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「そ、そ、そ……それで……皆さん、ご無事だったんです……よね?」
「うん、結果から言うとね? 全治2週間の軽傷だったらしいお爺ちゃんと、あと1人を抜かして――」
「だ、誰ッ?! 誰が怪我されたんですか!?」
「んんおォッ!!? い、今……耳、耳、キーンってなった……わ、私の……こ、鼓膜ナイ……なった……ないなった」
「す、す、す……すいません! そ、それで……だ、誰が怪我……されたんです……か」
「いや、怪我は誰もしてないよ? 熊はねぇ? なんか回転する……ぎゅいーん! って、……よく分からん機械持って蔵人が飛び出して来てさ? じょばばばばばばッ! って? 凄い音させて……熊さんたちを……血祭りにあげちゃった」
「……は? はぁ……、――、……はぁッ!?」
「いや、マジだぞォ? 紬ぃ? 私、大嘘付き。でも、たまぁ~に♪ 本当のお話もするネ」
「なんで……突然、片言なのかは……からかわれてる感が凄いですけれど……そ、それで……無事で済まなかった人っていうのは――」
* * *
「ぬぐおぁッ!? は……離せ……ち、千影。俺にはやらなきゃならんことが……山ほど残ってる……残っているんだ……時間が……惜しい」
「暴れないのくーちゃん! お婆ちゃんに分けて貰ったエレキバン!」
悲鳴をあげる身体のお陰で、抵抗する力も無い俺を畳に押し倒すと千影は、風呂上りに着込んだ俺の甚兵衛を引っぺがして――うんしょうんしょ♪ という掛け声のもと、身体を引っくり返させると、問答無用とばかりに背中に跨ってきた。
「やめろって……マジで……止めてくれ……今から俺は……組みたいプログラムがあるんだ……そんな医学的根拠も薄弱な磁気データに優しくないものを……俺に貼らないでくれ、頼むから」
「ダメ。もー……くーちゃん! 体力無いクセしてあんなモノ振り回すから、こんな事になるんだよ?」
刈り払い機を――いわゆる火事場のなんとかで、振り回したツケ。
筋肉痛に呻く俺に、千影は聞く耳を持ってはくれなかった。
ならば仕方なし、千影の強いんだか弱いんだか、捉えどころのない不安定極まるメンタルの――羞恥に訴えて、隙を作って逃げ出すの一手。
「だ、大体だな……浴衣着てるくせして足丸出しにして跨るんじゃない!」
「くーちゃんは、私の裸んぼ見慣れてるでしょ。いいから大人しくして」
どうやら羞恥心に訴えかけて、隙を見出すというアプローチは敢え無く失敗。
なんとか……この場を逃げ出して――。
寝床とPCがある納戸へと戻れはしないだろうかと、あれやこれやと考えを巡らすものの、痛む身体の節々が、考えを纏めるのを邪魔をした――結局、俺はしばらくの間、千影の成すがままにされるより他になかった。
背中に感じていた千影の体重が不意に消えた。
「はい♪ おしまい」
押し潰されていた肺に空気を取り込むように、深く息をついて身体を起こして――剥ぎ取られた甚兵衛の上を羽織って合わせを閉じる。
「小学生じゃないんだから、もうちょっと色々考えろ……頼むから。お爺ちゃんと、お婆ちゃんちで恥ずかしすぎるだろ。……じゃあ俺は、行かせて貰うからな? プログラムもだけど……先生たちに言われてた練習もしなくちゃいかん。せめて基本功くらいは――」
ここ最近の千影に対する後ろめたさも忘れ、ぶつくさ恨みがましく文句を垂れ流して、納戸に引き籠ろうとする俺の背後で――浴衣の裾を整えて静かに座る気配。
今度はなんだ? と伺いたくなるような……妙な空気。
世話焼きが、過保護の域にまで優に到達しているこいつのこと。
身を固くして一瞥してみれば――笑顔を浮かべた千影が、柔らかな太腿を叩いてみせた。
「今度は、お耳の掃除♪」
「……要らん」
邪険に申し出を突っ撥ねて、今度こそ納戸に戻ろうとする俺の背中へ――千影の物言わぬ圧が、さざ波の様に送り付けられてくる。
本当にもう……一体、全体……なにをどう説いて聞かせてやれば、聞き分けてくれるのか。
こいつのほのぼの回路を相手に、更に言葉を費やすしかないのか? と、かかる手間に辟易しながら、そちらを向いてみれば――
そこには満面の……お花畑のような笑顔と、催促するみたいに叩かれる太腿が揃えられていた。
* * *
誰も居ない俺と千影の――どちらかの家の中での事なら……まだしも。
今、この家にはお爺ちゃんと、お婆ちゃんも居れば……澪もイオナまで居る。恥ずかしすぎるこの仕打ちを強要してくる、こいつのお脳は……一体、どういう構造をしているのか。
「ほら早く♪ くーちゃん♡ 優しくお耳掃除してあげるよぉ? 痛くないよぉ♬」
呆れて見下ろす俺の視線なんて歯牙にかける様子も見せず、傍らに置いてあったポーチの中から、ステンレスの耳搔きを手に取って、人に慣れない野良猫を手なずけるみたいな猫撫で声。
俺のことをバカにでもしてるのか? という言葉も頭をよぎらないでもなかったけれど――こいつは……こういう奴だ。
物心ついた時分から、なにも変化していない――俺と同じく、変化できなかったのが、こいつじゃないか。俺とは さかしまに悪意の様なものから極めて縁遠いこいつの事を改めて思い知らされた。
「……終わったら、本当に開放してくれ。頼むから……お願いだから」
懇願するような気持ちで、お願い申し上げて――観念した俺は、千影の膝に頭を乗せた。
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