狩人の夜
……恐らく燃焼速度は、秒速340メートル前後と言った所だろうから、メタル・ジェットなんて気の利いたもので、鋼板に孔を穿つ様な性能までは期待できないだろう。
他には――なんとか調達に成功した安定剤を用いて、感度を実用レベルに落としたグレネードが6。
外殻は課外授業で、ろくろを回す機会があった事から その際に都合できた。
表面に筋掻きをして置いたから……それなりに期待はできるハズ。
あとはピンポン玉を細かく刻んで、竹筒に詰めて両端をアルミ箔で塞いで作った――
ライターで端を炙りさえすれば、勝手に発火温度に達して、もうもうと白煙を噴き出すスモークが11。
調達、製造の段階から徹底的に指紋、体毛の混入に細心の注意を払って、時間をかけて揃えてきた これらを――ゴミの日に見つけた
元はマイバッグとして寿命を迎えたのだろう、ロハスな麻のトートに詰め込むと
――俺は、昼過ぎ頃に家を出た。
* * *
場所は、片側2車線の橋1本で結ばれた、河口そばの港湾施設の――海を臨む公園。
平日は、めっきりと人の気配も希薄になる、この寂れた場所で。
20代半ばから、30前半の……いかにもな男2人が、怒声を張り上げて殴り合っていた。
創作や、漫画にみられるような華麗な立ち回りとは程遠い、髪なり襟なりを取っての――威勢だけを頼りにしての泥仕合。
それを遠巻きに眺めて囃し立てる、お取込み中のお二人のお仲間さんたち。
――と、
なんとも知れない今日の集会のために、似合いもしない派手な化粧をして
勝負の行方を不安げに見守る、女子2人。
一人には、見覚えがあった。
来栖 澪。
クラスメイトの女子たちの中で、腫物を扱う様に接される所謂、お姫様。
もう片方には……見覚えはナシ。
離れた場所から 双眼鏡を片手に観察を続けていると、
不意に向きを変えた海風に運ばれて怒号と、歓声とが――ごったになった声の内容が
微かに聞こえて来た。
耳に届いたヤジの内容から、判断できた事柄は、
どうやら来栖たちは――今、死闘らしきを演じている御二人の賞品であるらしく、今夜のバカ騒ぎの決着が付けば、どこかへなりとも姿をお眩ましにあそばれて
了解の上でか、そうで無いかは兎も角として、一夜を共にすると……まぁ、こんな所であるらしい。
夜の12時をまわって、灯りも消えた公園。
身を隠す場所には、事欠かなかった。
息を潜め、足音を忍ばせて
やって来る機会を見定めて、距離を詰める。
群衆……と言うよりも、暴徒を少し……お上品にしただけの様な、人の群れに対して。
絶好のポジションを見つけると――
静かに準備を整え、時を待つ。
ダンプ・ポーチ代わりの麻のトートから、道具を取り出して並べて待っていると、
黒山の人だかりの中から、わっとした歓声。
どうやら勝者が決まったらしい。
勝鬨と言うよりも、無様な遠吠えと言った趣の声を張り上げる、ニキビ面の男は、
殴り合いで腫れあがった顔のまま、どこをみているとも知れない目で周囲からの声援に応えていた。
目に見えて輪を狭めた人の群れに、そろそろだと……思った。
刻んだピンポン玉を竹筒に満たして、アルミ箔で塞いだ代物を、片手に束ねる様に手に取ると、ライターで端を炙る。
――直ぐに、セルロイドが発火を始めて真っ白な煙が、アルミ中央に開けた小さな穴から吹き出した。
煙を噴く筒を集団の中へ、次々と放り込んでから
何度も繰り返して、タイミングを計ってきた導火線に100円ライターで火をつけると、
ニトロ・シュガーを詰めた陶弾を、
獲物たちの頭上で炸裂する様に放り投げた。
* * *
一投、二投……と、繰り返すたびに
辺りの空気を震わす、乾いた音が鳴り響いて、
少し遅れて、怒号と悲鳴が響き渡る。
そこから三投、四投と続けると、それに泣き声が加わり――
五投目には、辺りは呻き声で満たされた。
それなりに手心を加えるツモリでは……いた。
装薬をギリギリに迄、減装したからか――ただ単に、そこまでの高性能な物を精製できなかったからか……それとも、あいつの慈悲が宿ったからか。
――いや、此れは非科学極まるメルヘン。
全身のアチコチに陶の破片をめり込ませて、血を流している人間は、それなりに居るものの、死者は居なかった。
(別に、死んでくれたところで構わんのに……やっぱり、しぶといな)
お手製煙幕を事前に投げ入れたのは、この不確か過ぎる加害能力が心配だった事に尽きる。
戦意を喪失せず……こちらに向かってくる輩が居ないとも限らないと考えての備えではあったけれど――どうやら杞憂に終わったらしい。
海風に流されて薄まる白煙の中を歩いて、死屍累々と言った その場所へと足を運べば
パーカーのフードを目深に被って顔を隠す、この事態を引き起こした張本人……としか考えられない闖入者の俺に
歯の根も噛み合わない様子で腰を抜かす、頭の悪そうな髪色のおにーさんが、目を見開いて怯えていた。
立ち込める白煙の中で、爪先が何かを踏んだ。
硬い感触に視線を落としてみれば、こいつらが持参したのだろう――景気付け以外の用途がちょっと考えられない、観光地の土産物屋で見るような、雑にニスがかけられた木刀。
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