音を立てて崩れ落ちる孫としてのブランド
嬉しそうに鼻歌を歌う千影に任せて目を閉じる。
考えてみれば……いや、考えるまでも無く。
自身の生命に直結する器官を他者にあずけると言う、この行為。
これを最初に始めた奴らがどこの誰なのかも知る由も無いけれど、まともな神経じゃない気もしないでもない。
「はい♪ 次は反対のお耳」
耳から出た垢をティッシュに取りながら、千影が促す。
さっさと解放して頂きたい……その一心で素直に従うと、反対側の耳も同じように千影が世話を焼き始めた。
(……早く、早く終わってくれ)
耳の中をゴリゴリと、こさがれながら胸で祈る。
そもそも、ふたりしかいない我が家での事であれば――俺だって、ここまでの抵抗感を覚えはしない。
お爺ちゃんと、お婆ちゃんが居る この家で――もし今の、この有様を見られでもしたらどうするんだと。
俺にだって、孫として今日まで培ってきた……祖父母に対するブランド・イメージと言うものがある訳だ。
――仮に今。
部屋の襖が開いて、お爺ちゃんが顔を出して……この有様を目にしたなら。
きっと……いつもの険しい顔に、呆れたものを見るような色を浮かべて
「……邪魔したな」
そう言って素っ気なく襖を閉じて、踵を返すに違いない。
今日まで、お爺ちゃんとふたり。
家の男は、俺たちだけなのだと築き上げた……男子としての矜持をこいつは一体、なんと心得るのか。
(……お婆ちゃんだったら)
比較対象という訳でも無いけれど。
並んで浮かび上がった反応は……と言えば。
「あらあら、まぁまぁ。仲のええげな」
きっと……こう言った柔らかで、ほのぼのとしたものになるのかも知れないけれど――これはこれで……こっ恥ずかしい!
絶え間無く湧き上がる羞恥に、身悶えしそうになったのを、一早く察した千影が咎める。
脳に達する器官を人に任せている この瞬間に、確かに危険には違いない。
でもだからと言って、湧き上がる羞恥の波に震える身体はどうしようもない。
誰に見られることもなく、つつがなく終わって欲しいと念じている内に――どうやら耳掃除も終わって、解放して頂ける空気。
身体を起こすべく頭の向きを変えて、筋肉痛で軋む身体に、小さく勢いをつけようとしていると、視界一杯に入ってきたのは――千影のコンプレックス。
大きな庇の陰。
* * *
「どうしたの? くーちゃん?」
身体を捻って塵箱にティッシュを放り込もうとしていた千影が、胸に遮られた俺の顔を覗き込もうと――上体を大きく傾けて畳に手をついた。
「っぷ!?」
途端に隙間を失くして顔を圧迫する、千影の片側の乳房。
動かすたびに痛む、身体をゆすって。千影の膝との隙間から抜け出そうと無様に足掻いていたところで――不意に、部屋の襖が勢い良く開かれた。
視界を奪われたままの俺には部屋に入って来た……その時のイオナの顔を目にすることは適わなかったけれど。
「……もう、わたし……ダメ……っすわ……」
耳に届く声は、今日までに聞いた事も無いような――沈んだ暗い声。
「――どうしたの? イオナちゃ……」
普段、お目にかからないその様子に。心配そうに声をかける千影。
それに歯切れ悪く、途切れ途切れに返された呟き――
「わた……わたし……蔵人……蔵人に……に、二回も……ぃい……年して……お、おしっこ……漏らしたところ……を……み……見られ……ちゃ……った……」
「……あれは――仕方無いよ……イオナちゃ。駄菓子屋さんのラムネ飲んで……水遊びで身体が冷えた後だったもん。……熊さんも出てきたんだよ? ふ、ふか? ……こーりょくって奴だよ。気にする必要ないよ」
筋肉痛で腹筋までイカれた身体をゆすって、千影の胸から這い出そうとしているところで成されるフォローの言葉。
けれどイオナは、それを安い同情の言葉と捉えたのか――
「ママも……澪も、漏らして無かったじゃない……仕方無くは……無かったんだよ……
「こ、こんな……こんな……みっともないところを、男子に何度も……み、見られたら
「も、も、もう……ザラメくんのお嫁さんになるのは……諦めて……
「蔵人の嫁になるか……蔵人を……亡き者にして口を塞ぐか――」
* * *
「い!? イオナちゃ?!」
「ぐっぶうぅぅッ」
驚く千影の声とほぼ同時に、俺はさっきまでとは比べ物にならない程に増した――圧迫感に見舞われていた。
「蔵人! ママ! ごめん……ごめんね。も、もう! わたしとザラメくんの幸せなゴールインを守るためには! このチャンスを生かして……蔵人には、ママのおっぺぇで! ……コナンか、金田一っぽく……完全犯罪的に圧死して貰うしか無いの!」
⦅ふ、ふざけるな!⦆
「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待って?! イオナちゃん! やめて! やぁめぇてっ……あと私、ママじゃないぃぃ」
イオナが千影の背中に座り込むか……なにかしているらしい事は……その状態からでも理解できた。
普段であれば、押し退ける事は――、……俺の貧相な腕っ節では、女子二人の体重をどうにもできなかったかも知れなかったけれど、這い出すくらいはできたかも知れない。
しかし夜も更けるにつれて、徐々にピークを迎えていた筋肉痛は、それすら許してはくれなかった。
「千影ママのおっぺぇに埋もれて……せめて……安らかに死んで……蔵人」
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