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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第5話

 国道4号線は東京都から栃木県、そして東北へ続く一般国道。休日の夕方近い時間だというのに車の往来は途切れる事はなかった。今まで人の声と自転車、通っても3台くらいの車しか走らない商店街を歩いていたので結構騒々しい。


「ここにいるの?」

「あぁ。あの歩道橋だ」


 北枕が指差す方を見る。国道4号線を跨ぐように架かる歩道橋の上に一人の女の子がいた。欄干に両手をついて、ボ〜ッと遠くの景色を見ている。


「もしかしてあの子?」

「そうだ」


 見た目高校生くらいだろうか。黒髪ロングの清楚な顔立ち。知的で落ち着いた大人の雰囲気が感じられる女性だった。


「始める前におさらいだ。お前はなんだ?」

「慰霊師見習い」

「隠さなきゃならない事は?」

「寺生まれ、寺育ちの事実」

「バレたらどうなる?」

「あの子が悪霊化してしまう」

「よし、行くぞ」


 慰霊師による除霊方法がいよいよ始まる。私が行なう訳ではないが、初めて行なった除霊と同じくらいに緊張する。

 北枕の後ろをRPGのパーティキャラのようにくっついて歩道橋の階段を一段一段ゆっくり上がり、お世辞にも綺麗とは言い難い舗装の上に立つ。


「こんにちは。小山夏海さんですか?」


 北枕は私とは雲泥の差の対応でその女の子に話しかけた為、ギョッとした。というかこいつ敬語とか喋れるんだ。

 声をかけられた小山さんと呼ばれた女性はビクッと肩を上げると、恐る恐るこちらを見た。


「私が見えるのですか!? あなたは……!?」

「自分は慰霊師の北枕と申します」


 そう言って北枕は右手の甲をスッと差し出した。今の今まで気が付かなかったが、彼の右手の中指には翠色の石が埋め込まれた指輪がある。それを見た小山さんは手を口元にやり、目を大きく見開いた。


「本当なんですね!? じゃあ、私……」

「えぇ。あなたの望みを叶え、天国へと導きます」


 北枕の言葉の後、小山さんは感極まり涙を流していた。彼の言った通り、幽霊界隈では慰霊師は救世主のような扱いなんだなとひしひしと感じる。


「……取り乱してすみません。……ところで、後ろの方は?」


 私と北枕の間に一瞬にして緊張が走る。手筈通りの設定で余計な事を言わずに自己紹介をせねば。


「こっちは慰霊師見習いの高砂といいます」

「申し遅れました。高砂です。よろしくお願いします」

「そうなんですか。よろしくお願いします」


 小山さんは深々と頭を下げる私に笑顔で応えてくれた。特に怪しまれる事なくなんとか峠を越える事ができ安堵する。このままボロを出さずに北枕の仕事の邪魔をしないよう大人しくしていよう。


「それでは早速始めましょうか。小山さんの命日と死因を教えていただけますか? 答えにくい部分は無理に答える必要はありませんので」


 小山さんは少し考えるような素振りを見せるが、すぐに口を開いてくれた。


「命日は2年前の9月で当時16歳でした。死因は……この歩道橋からの飛び降り自殺です……」


 こんなにも礼儀正しい子がこの若さで自殺だなんて驚愕だった。しかし、北枕はそれに動じる事はなく、また質問をし始めた。恐らく関心が無いからではない。慣れているんだ。


「自殺に至った理由をお話ししていただいてもよろしいですか? もしも話しにくければ、高砂は除いて自分だけがお聞きしますが……」

「あ、いえ、大丈夫です。高砂さんは同じ女性の方ですので、むしろ聞いていただきたいというか……」


 この時は彼女の言っている意味は分からなかった。ただ、正体を隠しているとはいえ、私も必要とされている事が素直に嬉しかった。


「私……生前はイジメられていたんです。公立の高校に通ってたんですけど、友人を作る事もできずにいつも一人ぼっち……。両親に相談しようにも二人は仲が悪くて、顔を合わせれば喧嘩ばかりで。頼る人がいなくて毎日が灰色だった。そんな時にクラスメイトの住吉君が声をかけてくれて、私の悩みをただただ黙って聞いてくれたんです。それがきっかけで私達は学校だけじゃなく休日も会って遊んで。そうして私達は恋人になったんです。……けど、それを面白く思わない人達がいたんです」


 同じ女性だから想像はつく。だから彼女は私にも聞いてほしいと言ったのか。


「その日は住吉君は部活で、私が一人で下校していました。そこに私をイジメていた女子生徒達が現れて、私と住吉君の恋仲を引き裂こうとしたんです。私も抵抗したんですが、彼を盾に取られて……。気が付いたら制服も教科書もボロボロで、彼から貰ったペンケースも汚されたのを見て、生きる事に嫌気がさして突発的に命を経ちました」


 生々しくて酷い話だった。やっとできた心の拠り所さえ奪われ、さぞ辛かった事だろう。

 北枕はただただ無言で小山さんの話を聞いて頷き、必要部分をメモしていた。


「お辛い過去を思い出させて申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。それで……私の最後の望みというのが住吉君にもう一度会いたい。もう一度会って話しがしたいんです」


 小山さんの声は力強く、まっすぐな目をしている。


「分かりました。ではまず、その旨を自分が住吉さんにコンタクトを取りましょう。三日後にまたこの歩道橋でお会いし、彼の答えをお話しします」

「すみません。よろしくお願いします」

「では、今日の所はこれで」


 こうしてこの日は小山さんのお話しを聞くだけで終わり、撤収する事となった。

 歩道橋を下り、私達は最後にまた彼女に向かって会釈をすると、小山さんはペコペコと頭を下げていた。なんか、小動物みたいで可愛らしい。



……

 小山さんと別れたその後、来た道を戻るようにまた商店街の方へ向かって私達は歩いていた。私は家に帰る為、そして北枕は事務所に戻る為。


「明日からはどうするの?」

「やる事は二つ。一つはあの子の恋人、住吉にコンタクトを取って成仏に協力してもらうよう説得する。もう一つは場所と時間のセッティングだな」


 ここまで聞くと旅行代理店の仕事のようにも聞こえる。慰霊師の除霊方法は結構難しいのかと思ったけど、コツさえ掴めば私でもこなせそうだ。


「なんか……普通の子だったね。死んでるなんて嘘みたい」

「それが却って辛いんだ。本人も。遺された方も。そして俺達も」


 俺達? どうして送ってあげる方が辛くなるのだろうか? 聞いてみようかとも思ったが、また怠そうに言われるのがオチなのでやめた。


「高砂。俺は明日から住吉の調査に入るがどうする? 三日後に落ち合うか?」

「え? 私も行くけど?」


 迷いなき私の返事に何とも言えない気まずい無言の空気が流れる。何か変な事言ったかな?


「……お前、仕事は?」

「あー……今はしてない……かな?」


 また無言の空気が流れた。北枕の顔をチラッと見ると、顔が引きつっていた。


「か、勘違いしないで! 一応新卒で中小企業の会社に入社はしたのよ? でも激務で身体を壊したの! だから辞めたの!」

「何も言ってねぇだろ」

「目で言ってた!」

「あぁもぅ、うるせぇな……。そうだ、おい、手ぇ出せ」


 手? 藪から棒でなんか怪しい。嫌がらせで虫でも渡してくるのではないだろうか? 出し渋っていると痺れを切らした北枕に腕を掴まれ、重みのある金属の何かを渡された。


「それ、ロッカー代な」


 そう言って手渡されたのは4枚の100円玉だった。


「ダメ。貰えないよ」


 お金の貸し借りは疎か、赤の他人から貰うなんてあってはならない事。私は丁重にお断りした。


「缶コーヒーは貰ったのにか? いいから」


 それとこれとじゃ訳が違う。私は自分の事を頑固者だと思っていたが、彼は私のそれ以上に頑固者だ。

 こんな事で余計な喧嘩はしたくない。ここは私が折れよう。


「……ありがとう」

「いいって、いいって」


 な〜んか調子狂うな。彼の顔すら見れない程照れてるのが自分でも分かる。真っ赤になり熱をもった顔を手で仰ぎながら商店街の道を歩いて行くのだった。



……

 駅に着き、コインロッカーからレザートランクも無事回収した私はICカードを取り出すと、改札の端っこの方で明日の予定合わせをしていた。


「いつも9時に事務所は開けてる。午前中なら事務所にいる筈だから」

「分かった。じゃあ明日ね」


 彼に手を振ると、レザートランクを両手で持って改札を通り、ホームに向かう。


「高砂!」


 北枕に不意に呼ばれ、ドキッとする。忘れ物でもしただろうか。急いで振り返る。


「さっきしおらしくしてたけどよ! あの400円、喫茶店でお前が置いた金の釣りだ! 『ありがとう』も何も、お前の金だ!」


 北枕は言い終えると、したり顔をしながら手を振り、私の視界から消えていった。

 そうだった、あいつはああいう奴だった。最後の最後で私は何て馬鹿な事を……。怒りは勿論、それと同じくらいに羞恥が大きい。


「明日、覚えてろよ……」


 怒りでレザートランクの重ささえ忘れた私は、明日の仕返しに何をやってやるか考えながら駅の階段を一段ずつ上がって行くのだった。

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