ねりひばりにして……やる!
窓の外から聞こえて来る姦しい3人の声に、滅入っているところに家庭科の先生がやってきた。
実習で食中毒を発生させた責任を追及されているのか、表情は心労の色が隠せない。
席を立って、先生に礼を傾けると……
「あ、あ……まぁ、気を楽にして? ショックだったかも知れないけれど……蔵人くんが悪い訳じゃないから」
そう言うと先生は、力のない痛ましい笑顔を浮かべる。
「心中……お察し申し上げます」
「……ありがとう、本当に僕も泣いちゃいそう――いかんいかん。そんなことよりテストだよね」
「はい」
「とは言っても、実習は班での共同作業を見るような類のものでしかないから……お義理程度の文章問題に――」
そこ……ぶっちゃけられても宜しいので? と、思わず問い返したくなるような胡乱な一言を口にして、安心させようとして下さっているのか……先生は必死に繕った、柔らかな笑顔で続ける。
「――あとは、楽しく……みんなで料理してくれたら、それで点はあげられる程度の内容でしか無いから、心配しないで」
「……はい」
「補習って言うよりも実質、追加テストの内容なんだけど……職員会議の結果、もう当分……真空パックでも生モノは止めにしようって事になってね? 献立は――ご飯と、お味噌汁だけ……寂しいけど、お願いできる?」
「か……かしこまりましたッ!」
「ん? ど、どうしたの? 橘くん?」
「な、なんでも……なんでもありません。なん……でも」
* * *
「……んーでもさ? お菓子作りケーキ作りは化学だ! ってキャッチ・コピーみたいなのもあるじゃない? あんま……わたしには蔵人が料理できないようには思えないよママ」
「そういうレベルじゃ……そういうレベルじゃないんだよ……イオナちゃ。あと、ママじゃないもん」
「どうしよう……千影。あんたと蔵人には悪いけど、なんだか私楽しみでしょうがないわ……やッべ♪ メスシリンダーとか持ち出して計り始めたりしたら……どうしよう。噴き出す自信がある」
「橘……くん?」
窓の向こうに隠れて、面白おかしく俺の無様を笑う3人に視線をくれていると――俺の顔を覗き込んでから、窓の外に目を向ける女子の声。
慌てて声の主に顔を向けてみれば、先日3年連中にイジられていた同級生の女子が――相も変わらない、気弱そうな顔でそこに立っていた。
「あの、先生の話聞いて……た?」
* * *
「おおぅ……なんだかわたし……この学校の生徒ですらないのに……試食係に御呼ばれしちゃってんですけど。いいのか? てか、これって……他校の生徒だから……腹ぁ壊しても別にいっかぁ♪ みたいな話じゃ……ないよね?」
「どうしたん? 千影? どこかにメール?」
「……遺書じゃないけど……お母さんにメール書いてる。なにかあったら、夜の8時に送信されるようにして……」
「大袈裟すぎなぁい? 千影ちゃあぁん♪ ……え、ガチなん?」
視界の外で姦しくされても、気が散って敵わない。
担当の先生に窓の外の3人を審査係に加えては戴けないものか、試しに申し出てみたところ――意外なほどに……それはあっさりと通ってしまった。
担当教師自らが、お義理程度の文章問題の……さらには、その――添え物か、付け合わせくらいにしかみていない
調理実習の追加テストなんかに……果たしてそんな御大層なものが必要なのかどうかは、分からなかったけれども――ともあれテストは、そんな形で開始され
「……それじゃあ……先生さ。これからまた……この間の実習の件で怒られてくるから」
(……つらい)
「大して難しくもない献立だし……心配もしてないけど……あとで僕も試食にくるから、それまでに一ノ瀬さんと一緒に頑張ってね。お手伝いをお願いした彼女、家庭科同好会の会長だし……橘くんも安心してくれて良いから」
先生は、先日の不祥事の件で、これからまた槍玉に突き上げられるのだ……といった。暗澹たる空気そのものをたなびかせて、実習室を出て行った。
* * *
⦅ママぁ……ひそひそ⦆
⦅ママじゃないもん、ひそ⦆
⦅パパが知らない女子と、いちゃいちゃ仲良く おりょーりちてるよ? ぷしゅぷしゅぷしゅぷしゅ♪⦆
⦅…………⦆
⦅蔵人め……やりおるわい⦆
視界の外で、あれこれ言われる煩わしさこそ無くなったものの
一向に軽減されない3人の……げんなりする言葉と、好奇の視線。
心強い……らしい。
お手伝いさんと言うよりも一切合切、一部始終、一から十まで。
――の指示を一ノ瀬さんに仰ぎながら
課題の献立に取り掛かる。
「て、手は……猫さんの手……手は……猫さんの手……」
ダンッ!!
味噌汁の具に使う、大根をカットする際に立てた、
切断音に一ノ瀬さんが肩を竦める。
⦅なんだか……蔵人……やけに、ぶきっちょさんじゃね? 千影? なにがどーなってんのよ?⦆
⦅…………⦆
外野の雑音を耳から追い出して、必死に具材の野菜と格闘する俺に
一ノ瀬さんが耳打ち。
⦅……本当は、イケないことなんだろうけど……お味噌汁は、私が片づけるから……橘くんは、ご飯を炊いてくれますか? この間のお礼には……全然足りないだろうけど⦆
この……情けなくも正直、不安しかなかった――本来、俺が一人で片づけるべき課題に対して
彼女は背中まである、長い黒髪を揺らして はにかみながら
助け舟を渡してくれた。
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