第4話
Y駅構内にあるコインロッカーにレザートランクをしまい、駆け足で北枕の後を追った。
ここS市は煎餅が有名で、商店街の至る所に煎餅店や煎餅を食べている男の子の絵が描かれたバスが走っており、非常に活気がある。私の住んでいる東京のシャッター商店街とはとてもじゃないけど比べものにならない。
『いや、感心してる場合じゃないか』
この歳で見知らぬ街で迷子になるなんて笑い話にもならない。早くあのせっかちの後を追わねば。
「そう遠くには行ってない筈だけど……」
西口商店街の大通りに出て辺りを見渡すと……いた! 相変わらず後ろを気にせず、ツカツカと足早に歩いている。
彼の後ろ姿をロックオンし、走る自転車や通行人を避けながら、今度こそ見失わないよう必死に食らいつく。
「ちょ……待ちなさいよ……あんた……」
息も絶え絶え、やっと追いついた。他の通行人がこちらを見ているが恥らう余裕すらない。中学、高校と運動部だったのに、まさかこんなに体力が落ちているとは思わず、自分でも驚きだった。
「あれ? お前、荷物は?」
取って付けたような言い方。ここにきてそんなイジワルを言うのか。やっぱりこいつはムカつく奴だ。
「駅のロッカーに預けたよ……! あんた……手伝わないって……言うから!」
私の静かなる怒りに北枕は「あぁ……そうか……」と一言だけ言うと、とあるビルの方に目をやった。
「いや、そこ……俺の事務所だから……。そこに置いとけばいいかなって思ったんだけど……」
事務所だって!? 私は申し訳なさそうに北枕が指差す方を見ると、そこには『慰相所』と書かれた郵便受けがあった。
「慰霊相談事務所。略して慰相所」
こいつはさっきから言葉が足りない。その事で一つ注意でもしてやろうかと思ったが、それをする体力も時間も今の私にはない。
私は彼の肩にポンと手を置くと、汗だくで疲れきった顔を笑顔にして「次からは勘違いされないように気をつけてね?」と言うと、北枕は「お……おう……」と圧倒され、かなり狼狽えていた。
「少し事務所で休んでくか?」
「……いや、いいよ。急いでるんでしょ?」
「まぁ……。あ、ちょっと待ってろ」
何かひらめいた様子の北枕は1階にある事務所のドアの鍵を開けると、ドタドタと中に入り、すぐにまた出てきた。
「ほら、これ」
そう言って渡してきたのは缶コーヒーだった。私的に今一番欲しかったのはただの水なのだが、彼の厚意を無下にするのは良心が痛む。私はお礼を言うとタブを引き上げ、一口飲む。むせそうになるくらいかなり甘ったるい。
「それ飲みながら行けるか? 行けるな? よし、行くぞ」
北枕は事務所のドアを施錠し、私の前に入ると、また歩き始める。今度は先程よりペースが遅い。私の乱れた呼吸も徐々にだが回復してきた。では、ここらで先程の彼の念押しについて聞いてみようか。
「それで、さっきの正体を隠しとけっていうのは何の為なの?」
北枕は「ん? あぁ、あれか」と言い、口を開き始めた。どうやら忘れていたようだ。
「ハッキリ言うと、霊にとってお前らは一番嫌われてるんだ。説法だの、懺悔だの、浄化だの、救済だの。体の言い事を話しながら近づいてきたと思ったら、問答無用に昇天させるからな」
嫌わているのか。私のさっきの行動と重なる部分もあるので強くは出られない。が、気になる疑問も出てきたので、それを北枕に聞いてみることにした。
「確かに気の毒ではあるかもしれない。でも、極楽浄土に行けるならそれはそれでありなんじゃないの?」
私の問いに北枕は『何言ってんだこいつ』と言わんばかりの大きなため息をつくと更に続けた。
「行けねぇんだよ。それじゃあ……」
え? ダメなの? 事情はどうあれ、死者にとってお経はありがたいものではないのだろうか?
「悔いのない人生を全うしたり、家族や愛する人に看取られながら死ねば、お前らの得意な経で安らかに行く事ができるが、後悔の念が強すぎて死んだ者が強制的に昇天させると、僧侶の行かせようとする力と霊の留まろうとする力が反発し合って結果的に魂の消滅を招くんだよ」
「消滅するとどうなるの?」
「知らん」
いや、知らんって。極楽浄土に行かせるとか、魂の消滅とか言っておきながら一番大事な部分なのに。
無言になって反応のない私の方を見た北枕は何か言いたそうな私の表情を察して、すぐに言葉を返した。
「お前も死んだ後、経を聞いてどうやって極楽浄土に行くかなんて知らんだろ? それと同じだよ」
言い得て妙とはこの事か。私は「なるほど」と馬鹿の一つ覚えのように頷いた。
「だとしても、嫌う事はないんじゃないかなぁ。こっちだって遺された家族の為にやってるのに。どうにか好感を持ってもらう事はできないかな」
「無理だな」
北枕の即答にイラッとした。この飲みかけが残っている缶をその頭に投げつけてやろうか。
「なんでさ? やる前から諦めたくないんだけど?」
「霊がお前らをそうゆう認識としているからな。そしてお前らも……」
ん? 言葉に力強さを感じない。何故だろう。言いかけた北枕その声はどことなく寂しそうに聞こえた。
私は歩くスピードを少し上げ、彼の顔を覗き込む。
「なんだ?」
「あ、いや……」
喫茶店で話していた時と同じような表情と目つき。気のせいか。
「その言い方だとまだ嫌わてる理由がありそうね」
北枕は「そりゃあな」と苦笑しながら、また口を開いた。
「生前、悔いを残しながら死んでいった魂は逝く事も生き返る事もできず永遠の刻を独りで過ごすんだ。誰にも見向きもされず、誰にも認知されず。自分が生きているのか死んでいるのかすら忘れてしまう程にな。……お前、ポルターガイストって知ってるか?」
それなら知っている。人の手が触れてないのに物が勝手に吹っ飛んだりするあの現象か。
「あれも一種の霊から俺達へのヘルプのサインなんだ。心霊写真とかもそう。誰かに気付いてもらいたい、助けてほしい、ってな」
なるほど。そうやって自分をアピールする以外、他ないのか。私や北枕のように霊がハッキリと見える人間も3割いるかいないかって言われてるし。
「そんな時に自分の姿を見る事ができる人間が現れて、『あなたはこの世にいてはいけません。成仏しないとダメ』と一方的に言われ、自分の死への理解も得られず、最後の願いすら聞いてもらえずに昇天。好かれる理由がねぇだろう」
ぐうの音も出ない。
「もしもだよ? もし、私が寺生まれってバレたらどうなっちゃうの?」
「悪霊化して手がつけらんなくなるだろうな。俺もお前も」
オッケー、分かった。何が何でもその事実は隠し遠さなきゃダメだ。霊はナメてかかると痛い目見るって父に教わったしね。
「よし、着いたぞ」
私達が辿り着いた場所。そこは上りと下り二つの走行車線がある大きな道路、国道4号線だった。




