紙一重って、俺の事か?
「喜びも一入って奴だ。家庭科のテストの件をいつまでも、ぶつくさぶつくさ……あてつけがましく繰り返す、お前らを黙らすために――有名店の中華を振る舞うくらい、気にもならないくらいにな」
上機嫌な空気を振り撒いて、少し冷めたジャスミン茶に手を伸ばすと、三人が思い出したかの様に、顔色を曇らせる。
「……ねぇ、蔵人……これ実はさぁ、本気で……聞くか聞くまいか悩んでたんだけどさ……」
「うん?」
「あの殺人的な不味さの……白ごはん。素材のポテンシャルのみを最大限に引き出した、激マズのあれ……アレは、一体どういう意図で作ったん? ごはんなんて、スイッチひとつで普通に美味しく炊けるものでしょ?」
「……わたしが、ちっちゃい頃にアレ食べたとしたら……きっと、ひきつけか……なにかを起こして――今頃、わたし……ごはん絶許党に入党して、パンしか食わない子になってた気がするわ」
澪の言葉に次いで、今にも口元を抑えそうな表情で――先日のテストでの試食の感想を口にするイオナと、引き攣った笑いをぎこちなく浮かべる一ノ瀬さん。
済んだ事をネチネチ ネチネチと繰り返す、澪とイオナの口を黙らせるには――総括と言うべきものが必要であるらしい。
「仕方が無いんだ……俺は、食事のために料理するなんて時間があるなら、もっと他の事に時間を使いたい性質なんだ。そんな訳で……だな。あの時は、炊飯器のモードは早炊きにして……モードは少し硬めを選択して――」
「さらに水の量を減らせば、早く炊きあがって……あの、先生さえ無為と認めるテストを――早々に切り上げることができる……って、思ったんだよ……ちょっとそっと不味くても、我慢して飲み込んじまえば、それで問題も片付くだろうと思ってさ」
朱に塗られた丸いテーブルに肘をついて、憂鬱そうに説明する俺に
――皆は無言。
「紙一重って……奴か」
* * *
イオナの物言いに食ってかかろうかとしたところで――先日、俺を追って……校内をストリーキングしてみせた3年生の女子、柊先輩が顔を見せた。
「盛り上がってんかぁ? ……んだよ。冷えッ冷えじゃねぇか。お通夜か」
チャイナドレスを纏ってワゴンを押してきた先輩が、校内での印象とは、まるで違う雰囲気を振り撒いているところで、遅れて店にやってきた千影が、息を切らして部屋に飛び込んで来た。
「面子も揃ったかぁ~? んじゃボチボチ始めっかぁ」
この中学という環境にあっては……女子が男子の身長を上回るなんてことも、珍しい事では無いにしても
それでも俺らと比べてみれば、大柄と云わざるを得ない170センチ台はありそうな背丈と、イオナより、なお短くカットされて――明らかに校則違反の域にまで達しているブリーチの利いた……なんて言うヘアスタイルなのかは……分からないけれども。
パンクとまで言わなくとも、反骨を感じさせる精悍さを際立つ髪型に、やや地黒な肌――白目過多で射るような目つきからくる、威圧感からか
――誤解も、わだかまりも解けたとは言え
ゴミ捨て場での一件で、芽生えた苦手意識でもあるのか……微かに緊張した空気を浮かべる一ノ瀬さん。
瞬時に猫を被る他校の生徒イオナと、コミュ力強者の澪を交えた5人での
手打ち式めいた夕食会が、賑々しく執り行われる事になった。
* * *
菊の花が浮かべられたウーロン茶のフィンガー・ボウルで指を洗い洗い、手の付けようにも戸惑う俺たちの様子を察するや
先輩は蟹の殻を割って席をまわりつつ、俺たちの食事の面倒を見てくれた。
「上海蟹の旬って奴は、九圓十尖とか言うらしくな? あっちゃ太陰暦だから、まぁ……ちぃっと寒くなり始めるくらいか? その旧暦で9月頃は雌、10月の頃は雄が美味いんだわ。圓だの尖だのってのは、蟹の……このふんどしの形のこったな。そんなもんで、この時期は季節外れなもんだからよ? あたしんちじゃ、邪道っちゃあ邪道なんだけど、旬の……四万十川だっけなぁ? その辺りで取れる国産のモクズガニに老酒をぶっかけて蒸した物を出すんだわ……まぁ食ってみろよ。思いっきり! ……下品に食うのが作法だと思え。音を立てて身とエキスを啜って、少ない身を殻ごと口に頬張って、殻だけ小皿に吐き出せ。スイカの種だったり、サトウキビ齧って繊維だけ吐き出す要領だ。いや、もう美味いから♪ 能書き聞くよか、手と口を動かせって♫」
皆の蟹の殻を割り終えた先輩の、鍋奉行ならぬ蟹奉行的な法度を賜って
慣れない料理に顔を見合わせながら、最初に手を伸ばしたのは澪だった。
「――んん?! う、美味ッ! し、四万十川? 川? 川の蟹って初めて食べたけど……な、なにコレッ!? ハサミに ばっちぃ毛が生えてるし、泥臭そうなイメージだったけど全然、臭くない?!」
幼馴染の好反応に、安心したのか続いて手を出したのはイオナ。
「そ、それじゃ……わたしも戴きます……、――、……う! 美味っ! な、なんぞ! これっ!! や、ヤバイ! マジでヤバイッ!!」
先まで被っていた猫の皮は、どこに行ったのやら……バリバリ ボリボリと、無心に蟹を貪り始めるふたりを前にして――
そこまで自身を曝け出すことはできないのか一ノ瀬さんは、困った顔。
いつもブクマ有難うございます。
宜しければ、お読み下さった御感想や「いいね」
その他ブックマークや、このあとがきの下の方に
あります☆でのポイント
それらで御評価等戴けますと、それをもとに今後の
参考やモチベーションに変えさせて戴きますので
お手数では御座いますが、何卒宜しく
お願い申し上げます。




