乳殺 ―oppai execution―
(……い、いかん……この……ままだと、……ほ、本当に……し、しぬ)
「くーちゃん! くーちゃん!?」
イオナの体重を押し返そうと千影も畳についた手に力を込めるものの、体勢も体勢。
「愛する人を……凶乳で亡くすママには悪いけど……わたしとザラメくんの……幸せな未来のために許して――」
喘いで肺に空気を取り込もうにも、鼻と口をぴったりと塞いで圧を増す、千影の柔らかな乳房に――意識は朦朧。
こんな情け無い迫りくる死については……思うところも、普段であればあったかもしれなかったけれど――いよいよ本当にお陀仏かと、全身に諦めが拡がり始めかけたところだった。
「やめんかアホ」
「あ、ああん♡」
イオナの度の越した悪ふざけから、俺を救うべく差し伸ばされたものは――救いの御手などではなく。幼稚園前後からの付き合いらしい、イオナを足蹴にする、澪の白い足。
「他人様んちの田舎にまで……厚かましく押し掛けてんのに――その家の跡取りを亡き者にしようとする奴があるか」
「だぁってぇ……だぁってさぁ」
* * *
ルームウェアのショートパンツからスラリと伸びた澪の脚で蹴押されて、千影の背中から転げ落ちたイオナが唇を尖らせる。
「くーちゃん! くーちゃん!」
心配そうに俺を揺さぶる千影の声に、酸欠で朦朧としていた頭も次第にはっきりしてくる。
「ぐっばいイオナ……いや、この場合ぐっだい? 長い付き合いだったわ。蔵人に無残に殺される最後を選ぶとか――本当にあんた、漫画みたいにオカシイ奴だったよ。なむなむ」
澪から手を合わせて拝まれた途端に変わる、イオナのトーン。
「……え? 殺され? え? こ、殺されるんか? わたし」
痛む身体に――全身に行き渡らせるには希薄な血中酸素。
夢遊病者の様な力の無さで、身体を起こした俺の様子にイオナの喉が鳴る。
「……時間を考えてくれ。近所迷惑だろうが。田舎はホント、そういうの気にしないとダメなんだって」
「――へ? お咎めなしなの? 蔵人? 皆殺しの魂、百までのあんたが?」
「んだよ……それぇ」
一体全体、澪が俺を……普段どんな奴と捉えているのかは――相も変わらず、謎ではあったけれど。
彼女の予想を裏切ったらしい俺の口から漏れた言葉に、拍子抜けした表情が浮かんで消えた。
* * *
今の様な付き合いを始める前の事とは言え。
――そもそも澪とイオナの この二人には、俺も爆発物なんてものを放りつけた事もある。
そんな手前……どのツラ下げて息を巻くのか? といったお話な訳だ。
「人生初の! エロゲ―的夏休みイベント目白押しの! 田舎ライフで舞い上がっておりました! この上は! 筋肉痛に喘ぐ蔵人様のお疲れを癒すべく! 身体で支払わせて頂きます! まずはお肩を叩かせて貰います!」
そんなことを気にする必要なんてないから、もう俺を解放してくれ。
納戸に戻らせてくれ……というか他人様の田舎の日常をエロゲ―とか言うなと、胸で思いはしてみたけれど……その夜、俺の願いはどうやら叶わないようだった。
「ホント、懐が広いんだか、器がちっちゃいんだか……解らないところあるよね、蔵人は」
「う、う、う、うるさ、さい」
不可思議な、南の国ジャングルに住む生き物でも見るみたいな目をむける澪に
面白可笑しく、悪ふざけ全開の――適当、極まる肩叩きの奉仕とは名ばかりのサービスを受けることを強要されながら、俺の声は昼間の刈り払い機の2ストロークエンジンの振動を思い出したかのように、しばらくの間震え続けた。
* * *
「お駄賃! 100兆万億円になります!」
「金、取るのか」
「……お留守番をしてくれた愛するザラメくんへ、おやつスティックをお土産に貢がなくてはなりませぬ故!」
八百屋のおばちゃんが口にするような……しょうもないギャグと共に、恐らくは……100円を要求してきているのだろうパジャマ姿のイオナが、恭しく両手を差し出しているところで、みんなの分の麦茶と――戴き物だと聞かされていた水菓子を取って千影が戻ってきた。
適当な額の金銭のやり取りで、なんでも片が付くというのであれば、こちらも気兼ねが無くていい。
とりあえずイオナからの請求は、後払いにして貰うことにして――俺も御相伴に与ることに。
お婆ちゃんに食べるように言われていた、水菓子が詰められたギフトへ、めいめいに手を伸ばしての団欒。
肉体的にもメンタル的にも疲れきった身体に、抹茶味の水羊羹の甘さが染み渡る。
「――そんでねぇ~やっぱ紬これそうにないってさ。都合がぁ……っていうことよりも、ひとりで知らない路線の電車とバスに乗るってのが不安……なんかなぁ? まぁ、女子ひとりで、よー解らんところに向かうのってハードル高いしねぇ。時刻表とか、人に理解させる気あんの? って聞きたくなるくらい訳分からないし。ああ、あと蔵人が熊さん2頭やっつけたって話したら、超びっくりしてた」
「……おい」
缶詰の杏仁豆腐をスプーンで口にする、澪から漏れた言葉に思わず声。
吹聴されて好ましい内容の話でもない。悪目立ちするのは心底願い下げだと言うのに……。
「だぁいじょうぶっしょ♪ 紬だよ? 紬ぃ。あの娘が誰彼構わず、周りの人に気軽にしゃべりかけられる奴な訳ないじゃん」
俺が醸した不穏の空気を散らすかのように、扇がれる澪の手。
不都合しかもたらさない様なことを、どうしてそうも簡単に割り切ってしまえるのか……俺には理解できない。
ひょっとしてこいつには、俺には与り知りようも無い――
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