無用の良薬
昼で終わった、2学期の初日。
充分な数のミシンが揃った、一ノ瀬さんの牙城。家庭科同好会は、活気に満ちていた。
「――それで一ノ瀬さん。申し訳ないんだけど……これと、これ。暇な時でイイから……お願いできないかな? 費用と手間賃なりは、前払いででも請求してくれたら喜んで出させて貰うから」
お爺ちゃんの工場で見つけたアシストスーツの図面と、桐箱を手渡すと――彼女は、少しだけ難しい顔をみせた。
「……橘くんのお願いなら……最優先で、取り掛かるつもり……なんだけど……この図面。
「ごめんなさい……こちらは正直、実物に合わせながらでないと……ご期待に添える物は……作れない……かも」
彼女の出色の針の業に盲目的な期待を寄せ過ぎて、少々無茶ぶりが過ぎたらしい。
一体、どれだけの仕立て屋が、目にしたことも無いアシスト・スーツなんてものの外装を、図面ひとつから仕立て上げることができるというのか。
無鉄砲過ぎる話を持ち掛けたことを詫びて、外装の制作は後日、実機を直接御覧戴いてからということで、お願いし直すことにした。
「あと、こちらの桐箱は――……へその緒? ……それにしては……二回りほど大きいような」
手渡した桐箱のひとつを開けもせずに『へその緒』と表した、彼女の感性に――如何にも日本の女子とでも言うようなのを感じてしまう。
「開けて……みても?」
中に興味を覚えたのか――それとも必要な事だったのか。
おずおずとした感じで、一ノ瀬さんが尋ねる。
「うん、見たところで……面白いものじゃないけどね」
* * *
俺たちのやりとりを遠巻きに見ていた、同好会の女子連中が手を止めて集まってきた。
一ノ瀬さんを中心に、押し合いへし合いするみたいな黒山の人だかり。
下級生たちからの圧迫感に……少しだけ窮屈そうに両肩を狭めて彼女が桐箱を開けると――同時に、それまでの皆の期待するみたいな空気はどかこへと消えてしまった。
「干した……イチジク?」
「……なんか……キモイ……臭そう」
「呪いの……アイテムっぽくない? ……コトリバコ……的な?」
「わたしには……ウシガエルのオタマジャクシが池から飛び出したところで……自動車にペッちゃんこにされた……、――死骸に見えるかも」
「え……グロッ……なにそれ? ……グロっ」
一ノ瀬さんを皮切りに、箱の中身について女子たちが好き好きに囁き合う。
そして出し合った意見に収拾がつかなくなったところで、皆の視線が一斉にこちらを向いた。
「ウルソデオキシコール酸、いわゆる熊の胆って奴だ」
「肝? ……内臓?? きしょ!」
* * *
女子のひとりがあげた声に、一ノ瀬さんを中心とした輪が心持ち……遠巻きなものに変わって、そしてこちらを見る下級生の女子たちの――信じられないものを見るかの視線が一斉に注がれた。
「……そんな風に見ないでくれ。夏休みに田舎に帰ったら、お隣のお爺ちゃんに貰っちゃったんだよ。送られてきたのは、昨日だけどさ
「こっちと、こっちがお隣のお爺ちゃんがやっつけた熊の奴。……こちらの残りふたつの奴は……ちょっと分からない。へそくりしてた物でも送って下さったの……かな?
「熊由来の生薬で、昔は1グラムあたり3000円はするような代物で……同量の金と、同じ価値があったんだそうだ
「今でもレースごとに大金が動く、競馬の馬主や 調教師なんかが求める貴重品らしいぞ?」
「「「「「き、金ッ!」」」」」
現金過ぎる声と共に再び狭まる輪。
お隣のお爺ちゃんから、送られてきたものが……先日のツキノワグマの物か、それとも相当品を用意して送って下さったのかは分からなかったけれど。
それは兎も角として、俺が一ノ瀬さんに頼んだ桐箱を収める袋の制作理由については――皆、得心がいってくれた様だった。
「い、い、い、い……1グラム、さ、さ、さ……3000円って……ここにある全部で……い、いくらぐらい……、――す、するんですか? せ、先輩? 先輩っ」
さっきまでの散々な言いようも忘れたみたいに、目を輝かせた女子のひとりが尋ねてくる。
「詳しくは無いけど……。最近では、熊でなくても牛の胆嚢でも同じ効果が得られるみたいな話も聞かないでもないから……価値については。……ただ、粉末だったり。丸ごとだったり? 熊の胆っていうものにも色々あるんだとかで――そこの桐箱4つに、ひとつひとつ収められてる奴は……琥珀色っていうのか、良く炒めたタマネギみたいな飴色っていうのか――そんな色をしてるだろ? 話によれば、ひとつあたり14万~15万円はするんだそうな」
* * *
「ホムセンで炭ィ買ってきたぞぉ! くっそ重ィ!!」
「……おう、それを置いたら手ぇ洗え。次は串作れ串ィ」
「ちったァ……休ませろやぁ! 徒歩で運んだオレのことをちったァ労われ!」
「バカ野郎! 時間がねぇんだよ時間がぁ!! また前みてぇな生活に戻りてぇんかよ!」
「……それはヤダな。絶望的すぐる……石鹸! どこだァ!!」
庭に面したリビングで一ノ瀬さんの応対をしようとしていたところだった。
「……、――、……」
いちいちバカみたいに声を張り上げる3年連中に……一言、釘を刺そうとソファーから腰を上げようとしたところ、連中はこちらが滲ませる不機嫌を一早く察したらしく
直ぐに口をつぐんで、それぞれの作業に戻っていった。
向かいに座る一ノ瀬さんが、困ったみたいな笑顔を浮かべる。
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