そしてバカなお前は……この手から逃れるチャンスを失った
折角の空気を台無しにするかの言葉。
幼い頃から抱き続けてくれた千影の想いを――突き放すような
俺が口にしてしまった内容に、思い返すまでも無い……いくつもの類例を
記憶に思い浮かべるのか、千影が口をつぐむ。
「……そんなんで良いのかよ? 俺は……俺や、お前をほったらかしにしてきた大人たちと、なんら変わらない奴にしか成れないんだぞ?」
「くーちゃんは……絶対、そうならないもん」
拠り所も何もない、意固地になっての――ただ口を吐いただけの否定かと思った。
この後は、お決まりのべそかきが開始されるに違いないと……内心、後悔して
どうやって こいつの機嫌を直させようかと、不実に考えを巡らせてみれば
そんな事一顧だにもしないような
俺の目に焼き付けるみたいな笑顔を浮かべて――こいつは。
「寂しいのは嫌だけど……くーちゃん、お薬屋さんのおにぎりばっかり食べてイヤになって、ちゃんとしたご飯食べたくなったら――絶対に、私のところに帰ってくるもん」
揺るぎない確信を口にした。
* * *
統計的データに基づく……いや、そんなものでは到底言い尽くせない、こいつの俺に対する――異論の挟みようも無い、完璧過ぎる行動予測に
声を上げて笑ってしまいそうになる。
思えば、ドラッグストアのおにぎりに対する……俺の根深い失望は
大昔に、こいつと喧嘩した際に買い込んで来たレパートリーの――そのいずれもが
事在る毎に、いつも千影が小さな手で握ってくれた、塩と味付け海苔だけの
おかしな形をした……それに
どれひとつとして及ばなかったことが――原因だった事を思い出す。
隠しようも無く、肩を振るわせて笑う俺に
むくれる千影。
ここで、こいつの機嫌を損ねてしまえば……目も当てられない。
本当に一週間と云わずに ひと月は。
あの保存料が香る、おにぎりの世話になる覚悟が要る。
「……じゃあ、気の毒だけど――色々と諦めてくれ
「あと、あんまり下らん心配の類とかもするな
「無駄だ……馬鹿馬鹿しい」
先の笑いを何とか噛み殺して
ここ最近の千影の心配事……だったかも知れない事柄を
――解消してやるべく、珍しく言葉を費やしてみれば
「く、くー……ちゃ……ん」
浴槽から立ち上がった千影は
嬉し気な声ひとつ、飛びついてきた。
* * *
「おい、分かったから離れろ」
「……、――やだ」
「離れろって言ってんだろうが……察しろ。分かれ」
「別にいい」
「あと……苦しい」
抱擁に音を上げて、押し退けようにも
既に俺の首を捉えて、がっしりと決まってしまった こいつの腕から
逃れるのは無理そう。
仕方も無しに嵐が過ぎるのを待つみたいに、
こいつの気が済むまでの間、されるがままに任せて――
大人しく やり過ごす事に決めた。
飽きることなく、俺の濡れ髪に
頬ずりと口づけを繰り返す、こいつに
好き勝手されている内に
この……みっともない有様に、もくもくと立ち込める
黒雲のような自虐の念が込み上げる。
「中学生の俺なんかが
「こんなことを……口にしてるなんてな
「世に出て、必死に毎日汗して
「社会を動かしている方々からすれば……
「さぞや、滑稽な……小僧の戯言だろうな――――……」
「どうでもいい……くーちゃん……、――、……好き」
昔は毎日……挨拶か、なにかみたいに――他愛なく繰り返された言葉。
こいつの口から好意を伝えられたのは、どれぐらいぶりの事だっただろう。
ふたりして、ぬるくなった湯に気づいた頃
漸く俺は、抱擁から解放された。
一緒に風呂を上がって、パジャマに着替えると
――その夜。
俺と千影は、幼い頃のままに
随分と狭く感じる様になったシングルで
仔犬の様に くっつきあって
一緒に眠りに就いた
* * *
同好会の女子たちに見守られながら、
手先に目線を落としてミシンを走らせ、
家庭科室で小気味の良い音を響かせていた、一ノ瀬さんが手を止めた。
「……どう?」
実のところ――理解に余る部分も、いくつかあった。
自信の程を訊ねられたなら
……正直、微妙なところではあったけれど。
「問題……ないと思います。というか、私の家にある……業務用を思わせる、軽快さと滑らかさでした。しばらく使い込んでみないと、分からない点もありますけど……これを――その……橘くんが?」
手元のミシンに視線を向けて――彼女が口籠る。
「うん? ああ。先日、千影と一緒に街でジャンクを扱う店をまわったついでに。捨て値で売られていた物を買って、ニコイチで修理した。コンピューターのプログラムに関しては得意分野ではあるけど〝縫う〟って言う技法については……針の運びからして全くの門外漢だから。そちら方面で、不具合があったりしたら、どうしようもなかったけど――でもまぁ……上手く修理できたなら良かったよ」
いつもブクマ有難うございます。
>千影と一緒に街のジャンクを扱う店をまわったついでに
これ、大嘘です。
街のジャンクを集めたところで
どうにもなりません。
それどころか、高い買い物のハズなのに
修理をメーカーに依頼しても
「――申し訳ありません。部品のストックも、もう無い状態でして」
と、サービスセンターから面倒くさそうに
(……ちっ、修理とか言ってねぇで買い替えろよ)
そんな心の声が聞こえてきそうな
感じで扱われるのが関の山です。
きっと、主人公は街のジャンク屋ではなく
ネットのオークションなんかで
捨て値の同年式、同メーカーのミシンの
ジャンクを掻き集めたに違いありません。
とはいえ、それでも普通は修理とかできる
ような代物じゃねーです。
ハイ(´Д⊂ヽ
使い慣れた頃に壊れるんですよなぁ……。
でも手間をかけたとなりますと彼女
気にし過ぎちゃうからね
仕方ないね。
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