病毒の王
それをプラスチック・ファスナーの付いた小さなビニールに入れて、先日のデソモルヒネの解毒剤だと偽って、3年たちに手渡してやると――
この連中は争うように、飴の粉を手の平に取って
ぺしょぺしょぺしょぺしょ と
みっともない有様でキメ出した。
(……そもそもデソモルヒネって、経口摂取じゃ無いんだけど……)
学校の校舎の非常階段にたむろって、シュールに飴の粉をキメる――こいつらの様子を見ていたら、溜息が漏れた。
(きっと……こいつら、大した悩みも無く……この先も生きて行けるんだろうな)
飴の粉を舐め終わった後で、3年のひとりが、その身に巣くっていた病毒が浄化でもされたみたいな晴れやかな表情を浮かべて、感謝の言葉を並べ立てるのも、また……なんだか涙を誘う。
「……役に立ってくれようなんて、考えてくれなくて良いから。
「それくらいなら、煙草を止めて――
「お願いだから、学校の授業くらいには……
「ついていけるように……なってくれ
「――頼むから」
(人生……不平等が……過ぎる)
* * *
「あぁ?! う、うおおォォッ! す、スごッ! 蔵人! 蔵人大明神様ッ! わ、私……おかげで赤点一教科も無かったわ! 千影ッ?!」
「えへへへぇ~ッ♪ 私も赤点無かったぁ♬ 今日は、くーちゃんにお礼の御馳走作らなきゃだね」
「……取り立てて騒ぐような事じゃなかろう」
中間テストの後。
3日後までには終了する採点と、その答案を返却されてのチェックも済んで……一週間が過ぎて。
貼り出されたテスト結果に、皆は黒山の人だかりを作って――自分の番号を探すため、目を凝らしていた。
「これが……優等生の余裕と言うもの……か! さてさてぇ? そんな蔵人くんの順位は……と、……おおォおぉ……え、エグッ! てかキモッ! 主要教科、ほとんど満点じゃん!」
目の良い澪が、直ぐに俺の名前を見つけ出した途端に口を吐いた『キモい』と言う語については、後で……しっかりと話し合う必要もあるように感じられはしたけれども
結果については、取り立てて騒ぐような事もなければ、
分かり切っていたものでしか無い。
……そう、分かり切っていたものでしかないのだ。
「真柴アァーーッ!!」
貼り出されたテスト結果を確認しようと集まった、生徒の群れの向こうで、
張り上げられた怒声が、廊下に響き渡る。
その声に……お世辞にも気が強そうには見えない、教師のひとりが怯えた声。
怒声の主は3年……共。
(よせ……やめろ……これ以上、俺に……恥を上塗りさせるんじゃない)
教師の襟首を掴んでドスを利かせる3年の声から逃れるように、
俺は その場から退散することに決めた。
「……どーして、2年の……橘くんの家庭科が……赤点なんだよ……お゛お゛ん゛?! 最高……100点の中間で……18点ってなんだ! 18点って! あ゛あ゛ッ゛!! 理由を言ってみろやあァ!! てッめぇ……ふざけてんのかああァアッ!?」
「…………」
* * *
――放課後――
校舎一階の調理室の窓に顔を並べるようにして覗き込む、千影、澪……そして校内に入り込んで来たイオナの3人に見守られながらの補習に――俺は、台に肘をついて……頭を抱えていた。
「え? え? え? ……ほ、補習? 中……間……の? え、なに? 学校違うし、分からないんだけど……蔵人って成績悪かったの?」
「……いや、イオナ。それがさ? 主要教科は! 特別、勉強もしてたようにも見えなかったのに……漫画の優等生みたいな……エッグい成績だったんだけどさ。なんか調理実習の班が……食中毒がどーとかで、全滅だったとかで? なんでか被害を免れた蔵人だけ……とりあえず、補習受けないといけないんだって。実際、読む事ないから……知らなかったけど……密かに新聞沙汰にまでなって……全国区デビューしてた……らしいんよ」
「ど、ど、ど……どうしよう。く、くーちゃん……一人で、お料理とか……全然できないのに」
「「……は?」」
(うるせーよ……お前ら)
* * *
「ちょ、ちょっと……澪。あんたのスマホで、その記事開いてよ。わたしのスマホ、今月ちょっち……ヤバくて課金できないからさ」
「……へぇへぇ――えぇ~っと……なになに? 市内の中学校の調理実習で合わせて5人が、喫食後1時間ほどで頭痛、じんましん、発熱、嘔吐、下痢など食中毒の症状を訴えていたことが分かった。市保健所が原因を調査した結果、実習で使用された塩漬けサバの真空パックから、海水中に存在して漁獲時に既に魚に付着している、ヒスタミン産生菌が検出されており、これが原因と見て調べを進めている。体調不良を訴えた5人の内3人は重症とのことで、このことからヒスタミン中毒以外の可能性も示唆されている……んん? これ、なんで……蔵人は無事だったん?」
「……くーちゃん、ちょっとだけ……サバのアレルギーがあるから」
「「はぁ」」
「てっきり私……またムカつく奴でも班に居たとかで……いつもみたいな調子で、毒殺を計ったのかと――」
「あー、わたしも……それ思った。蔵人なら……やりかねん」
(もういいだろ……お願いだから、頼むから帰ってくれ)
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