荒猟師 ~Wild Hunt~
「うん、違うから……色々、間違ってるから。お料理するのはあんたじゃなくて、お客さん。そして美味しく食べられちゃうのは、あんた。……お年寄りというか、おっさんの下の世話をするところだけは、間違ってないけど。それ以外は全……部ッ! 間違ってるから。社会的な貢献の仕方も、理解の示され方も全く似て非なる まさにそれ」
「……、――、……下の世話をするところだけは間違っていない? 医療関係か、なにかで……専門的な技術が要求されるって話で……一ノ瀬さんの叔父さんも……なにか勘違いしてるって話か?」
「くーちゃんは……ちょっと、黙ってようね」
「……はい」
* * *
ザピッ
〝う、うぇいとれすから……ばーてんだーへ……りょうかぁい……とりあえず言われた通り……新しいタクシー拾って……、――うっぷ……そっちに向かう……ぅう……あんたも……なんかない……の……〟
〝ま……まさか……生煮えの米が……あそこまで……生命を脅かしかねない……ポテンシャルを秘めたものだったとは――気持ち悪いのが……昨日から……収まらない……ば、ばーてんだーへ……も、もし……わたしが……炊き立てのご飯に怯えるようになって……これから米……食べられない身体になったりしたら……旦那と一緒に、養って貰うからね……〟
ヘルメットが風を切る音に混ざって、その昔――千影と親父さんが、遠出した際に使用したという、バイク・ツーリング用のインカムを通じて
澪とイオナから死者の呻き声にも似た、連絡が聞こえてくる。
〝………………〟
〝ばーてんだー? 妖精さんはぁ? なんか全然話してなくなぁい?〟
国道を走る車を縫う様にバイクを操る千影にしがみついて、息を合わせて身体を傾けながら
〝――こいつは昔から、バイクに乗ってるときには口を開かないんだ。でも、こちらからの通話は……いつも不思議なくらい漏らさず聞いてるから、気にしなくていい〟
Blue toothを用いた会話に一向に加わらない千影を、不思議に思ったらしい澪に……そう返すと
彼女はそれに納得したらしく、通話をそこで終えた。
『あの後』
俺が担当した白米のご飯に、先生も含めた皆で悲鳴を上げた後で――
俺たちはこのまま、見過ごすこともできない一ノ瀬さんの置かれている立場を……どうにかするべく、手立てを講じることにした。
米軍の航空機パイロットが、使用するとネットで目にした、マップ・ケースを意識して制作した、太腿部の上面に括りつける形で装備したスマホ・ケースの画面には
一ノ瀬さんに渡しておいた、スマートウォッチとリングの……どちらからか、送信されてきたGPS座標が矢印となって表示されていた。
先日の実習室で話にのぼった『件の』叔父さん。
その向かう先を追うべく、俺たちは
俺と千影はバイクで――澪とイオナは、タクシーを変えながら
一ノ瀬さんから送られてくる座標データを目指して、つかず離れず彼女の後を追っていた。
* * *
市街地を離れて、辺りに農地が拡がり始めた辺鄙な場所で――俺たちが追う、ファミリー・バンは国道から脇道に逸れたようだった。
一ノ瀬さんから送られてくる、バイタルの数値も緊張しているのか……徐々に上昇してゆく。
ファミリー・バンが向かっている先は、林業用に整地された道でもあるのか、山の中。
既に この時点で、彼女が最初に思い描いたデイケアだったり、宅食のアシスタント的なイメージからは外れているのは、ほぼ間違い無さそう。
〝……飛ばせ〟
ただ一言、幼馴染に伝えると 彼女はバイクのエンジンを唸らせて――イオナ一押しの音ゲーで、恐ろしい速度で流れてくるキーを連続して叩くみたいに
バイクを左右に振って、見る見るうちにGPS座標との距離を縮め、数分と経たない内に『私有地』と、錆びた看板が立てられているだけの林道へと、たどり着いた。
古いヘルメットのバイザーを上げて、見上げてみれば。
昼なお暗い林の中からは、バイクのエンジン音が こびりついた……耳を突き刺すみたいな、鮮烈な静けさと共に――ひんやりと冷たい空気が流れてくる。
〝千影は、ここで待ってろ〟
インカム越しに伝えて、幼馴染の腰で組んでいた手を放そうとしたところ
彼女は、それを手で押さえる様にして制した。
急いで支度を整えて、一ノ瀬さんを追わなくてはならない この局面。
俺が、怪訝の空気を醸すと――普段は、無免許運転なんて以ての外。
ましてや、今日の様な時のために俺が……不法投棄のバイクから剝がして、収集しておいたナンバーを使用するなんて言語道断。
飛び石でカウルに見てわかるか どうか? といった程度の小さな傷がついただけで、
いつもは大声で泣き叫ぶ この幼馴染は。
砂利混じりの荒いコンクリートで舗装されただけの……土に還りかけた湿った杉の葉が積もる、林道にバイクを向けると、ギアにキックを入れて、エンジンを唸らせた。
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