人倫に縁のない、動物のような――俺
「――フルで働く気……なんかなぁ? 紬はなんか……ん~、良く分からんのだけど。夏休みの間に仕立てたいものがある……とかで? 折角の夏休みなのに? こっちも家に引き籠るみたいでさ……ま、パソは持ってきたし。あとで、みんなで動画で話そうよ。気が変わったら顔出しくらいには来るかも知れないし」
陽炎が揺らめく、蝉が鳴く国道沿いのバス停。
車なんて一時間に何台通るかと言った程度でしかないけれど――こんな場所で延々と女子たちのお喋りに付き合う理由もない。
やたらとゴツいべたべたとステッカーだらけの澪のトランクと、歴戦と言った風情のイオナのキャリーをひったくると――時間も惜しかったこともあって、足早に家に戻ることにした。
* * *
商業ベースに乗せる際に必要となるコストの問題も、メンテナビリティも――それどころか『商品』として流通させる予定もないのだから、パテントの回避すら考える必要無し。
――仮にもし。
『それの……どこにオリジナリティがあるんだ?』
と、どこかの誰かに言われたとしたなら……耳も痛い次第ではあるけれど。
技術の蓄積と、開発なんて言うものは……往々にして模倣から始まる訳だ。
目の前に素晴らしいお手本があるならば、襟元を正して――座して、有難く参考にさせて頂こう。
工場で見つけたアシストスーツは、翌日には……後日、一ノ瀬さんに泣きついて――お骨折り頂くことをアテにして。
外装の布製カバーを全て取り払って、そのブラック・ボックスとでも言う部分を俺に曝け出していた。
(……意外と、すっきりしてるんだな)
分解を進める途中途中の様子を――スマホで記録しながら。
ネジのひとつひとつを並べている最中に俺が思ったことは、拍子抜けするほど枯れた技術で構成された装置だな……といったものだった。
過酷な介護現場などでの使用が想定されたものだけに、信頼性や稼働性、安全性を担保するとなると、必然的にこういう結果に行き着く……だろうことは想像もついたけれども。
とはいえ、このシステムを構築するにあたって、過不足無く……なにをどのように構成するのか? といったインター・オペラビリティでの苦労の様が窺えるスーツの検分は愉しかった。
そして、見つけ出したおもちゃに夢中になっている内に、夏休みも4日が経過。
その頃には――いつもは温厚なお婆ちゃんも。
孫の事とはいえ、男子女子の間の浮いた話には……普段、極力口を挟みたがらないお爺ちゃんも。
俺が放ったらかしにしたままの千影を不憫に思ったのか。
このあまりに甲斐性の無い不出来な孫に対して、釘を刺すことを決めたようだった。
* * *
工場で埃被る安っぽいスチールの机にPCを置いて。
スーツを制御するCPUのコードに目を通していると、雪駄を鳴らしてやって来たのは――不機嫌を漂わせるお爺ちゃん。
「……、――、……どうしたんだよ? お爺ちゃん。あぁ……スーツだったら外装は――俺にはどうしようもないけど、アテはあるから心配しないでいいよ。故障してた部分は、もう直し終わっ――」
「蔵人……」
ディスプレイから目も離しもせずに受け答えする横着な俺に、お爺ちゃんがドスの利いた声。
「……?」
「どうしたも……こうしたもあるか、お前は千影ちゃん放ったまま……いつまで、こんな錆の浮いた場所に引き籠ってやがる」
(あぁ……なるほど)
つまりは、このお爺ちゃんをして……口を挟まざるを得ないような。
俺に放って置かれたままの千影について、言葉を費やしにきたのだろう……ということは、そこで理解できた。
いや、ここまできてようやく理解できた……と、いうべきところか。
「心配しなくても大丈夫だって――俺と千影は、いつもこんなだぞ? お爺ちゃん」
突然、真っ暗になるディスプレイ。
中古で買ったノートだっただけに――バッテリーでもイカレたのかと思ったけれど。
原因は視界の外からスイッチに伸ばされた、皺と……細かな、けれども深い傷が無数に刻まれた熟練旋盤工の指。
終了処理をする猶予も貰えず、お爺ちゃんがこんな無体に走るなんて――よっぽどのことを俺は千影にしでかしてしまっているらしい。
「……四の五の言わずに、千影ちゃんの迎えにくらい行け……でねぇと家をおん出すぞ」
* * *
人様の色恋沙汰なんかには、間違っても首を挟むようなことはしない、昔の人なお爺ちゃんが……腹を立ててくれた事については――身に覚えが無いと言えば嘘になる。
というか、覚えしかない。
しかもあろうことか、先日我が家で千影に告げた『家庭を顧みない大人にしか慣れそうにない』……という
ロクでも無い宣告に対して――それでも良いと受け入れてくれた千影の懐の広さに甘えるみたいに
では、早速。
――と、俺の頭の中には一体なにが詰まっているんだ?
それとも心療内科にでも、お世話にならなくちゃいけないような……人の気持ちなんてものを一顧だに理解できないほどのダメな人間なのか?
と、いよいよ自分の思考回路なり、精神なりを心配しなくてはならないような……憂鬱で、足が重たくなった。
次第に傾き出す太陽で紅く染まった道を歩いて、このところ千影たちが足しげく通う川へと向かう。
身を翻して遊ぶヤマメが、キラリと腹を輝かせる透き通った川の流れ。
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スマホでは親指で押し易い位置にレイアウトされているのだとか。
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