可愛い孫には馬手差しを
――人の感情や、思考の襞と言うものを読み取る感覚でも備えていて、絶対の自信の元に下した判断だとでもいうのか。
それとも、ただ単に……肝が太いだけなのか。
これが装置の不具合・不可解な挙動の類であれば……決して見逃したり、放置はしない所だけど――ここ最近。
千影を始め、こいつらとの付き合いを始めて以来の関係の変化に、不可解としか言いようのない女子特有の感情や、行動と言うものに触れる機会が多くなって……俺の感覚も麻痺していたのか。
既に終わった仕方の無い事と諦めて、俺は二つ目の水菓子に手を伸ばしていた。
* * *
お爺ちゃんとお婆ちゃんの家に帰ってきて10日あまり。
本当なら、せめてお盆が過ぎるまでは滞在しようと考えていた帰郷ではあった訳だったけれど――澪とイオナという騒々しいこと、この上ない2人も一緒となると、祖父母に気にしている様子は見えないとはいえ、心苦しいのもまた事実。
そんな訳でふたりが押し掛けてきた理由であるところの夏休みの工作とやらを、片手間に片付けて。
お盆を目前に一旦、邪魔者を追い返すべく、俺と千影も家に帰ることに決めた。
⦅そんな訳だからさ? お爺ちゃん……とりあえずあいつら追い返したらお盆には、また来るから⦆
「気にしねぇでイイって言ってんだろが……七面倒臭ぇ。うちのあいつがここ最近、機嫌が良かったのは知ってんだろ。娘さんらが3~4人増えたところで、どんだけ食い扶持が増えるってんだ? 揃いも揃って、雀の餌かって? 程度にしか食いもしねぇ……しょうもねぇ。妙に、よそよそしく気を遣う奴になりやがったな蔵人。お前……そんな奴だったか?」
お爺ちゃんの言う以前の俺が一体、どんな奴なのかは分からなかったけれど。
バス停で黄色い声を上げて笑う3人と、そばで にこやかな笑顔を浮かべて一緒にいるお婆ちゃんとは距離を置いているにも関わらず、声を潜めてちらちらと皆の方を気にする俺に、お爺ちゃんは――
馬鹿馬鹿しさを隠しきれない様子で笑いを零した。
「――は? 電池要らないの? そのラジオ??」
「ふっふっふっ♪ 小学校の頃は……夏休みの工作の宿題が出されるたびに……あんたのお絵描きやら、版画の前に後塵を拝してきた私では御座いますが! 今年は違ぁうッ!! 今年は、この……えぇっと、蔵人ォー?! なんだっけ? これぇ」
「塹壕ラジオだ……」
一分のズレも無く到着する都市部の電車のダイヤと違って、時間通りに到着することがまずない、田舎路線のバスの到着を待つ間、暑さに萎れそうになるのも堪えて声を返すと、澪の鬼の首を取ったかの大喜利めいた講釈が――再開された。
特別器用でも、その手の知識も無い女子でも適当な材料から作れる「だろう」物と考えて、片手間に……本当に片手間で作って渡してやった――カッターの刃と鉛筆と銅線。
お爺ちゃんの壊れたラジオのセラミック・イヤホンと、澪が去年から使い続けて、ついに使い切ったのだという――回転焼きみたいな分厚さの、空になったコンパクトを材料に
スライダー・アームなどを最小の構成で制作した物。
民法のAМがFМに切り替えられるという話を近頃聞いた様な気もする。
じきにこれで聞けるのはNHKの第一だけになるだろうけど――煩わしいばかりの夏休みの工作に求められるものと、澪が俺に求めた内容を考えてみれば充分に違いない。
とはいえ。……せめて、せめて名前くらいは憶えてはくれないものだろうか。
なんともスッキリしないモヤモヤとしたものが残る俺に、またお爺ちゃんが笑った。
「……蔵人」
ショートホープを咥えて、懐から取り出した物をお爺ちゃんが、ぶっきらぼうに差し出した。
「持ってけ」
「なんだよ? お爺ちゃん」
西陣織の雅な袋に入れられたそれを、訝しみながらも受け取ると、手の平に伝わってきたのは――鍛え上げられた鉄が震えて……鳴る感触が、頭の中に虚ろな像を結んだ。
「脇差? いや、もっと短いな……懐剣?」
「へ……袱紗に入れられたままのもんを、手に取っただけで中身を察しやがる。冴子――……お前の母親と、可愛げのねぇところは相変わらず……全く、変わりゃしねぇ。そりゃあ馬手差しよ」
「馬手差し?」
* * *
「鎧通しって言った方が通りが……いいんか? 合戦の最後……大将首を取りに一騎討ちを挑んでくる下郎を迎え撃つ時に用いられた最後の武具がそれよ。
「飛鳥の時代の末から始まる源氏、平氏、藤原、橘。
「その四姓のひとつが、うちの苗字な訳だ」
「由緒ばかりが御大層で、さらばえた――流れも怪しい家ではあるけどよ……家宝伝来のと言うにゃ仰々しい、煤けた代物じゃあるが……世が世なら、お前も立派に家を継ぐ歳よ。
「遺してやれる財産なんてものはねぇが……持ってけ」
「このご時世に……中学生に刃物渡すか? お爺ちゃん」
俺みたいな、ろくでなしが受け取るには少々、尻込みを覚える、我が家のお宝に……珍しく、世間一般的な感性を口にした俺を――お爺ちゃんは、抑えるのも一苦労な様子で笑った。
「……お、お前が……そんな、まともな事言うなんてな……明日は雪か」
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