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処女搾乳  作者: ……くくく、えっ?
三章:モラトリアム

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イレギュラー・ゲーム

 これだけ自然に恵まれた場所にあいつを連れて帰って来ながら――構いもしてやらない、人並みの気遣いすらしてやれない、自分の体たらくに気が滅入る。


(……明日は、全作業を中止して……千影の機嫌を……取ろう。……そう言えば、ここのところ練習もしてない。先生たちにも怒られる)


 一体全体……どう、あいつの機嫌を取れば良いのかもまるで考えつきもしないくせに――千影のことなんて片手間に片付けてしまえるみたいな……そんな身の丈にも合わないことを考えながら。


 低い藪が傍に生い茂る、川沿いの道を歩き続けている内に、千影たちが遊びに来ている「ハズの」


 絶好の川遊びポイントの近くまでやってきた。


 道を逸れる藪の切れ目を川に向かって下りていけば――夏が来るたび、あいつが水遊びに興じてくれた思い出の場所。


 日が落ちた田舎の夜道は、灯りなしには足元がおぼつかないほど暗くなる。


(……早いとこ帰ろ)


 ひとつ息を吐いて、河原へと下りる藪の切れ目に分け入ろうとすると――側に見慣れた隣家の軽トラ。


 停められた車の荷台には、チップ・ソーが取り付けられたままの刈り払い機が――辺りで一仕事終えたばかりという風情で草の葉をこびりつかせて


 青臭い匂いが漂うバナジウム鋼の刃に、鈍い光の粒を煌かせていた。



 * * *



 不意に鳴った、乾いた猟銃の音。


 続いて辺りに響いたのは聞き間違えようの無い――千影たちの悲鳴と……獣の唸り声。


 顔を叩く藪の小枝に目を細めて、河原へと駆け出せば――肩から血を流す、オレンジ色のベストを着た隣の家のお爺ちゃんと……少し間を空けて、川の中に浸かったツキノワグマが2頭。


 この辺りで熊が出るたびに警戒にあたる、お隣さんの愛銃は、どこかへ弾き飛ばされたのか見当たらなかった。


 仮にそれが手元にあったとしても、この国の不合理な銃刀法を誤魔化す以外の御利益しかない――銃身の半分までしかライフリングの切られていない猟銃で……しかも2発しかない装弾数の内1発を発射した銃で、2頭を同時にどうこうできる道理も無い。


 「嬢ちゃんら……ゆっくりぞ。後ろに下がって……逃げぇ」


 自分の身も危ないと言うのに、2頭から目を離さずにお隣さんは、千影たちに逃げるように言ってくれてはいたけれど――


 足の力が抜けたのか、河原でへたり込むイオナを囲んで――千影と澪もままならない様子。


 皆と2頭との間には、まだ少しの距離。


 気取られないように、刺激しないように後ずさると俺は。踵を返して――もと来た道を駆け上がっていた。



 * * *

 


 体長120センチ程度の獣とはいえ、人間には勝てない存在であることを――本能が警鐘する獣が、立ち上がって前足を振り上げる。


 アルミのシャフトをへし折られないように後ろに飛び退いて――隙を見ては刈り払い機を突き出すと、獣の胸にヒットしたチップ・ソーが――小径木の灌木をも断つ2ストローク・エンジンの力でめり込んでいく。


 体毛が舞い上がると同時に――日が落ちる清流に、獣特有の酸っぱい臭いと鉄の香りが立ち込めた。


 刈り払い機なんて手にしたのも初めてのことだったけれど、この()のモーター・ツールの扱いはディスク・サンダの類で慣れている。


 チップ・ソーの回転方向に対してキック・バックが発生しない様に注意しながら、もう1頭の方に注意を向けると、機会を窺うように――そいつは視界の外に回り込もうとしていた。


 話には聞いたこともあったけれど、随分知恵も回るらしい。


 深手を負わせた1頭は、あと少しで肋骨を断ち切ってしまえるところではあったけれど――回転するヘッドを引いて、勢い良くもう1頭への牽制に向ければ――


 血しぶきを巻き散らす刃の唸る音に、片割れは首を竦めて動きを止めた。



 * * *



「……あんた、橘さん()のお孫さん……か」


 肩口を抑えるお隣さんの声。


 倒れた2頭に注意を払ったまま――全身真っ赤に濡れた俺が短く返事を返すと、俺みたいな奴であってさえ……容易に読み取ることができる空気。


「……すみません。一言、断わりもせずに……これ、勝手させて貰いました」


 エンジンを切った刈り払い機についてを詫びると、今度はなんだかポカンと呆けた様な間。


 足元でコト切れた2頭が兄弟だったのかどうかは……分からないし、それがどのような類の行動だったのかは判断もつかないけれど――結局、2頭は息絶えるまでの間。執拗に向かってくる事を止めなかった。


 ……理由なんてものは特に無くて。


 獣の足回りに翻弄されては敵わない事を早々に察した俺が――チップ・ソーを小刻みに向こう脛に突き出すようにして、2頭の足へ手傷を加え続けた事で……


 ただ単に逃げ出したくても、逃げ出せなかった――という程度の理由しか、無かったのかも知れないけれど。

いつもブクマ有難うございます。


宜しければお読み下さった御感想や「いいね」


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それらで御評価等戴けますと、それをもとに今後の参考や

モチベーションに変えさせて戴きますので


お手数では御座いますが、何卒宜しく

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