ヘリテージ ~Heritage~
俺の言葉が終わるや否や、わっと歓声を上げて輪を狭める同好会の女子たち。
バーゲンセールに殺到する女性に押し出されるみたいなノリで、輪の外に追いやられた俺は――
用事も済んだことから お暇することにした。
「あ! あの! た、橘くん!」
声には少々、緊張した響き。
「こ、このミシンたちを提供して頂けるのは、物凄く……有難いんですけれど……うちの学校は、古い足踏みミシンが――今も現役なくらいでしたし……そ、その」
歯切れの悪い言葉に、首を傾げそうになり耳を傾ける。
「コンピュータ・ミシンって、一台……100万円前後は……するものなんですよ? それを4台も……それに、皮革用の業務用ミシンに……多分ご存じ無かったんでしょうけど……シューズ用ミシンまで――」
言葉を選び選びと言った様子で……他の女子が、すっかり失念していたのだろう点についてを
――しっかりと、呈してきた。
その言葉に皆が一気に静まり返る。
「……ひょっとして、修理……代金の事について聞いてるのか?」
俺の一言に、何人かが顔を青褪めさせた。
きっと雀の涙程度の活動費では賄えないと思ったのだろう。
「――別にいいよ〝お友達〟なんだろ? この間は結局、制服の仕立て直しの代金も受け取って貰えなかったし。その代わりだとでも思って……貰ってくれ。
「でも……そうだな。もし、どうしても……って言うなら――
「3年のあの先輩方にジュースでも1本ずつ、差し入れてやってくれるか?
「ここまで そのミシンを運んで、校舎に入れてくれたのは、あの人たちだし
「あぁ……あと、忘れてた
「提供元が、俺ってのは……くれぐれも学校の方には内緒にしておいてくれ。なんだか面倒な気もするし……その……困る」
こちらの費やした言葉の内容が、取るに足らない程度のものと知れた途端、
表情を明るくする、現金な他の女子たちの様には考えられないのか――
一ノ瀬さんが、なおも逡巡を浮かべる。
「――なかなか愉しかったぞ? それの修理。メーカーだけに留まらず、年式毎に異なる機構。普段目にしない仕組みと構造のオンパレードで、久しぶりにワクワクできた。そんな訳でだな。直ってしまったそれらは、俺からすれば……もう、なんの価値も無い代物でしかないんだ。要らないって言うなら……お手間を取らせて申し訳なく思うけど、棄ててくれ」
俺と一ノ瀬さんの顔を見比べ、そわそわした表情で展開を見守る――同好会の女子たち。
そんな彼女たちの表情に……一ノ瀬さんは、困ったかの 柔らかな笑顔をひとつ浮かべると
「そういう事でしたら……有難く使わせて頂きます。代々、この同好会が引き継ぐ備品として。勿論、学校の方には……この場の全員で内緒にして」
漸く、この頑固極まる女子は根負けして――
俺からの心尽くしを受け取ってくれた。
* * *
〝おはよッ! ん? ん? んー? 今朝も朝早くから励んでおるのかね 少年んー♪〟
柊先輩との校舎内での追いかけっこから……何故か頭の片隅にこびり付いて離れなくなった、自身のフィジカルの貧相さに対する……、――コンプレックス?
いや、そこまではいかない。
けれども、認識してしまった脆弱さに対しては考えるものもあって……これをどうにかしようと、一念発起して始めた日課の途中。
息を急いての走り込みの中で、徹夜明けとしか思えないテンションの
イオナからのウザ絡みを受ける羽目になってしまっていた。
〝……後で……いいか……〟
Blue tooth越しに息も整わない中でのやりとり。
手首のスマートウォッチで確認しても――自身に課したノルマの……まだ半分にも達してはいない。
このまま……こいつの無駄話に付き合わされても、ペースを乱されるだけなのが目に見えてる。
できれば話もそこそこに切り上げたかったものの、話し相手にでも飢えているのか
こいつは――それを許してはくれなかった。
〝く、くらんどくん……もそっと、もそっとだけ……そのハァハァを聞かせては貰えんかね……わ、わたしイイ子にしてるから。イイ子にしてるから! 男子の生ハァハァ……滾るッ! 捗るっ! おおぉぉお……なんだか下っ腹の辺りが、きゅんきゅんくるぞぉ!?〟
〝好きにしろ〟
〝あ、あと……で、できたら……できたら……なんだけどね? その息遣いのまま「い、イオナおねーちゃあぁん! そ、そんなのダメだよぉう! こ、こんなことイケないよぉう!」って、言っては貰えない……かな? ……そうしたら……そうしたら……助かりますよってに!〟
〝なにを言ってんだ……、――お前。……良いから、もうさっさと……寝ろって……〟
考えられる後々の面倒臭さは、頭も痛いものの――
俺は煩わしさからハンズフリーを切ると、残りのノルマを消化しつつ――ここ最近、毎朝足を運ぶようになった目的地へと急ぐことにした。
いつもブクマ有難うございます。
……はい。ここから暫く、吐き気を催す
主人公ヨイショ回。
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