刃の糸 【Picture】
明らかにオンロード・バイクに不向きな林道を駆け登る。
積もった杉の葉にタイヤを取られるたびに、ひやりとさせられた場面はあったものの、千影が操縦を誤るような事は無かった。
いつにメンテナンスされたのかもわからない、申し訳程度に舗装された林道から、剥がれた小石がカウルに飛んだ音も何度も聞いた。
こいつらしくもない蛮勇ではあったけれども……お陰で、一ノ瀬さんを乗せたバンを示すマーカーに直ぐに追い着いて――目的地に到着。
マーカーの少し手前で、千影にバイクを停めさせて待機させると、俺はゆっくりと車に近づく事にした。
林道のわずかな離合スペースに寄せられた、車内で格闘する彼女の――窮地を告げる車のサスの浮き沈みが……勘の良いことに、俺の接近に気づいたのか静かに鳴りを潜める。
――中から明らかに……福祉にも、飲食業にも携わっている様には見えない輩が2人、ベルトのバックルを弄りながら顔を見せた。
「すいませぇん! ……わっりいんだけどさぁ! ここ私有地なんだわぁ! 直ぐに出てってくんないと、けーさつ呼ばにゃいかんのだけどぉ!」
警察なんて呼ばれた日には、困るのは自分たちだろうに。
出てきた2人が、太々しい物言いで喚く。
「……あん? 人の話聞いてなかったんかよ? なんのつもりだよそりゃ……こっちとら地権者様だぞ! 地権者様ァ!」
俺が、ゆっくりと両腕を持ち上げて かざしてみせると――男ふたりは、こちらに寄りながら不機嫌そうに ぶつくさ溢す。
――ほぼ同時に。
設定した極小の指の動きを俺が行った瞬間。
それを読み取った筋電位センサーが、装置の電子トリガーを引いた。
ぱんッ!
下腕部側面肘側にレイアウトした――元々は千影のライダー・スーツのエアバッグで使用される、炭酸ガスのボンベのバルブが解放されるや否や
その小さなガスボンベと並行して取り付けた装置が、スピアガンの銛先を模した射出体を、2枚のウィング・バーブを開いて発射。
「お゛ぉう?!」
目の前で突然、発射された〝なにか〟に驚いた声を上げて、腕で顔を庇おうとする男と、飛び退こうとする もう一人。
その2人を逸れて飛んだラインを――手元の動きで操作すると、射出体は2人の周りを飛んで絡め取った。
「ひッ! い! 痛ッ!」
「な! なんだこれ! ふ、ふざけんじゃねぇぞ! テメぇ!! さっさと取れや、コレぇ!」
手元のラインを引いて括りあげた途端、2人が怒声を張り上げる。
凧揚げという文化が存在する国であれば、わりと世界中に普遍的に存在する……喧嘩凧という風習。
最近では相手の糸を切断するため、糸にグラスファイバー粉末を塗布する事も〝ままある〟のだとか。
そのお遊びの場において、風に煽られ――操作を失った凧が観客席に飛び込んでしまい、観客の頸動脈を切断する死亡事故や、不慣れな遊戯者の指を切断してしまうなどの、鋭利な切れ味を付与された事による事故も後を絶たないと聞く。
季節がらの薄手のアウターとはいえ、括りあげた男ふたりを……着衣の上からでも出血させる切れ味を見る限り、話は本当の事なのだろう。
とはいえ――本来の凧糸であれば刃物を用いれば容易に切断する事も、可能ではあるし、ライターなんかで炙りさえすれば、焼き切る事も容易い。
そんな訳で今、目の前の2人を括りあげるのに使ったラインは――
グラスファイバー系繊維のスペクトラを使用した、釣り具メーカーの逸品をベースに加工した物。
身動きするたびに、肉に糸を食い込ませて出血を繰り返す男2人と、引張強度に裏付けられた堅固な拘束を見る限り
結局のところは、刃物やライターを用いれば簡単に切断可能なものでは有るにしても……中々の出来。
「てッめぇ! こういうの犯罪だぞ! 分かってんのかゴルァ! いてッ! さっさと解けやァ!!」
次第に喧しくなる2人を黙らせるために感電グローブで糸を掴んで、電気を流した途端――男たちは悲鳴も上げる事無く、静かになった。
(グラスファイバーだけあって電気抵抗は、やっぱり低いみたいだな……細いから、ちょっと確信は持てなかったけど……側雷のガイドにでも、なったんだろうか? 少し、勉強してみよう)
「――ライン、パージ」
Blue toothで指定したコマンドを呟くと、装置がラインをボビンごと脱落させた。
袖を振って切り離したボビンを足元に捨てると、辺りに澄んだ金属音が響き渡る。
「…………」
フルフェイスを被ったまま、ファミリー・バンへ顔を向けると、一ノ瀬さんの口を塞いで――こちらの様子を車内から見守っていた気配のひとつが、スモーク・ガラスの向こうで
怯えた 小さな声を上げた。
* * *
もはや籠手としての趣すら湛える、下腕部の装置の集合体。
感電グローブの通電端子も兼ねるカーボンのパンチカップで、車の横の窓を叩き割って――
いつもブクマ有難うございます。
病み上がりな上に、左胸の肋骨の
……多分、上から3~4番目の
骨の……真ん中の下(内側?)辺り
妙に鈍いナマクラな痛みと……ふいごが
破れてるみたいな感触が
呼吸のたびにボロっちく響きますが
気にしません(´Д⊂ヽ
目の下の晴れないクマは、新たに
私が手に入れた個性として
マッハ拳のこやしにでも致します所存!
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