と、いうことに表向きはなっている、お隣さん宅のお爺ちゃんへのインタビュー記事を目にして。
……その記事を目にしただけで。
一体、こいつらの頭の中のインデックスは――どういった関連付けが行われているのか、疑問でしかないけれど。
記事を片手に詰め寄ったアホ共に、一ノ瀬さんが挙動不審に目を泳がせたことで……。
脊椎反射と、勘だけで人生をやりきる御所存の3年生の皆様方は。
飛躍に飛躍を重ねて――その老人の離れ業に、……何らかの形で俺が関わったに違いないと、断定して。
根拠もなにも無かったハズにも関わらず。
正解に辿り着いてしまった……というのが、この件における真相の様だった。
(流石は、動物……)
* * *
「でぇ? 橘ァ? 本当にあとで〝アレ〟貰って良いんかよ? 熊の肉って、うちのオヤジどもが言うにゃ高級牛より高いとかって話だぞ。……てか、マジでうめぇなコレ。臭ぇのかと思ってタレの奴、取って来たけど……塩コショウで全然イケる。むしろ塩コショウだけが、一番美味いまである」
「……あの……ですね。柊先輩。玄関に積んだままのクーラー見ました? 骨とか外して人間の体重の……半分くらいの量が残ってるんですよ? どうすればいいんだ……あんな量……」
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