針姫の篭絡
一ノ瀬さんの手並みは、いつも千影が見せる それと比べてみても
負けじ劣らじの鮮やかなものだった。
瞬く間に具材を切り終えると、出汁を引いた鍋に放り込んで火にかけて
後は俺が担当する炊飯器が、仕事を終えるのを待つのみと言った塩梅。
仕方が無い事とは言っても、これがテストとして機能するだけのハードル足り得ているのかは……分からなかったけれども
……まぁ、そこは一介の生徒に過ぎない俺が、考える事でも無し。
後は、ご飯が炊けて鍋の中身に程好く火が通るのを待つだけとなったところで
審査員と言うよりも、賑やかしといった表現が適当な3人が、俺と一ノ瀬さんに詰め寄って来ていた。
澪ともクラスが違うせいか――居心地悪そうにしながらも、彼女が自己紹介を終えると
俺たちは待つ間、手持無沙汰を理由に しばしの歓談に興じる事に。
* * *
「あ~そういう馴れ初め……だから3年連中、あんな手の平返したみたいに、蔵人に尻尾振り始めたんだ……」
ごく掻い摘んでの説明に、どうやら澪たちは納得してくれた……のか?
正直……千影に聞かれでもしたら、烈火の如く怒り出しそうな
聞かれたくない部分は、ぼかしにぼかして……話して聞かせると、澪とイオナの2人は場の空気を読んでくれているのか――根掘り葉掘り問い質してくるかの、尋問めいた事はしてこなかった。
「くーちゃん……えらい! 今日の晩御飯も、うんと御馳走作ったげる!」
「ありがとうございます」
なんだかに意味不明なまでに疲れる この場の空気ではあるけれど――千影の心象と、機嫌を損なう事は回避できたらしい。
千影に頭を傾けつつ、心の中でホッと一息。
そんな俺と千影とのやりとりに興味でも持ったのか、
幼馴染だという軽い説明をおこなった、俺たちの関係について――それ以上に首を突っ込んで良いものかどうかと、躊躇う空気を一ノ瀬さんが匂わせる。
「てっきり〝橘くん〟がまた、なにか……問題を起こして、一ノ瀬さんが巻き込まれたのかと思ってたから、わたしたちも安心しました」
少し前、最初に出会った時以来の――全身が痒くなるような、イオナの猫被り。
「……は?」
普段の言葉遣いから声音まで、何から何まで別人とも言える そのキャラクター。
思わずまた……俺が気づきもしない内に……別のどこかの誰かが、この場に紛れ込んできたのかと、おかしな声が出しそうになった。
「それで……一ノ瀬さん? 家庭科同好会の会長さんだってお話ですけど……同好会の活動って、お料理以外の……その、お裁縫とかもされるんでしょうか?」
普段のこいつを知ってしまった身としては……どんな思惑があって、こんな化けの皮を被っているのかは、分からなかったけれど――その薄気味の悪い物腰に、冷ややかな空気を向けながらも
女子同士の会話に、わざわざ割って入るほどの必要性も感じられなかった事から、一ノ瀬さんとイオナのやりとりを見守ることに決めた。
「……え、ええ。ハイ……一応。私が……分不相応な……会長なんて肩書に推されたのも、実家が呉服屋さんって事もあるせいで、小さい頃から和裁を嗜んでいたのもあって……」
「なんとッ?!」
* * *
(化けの皮……剥がれるの早すぎやしないか? ……なぁ?)
一ノ瀬さんの話に……途端に、いつもの調子と声。
喜色満面に席から腰を上げかけたイオナが、皆の視線と一ノ瀬さんの――ぱちくりと見開く目の様子に
「――あ、ご、御免なさい。ん! ん! んんッ! ノドに……ノドになんか今……珍獣、珍獣が大量発生しちゃって……変な声が出ちゃった」
必死にチューニングをかましてみせると、本当に人の良い御仁なのだろう一ノ瀬さんは……その事に対して、特に疑問の様なものも抱いた様子もみせず納得したようだった。
「お裁縫……お好きなんですか? 結城さん?」
「それが全然。だから……その手の事ができる方って凄いなぁって、無条件に感心しちゃいます。良かったら お裁縫とか教えて欲しいかも♡ ……あ、でも和裁って……なんだかハードルが高そう。生地とかも、良いお値段しそうだし」
一体、イオナの奴が……この会話をどの着地点に持っていきたいのかが、皆目見当もつかず――俺は静かに、押し黙ったまま。
一ノ瀬さんが打ち明けた特技に対して、好感触を見せたイオナに警戒心も解けたのか
「あ、い……一応……なんですけど……和裁以外にも……趣味の範囲で……編み物だったり、あとは……ひいお爺ちゃんの時代には、実家のお店でも当時の兵隊さんの制服だったり、学生さんが羽織ってたマントや、あとは……紳士服なんかも仕立てていたらしくて……お父さん経由で教えて貰えたお陰で……洋裁も、ほんのちょっとだけ。その他には……レザー・クラフトなんかも、やっていたり……しますんで」
口数も増えて、同好の士でも渇望していたのか――彼女がイオナに対して〝一言〟を言い出せない……傍で見ていて やきもきしてしまう空気を漂わす。
「……蔵人? この子確保。捕獲して囲っちゃおう」
そして無情にも唐突に――普段通りの言葉遣いとキャラに戻った、猫っ被りの豹変に
「え? あの……結城……さん?」
「イオナ……おまえ……突然、なにを言い出しちゃってん……だよ」
戸惑う表情を浮かべる一ノ瀬さんが――成す術無く。
強奪されるノリでスマホを巻き上げられ、イオナの奴にアドレスを交換される その様を――
俺は……ただ茫然と眺めている事しかできなかった。
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