じかに、いっとく?
なおも なんとか気の利いた言葉を紡ごうと、
必死に頭を回転させている御様子の――きっと、できた性格なのだろう
彼女を無為に煩わすのも偲びない。
「……なにもしてない」
「えっ?」
「俺は、なにもしてあげてないし……そちらもなにも見なかった、聞かなかった」
「…………」
彼女に緩い口止めを願うと
程度の差こそあれ、コミュ障の気がある陰キャ同士の情け。
早々に解放してやるべく、俺は校舎へと戻る事にした。
* * *
「おわりだーッ! もう俺は……人生、店仕舞いに するっきゃねぇーッ!!」
――5時限目――
上級生のクラスが存在する校舎の下層階で騒ぐ気配に――授業のさなか、同級生たちが窓際に駆け寄って見下ろしながら、何事かと噂し合う。
正気を失ったかの笑い声の後で――足を掛けた〝一階の教室の窓から〟自決を決めて飛び降りたらしい。
そして外から響く……柔道の授業で耳にするみたいな鈍い音。
「お! おい! やめろって! な? な? あ、あ、あんまり目立つことすると……あ、あ、あアイツがまた――」
そして当然、死ねなかったアホが、再度ダイブに挑戦しようとするのを、必死に押し留めようと格闘する3年たちの騒動の様子が、窓から流れてくる。
事情が分からずに、その奇怪な様子をポカンと見下ろす俺の級友たち。
(……デソモルヒネを検索でもして、画像を見たのか……にしてもメンタル弱すぎだろ)
おおかた皮膚が溶けて骨が露出した、おぞましい画像でも目にして――妄想か、プラシーボ効果か、恐怖に駆られたか。
それとも、ガンぎまりでもしてしまったのか。
何故、そこから安直に自決に至ろうと判断したのかは……理解できなかったし、する気もないけれど。
「……はい、みなしゃん。しぇ……しぇきに……つ、つ、ついて……58……ページから……はじめますよ」
俺の頭の中を渦巻く、化学式や様々な図面を沈めてくれる、いつも密かに楽しみにしている古文の授業。
定年を間際に控える年老いた先生の――内面に染み入ってくるような授業は、そんな具合で騒々しくも。
極小の熱量で開始された。
「死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやるぞぉーッ! あ~ッハッハッハッハァ!」
(折角の……先生の授業なのに……サル共が……うるさくて敵わん)
* * *
「……昨日の5時間目、凄い騒ぎだったね。くーちゃん」
朝もまだ早い時間。
もはや完全に日々の日課として定着した感もある千影の搾乳。
胸をはだける幼馴染の前に膝を着いて俺は――いつも通りの機能を果たさなくなった、搾乳機を相手に、故障の原因を調べていた。
大まかに分解した搾乳機から立ち上る、ほのかなミルクの香り。
「モーターは……多分、問題無い。パッキンが劣化して……圧を稼げないのか」
原因は、すぐに突き止める事ができた。
けれども海外ブランドの搾乳機の、独自規格のパッキンを代替できそうな在庫にアテがない。
胸を出したままの千影が、壊れた家電に悪戦苦闘する俺に静かに視線を注ぐ。
次第に迫る登校のバスの時間。
あまり修理に時間を掛け過ぎると……絞るのに必要な時間が無くなってしまう。
どうしたものかと、頭を悩ませていると ぽつり。
「……お口か、手で……できちゃえば……良いのに……ね――」
そして口にするなり、自身の言葉に顔を真っ赤に染めて背ける千影。
「……は?」
故障が発覚するまでの わずかな時間。
搾乳機の中途半端な機能によって、乳線から沁み出した一滴の白い雫が
薄暗い締め切った部屋の中――幼馴染の胸の先端で、杉の葉に付いた朝露さながらに揺れていた。
* * *
千影が口にした言葉の意味を――最初、俺は。
搾乳機のカップの圧が足らないのであるならば……握り締めるタイプの手動ポンプ、またはチューブを俺が口に咥えでもして吸うことで、パッキンから漏れる以上の圧を作り出せるのでは?
……と、まぁ。
そんな風に、千影が提案したかの様に捉えてしまっていた――が。
幼馴染であるコイツの表情から察し見る限り――その想像は、違っているらしい。
次第に自分が口にした内容の捉え方の「振れ幅」の中に、破廉恥な解決案が含まれることに気づいて――後悔と羞恥に……赤らめた顔をなお赤くして。
徐々に徐々に、俯き加減を深くする千影。
俺からの視線に逃れようと顔を伏せて行く内に、彼女の濡れた乳首の先端からミルクの一粒が落ちて――スカートの上に点と、染みを作って拡がって行く。
俺も思春期真っ盛りと言える……ハズの年頃な男子。
不能という訳でも無ければ、そういった欲求が無い訳でもない。
にも関わらず――
その様な物言いを軽々しく述べるとは、不適切極まりない。
と、俺の脳内議会は、喧喧囂囂の大荒れ模様。
それは、さておくとして……
仮に、本当に……それを俺がしてみせたなら。
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