サーキットの妖精
「……ただ、できる事なら……できる事なら、この……職人の業が光る銃を潰すのは……少し考えたい」
「ええぇ……、ちょっと……引くんだけど」
「まぁ、そう言うなって。硝煙反応も出れば、発砲音も響くこんな物……おいそれと使う訳にもいかないけど――」
「ね゛え゛ぇ゛え゛ぇ゛ぇ゛……そこはさぁ? 『おいそれと』じゃなくてぇさぁ! 使わない人生を選ばないぃ?」
「――確かに」
「どこかで人知れず処分する……みたいな選択肢は無いの゛ぉ゛?」
「う~ん、……悩む」
顔色を悪くして、目で……なにか事かを ふたりが目配せし合う。
「まぁ、取り敢えず……保留。弾道ナイフに関してだけは、こんな超合金のオモチャのロケット・パンチみたいな代物、自作するのも訳無いから、どうでも良いけど。子供騙しみたいに付いてるフェロセリウム・ロッド(ファイヤー・スターター)のおまけだけは、ちょっと嬉しい。あ、でも……この金は……どうしようか? 結構な額になると思うから、みんなで分けるべきだよな」
「……いくら、くらいに……なるの?」
「実際の純度と、金相場次第としか言えないけれど……これが本当に24Kだとしたなら、1枚で700万円……くらいになるんじゃないか? 帰って調べてはみるけれど」
「な、700万円?!」
訊ねられた金額の推定額を伝えると、イオナが素っ頓狂な声を上げかけた。
「……うん。多分な? まぁ金に関して言えば……小さく割りさえすれば、俺の場合。廃品の灰を吹いて集めた……とか言って? 多少の目減りは覚悟しなきゃならんかも知れないけど、換金できるアテもある。お前たちにも分けるのは、それからって事で良いか?」
「「……イイ。怖いから要らない」」
びっくりするほどのハモりっぷりで、分け前を固辞する澪とイオナ。
俺は皆に、必要も無さそうな――他言無用の約束を取り付けると、その日のパーティーの御披楽喜の音頭を取る事にした。
* * *
「ねぇ……蔵人」
「なんだよ?」
「あの発光してるみたいな妖精さんのマークって……千影? イオナの奴に見せられたデザインの中にあった様な……気がするんだけど」
目の前を瞬で通り過ぎるサーキット上のレーサー・レプリカに跨る、白を基調に黒のラインが奔るスーツを着込んだライダーを――俺と一緒に首で追いながら、澪が呆けた口調で聞いてくる。
「目が良いな澪。そうだぞ? 3年くらい前までは……あいつ。大きな大会で何回かコース・レコード叩き出した事もあるぞ? 〝国内最速女児〟とか〝絶影〟とか〝胸にエアロ・パーツを実装した初の女児〟って、あだ名されてたせいで界隈じゃ割りと名前も知られてるらしいな」
「うそぉ……ん」
「いや、ホント。そんな訳で……今日、このサーキットに集まって、貸し切り費用を割り勘して下さっているのは、当時のあいつの後塵を拝してリベンジに燃える皆さん方だ。こっちに来てからレンタルさせて貰っただけの――専用にチューンされた車体でもなければ、結構なブランクもあるし、千影には厳しかろう」
「…………」
「なんだよ……その目は。嘘ついてどうなる? あんまり会う機会は無いんだけど、世界を転戦してるって親父さんの影響でさ? 小さい頃から……ポケバイとか言う奴をやってたんだよ。……あ、しまった。澪……さっき、あとの方で口にした〝エアロ・パーツ〟って方の話は忘れてくれ。千影が相手してくれなくなる。……あいつが居ないと、俺の食生活は途端に貧相なものになるんだ。3食ドラッグ・ストアのおにぎり食べる生活は……イヤだ」
「……メッチャ尻に敷かれてんじゃん」
「ええっと……そ、その。そこは尻に敷かれていると言うよりも、胃袋を掴まれてるって言うか……餌付けされてると……申しますか、なんと申しますか」
「てか、何回も聞いてクドいんだけど……千影についての話は実際、どこまで本当なの?」
「え~っと、千影の話ってどれだ……国内最速の辺りか。疑り深いな……オイ。まぁ仕方ないけど。いや、だから本当だって。目の前をよぉーく見てみろ。ヘルメットとスーツで解り辛いのは仕方ないにしても、背格好やら空気やらは覚えのあるそれだろ? ……お? S字からのヘアピン そつなくクリアしやがった。ナマっちゃ……いないみたいだな。今度、おじさんに教えてやらないと」
「3年くらい前までって……言ったよね」
「うん、それが?」
「なんか……あったの?」
「な~んにも」
「……え?」
「ただ、あいつが着られるスーツが無くなって、レースに出られなくなったってだけの……つまらない話だ」
「スーツが無くなった? ――、……んん? 乳か」
「……うん。高価過ぎるフル・オーダーでスーツを作って貰っている間にも、あいつの乳は膨張を続けてだな。先日、懇意にしてる工房さんが、突貫で作ってくれたアレが届くまで、ぴったりしたスーツは世界中探してみても一着も無かった。昨今の不景気で仕事が空いてたって話ではあるけど、半年は待たされる覚悟をしてただけにホント助かったよ。でも下手な中古バイクなら余裕で1台買えるんじゃないか? ってくらい……高かったのが、また痛い。あいつ以外に着る事のできないシンデレラ・スーツだけに仕方も無いけどさ」
「って!? 火花散ってる?!」