一言万鈞(いちごんばんきん)
「…………こ、これ」
お爺ちゃんに連れられて歩いた、夜の田舎道。
行き着いた先は女衆が手に余る様になると、いつも決まってお爺ちゃんの合図ひとつ、男2人で逃げ込むことに決めていた、うちの工場。
退色しきった木板とトタンで造られた、戸締りひとつ無い勝手知ったる、お爺ちゃんのかつての仕事場に足を踏み入れた途端――俺は声を失くしてしまっていた。
俺が生まれる以前からそこで稼働し続けてきた、油のまわった加工機械たちに紛れて置かれていたものは、こんな場所にはまるで馴染みようもないような
――先進的に過ぎるマシニング・センタに、射出成型に必要な機械一式。
浮き上がってしまいそうな錯覚を覚える両足を必死に床に貼り付けて、一歩一歩踏みしめるような心地でそれらに近寄ると、汚れるのも構わず
どこそこと膝をついて見て回った。
(六軸加工機……。価格は落ち着いてきたとは聞くけど、安く見積もっても数百万円はする。……いや、この耐過重量を考えればもっとする)
傍らでショート・ホープに火を点けて美味そうに一服していたお爺ちゃんに顔を向けると――何本目かの煙草に火を点けようとして、点きの悪い100円ライターに小さく舌打ちを鳴らしているところだった。
「これ……、――どうしたの」
お婆ちゃんにも千影にも、それどころか世の多くの人たちに取っては場所を取るだけの無用のデカブツ。
けれどもお爺ちゃんや、俺からすれば――これほど遊び甲斐のある、おもちゃもない宝の山。
「どうしたって……買うたのよ」
「……、――、……は?」
引退を決めるまでの旋盤工歴は半世紀。
昔気質と言い切ってしまって問題無い、お爺ちゃんの口から出た言葉に――俺は間の抜けた声。
「なぁに豆粒ぶつけられた鳩みてぇな顔してやがる蔵人」
こちらの反応がよほど面白かったのか、この……いつも苦虫を嚙み潰した様な表情を崩さないお爺ちゃんが顔を微かに綻ばせる。
けれども事は、そんな瑣末なことを気にしているような問題じゃない。
これらの機械を扱うためにはパラメーターの設定を行うのに必要な、専門性の高いプログラミングの勉強からが必要になってくる。
年金を貰うようになったお爺ちゃんには……多分、ハードルが高すぎる。
とくれば……これらの機械を誰かに騙されて買う羽目になったのか、あるいは……考えるのも憂鬱なことではあるけれども、いわゆるボケと言うものが始まって――
これらの高価な加工機械を――なにに役立つモノかも判らないまま、手を出してしまったのか。
あれやこれやと胸に沸く不安の黒雲。
「あれこれ……いらねぇこと考えてる時の目は……ほんと母親そっくりだよ……お前は」
煙草の煙をゆっくりと吐き出して、見透かしたかの様に
「伝手を巡って、俺のところに届いたこいつらはな……なんでも卸し先の会社が倒産したとかなんとかで……宙に浮いていたのを俺が買い取ったのよ。それでもまぁ……確かに高くついたがよ」
短くなった煙草をツパツパと吹かして、お爺ちゃんは孫の俺も見たことの無い――やんちゃ盛りの子供の様な顔。
「昔の勢いこそ無くなったとは言えだ……この国の年寄りの懐事情を舐めんじゃねぇぞ? 蔵人。こんな機械のひとつや、ふたつ。お前のお婆ちゃんの機嫌が、ちょおォっと……悪くなる程度のことでしかねぇのよ」
(機嫌悪くなるんだ……)
俺に対して、いつもにこやかな表情しか見せたことの無いお婆ちゃんの……知らなかった一面を聞かされて、以前……無駄遣いをしてレザーマンを購入した俺に、咎める視線を向けた千影の表情とが重なった。
「それともなにか? 耄碌しちまった俺にゃ、こいつらを使いこなせる様になるのは無理だとでも思ってんのか蔵人? バカ野郎、職人が勉強し続けねぇでどうする」
職人としての気概を説くお爺ちゃんが、煙草のフィルターを噛むと口角の吊り上がった狂暴そうな笑みを見せる。
(流石は……俺のお爺ちゃん)
* * *
早速といわんばかりに、お爺ちゃんから――拍子抜けするほど薄っぺらい取扱いについてが記されたファイルを受け取ると、いつも離れの納戸に敷かれる俺の布団には見向きもせずに読み込むことにした。
ファイルが薄っぺらかった理由については、これらの機械を購入する層であれば、各々勝手に調べるなりするだろう……という事らしい。
しかしまぁ、長い長い前振りを並べ立てられても、既に気も逸る俺には我慢できそうにも無かっただけにその辺は有難い。
なにせ、あの車のエンジンだって精密に削り出してのけそうな六軸MCさえあれば、これまで小手先の誤魔化しで――なんとか機能を実現していた俺のガウスライフル等の工作物たちが、一足飛びの能力向上を図れるかも知れない。
それどころかしばらく前に、懐に転がり込んできたあの――入手に難のある拳銃の薬莢だって、コストの点と雷管をどうするか? という問題にさえ目を瞑れば……ステンレスから丸ごと削り出す事だって可能かも知れない。
興奮で外が明るくなるのが待ちきれなかった俺は、夜明けを迎えるまでの間、MCの操作について必要な知識を覚え込むと、朝を迎えるや否や。
お婆ちゃんと千影が用意してくれた朝食を掻き込んで、お爺ちゃんの工場にへと駆け出していた。
いつもブクマ有難うございます。
四か月前コロナに罹って寝込んで以来、その間にあれこれと立て込んでしまい、復帰までに今日までかかってしまいました。
前回の小説大賞の一次審査に引っ掛かっていた事をを知ったのは、コンテストも終了した後とゆーですね。
コンテスト終了後にも関わらず、律義に感想を下さった運営さんにはひれ伏す限りで。
そんなこんなで、現実では新年も明けたばかりだというのに作中では季節は夏真っ盛りだという、甚だ季節感を無視したお話となっております(ゲロ)
ぼちぼちと再開していこうかと思いますので、
宜しければお付き合い下さると有難く。
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……ああ、あと。
こっそり、表題を変更しました。
気付かない内に、ノクターンで使用していた表題に入れ替わっていたタイトルな訳ですが、このままいくと『搾乳シーン……もう無いんか』と、言われてしまいそうでビクビクでしたので。
これが一体、システムのどういう挙動だったのかは結局分かりませんでした(死)。




