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第26話

「悪い、遅くなった」


 姐さんとの話も終え、車の運転席に乗り込んだ俺は先に助手席に座っていた高砂に声をかけた。


「ううん、大丈夫」


 やはり以前のような快活さを高砂からは感じられない。しかし、姐さんと会話した事によって少しばかり高砂の心に余裕が生まれたかなとその声色から伺える。まだ解決すべき問題が山積みだが、なんにせよ回復の第一歩となって良かった。


「さて、慰霊相談事務所が創立して以来初めてのパート採用という事で、これからお前にカルテの作り方を教える」

「ここで?」

「あぁ。その理由も追々説明する」


 エンジンをかけ、駐輪場から発進する。S駅のロータリーをぐるりと回り、旧4号線へ。


「さっきも事務所で言ったが、カルテは施術録の事で、除霊対象者の死因や場所に理由。心残りの事等を記し、その結果、誰がいつ、どこで、どのように旅立たせたかを記録する物だ。専用の入力用データがあるから、書き方については事務所に戻ってからな」

「分かった。……で、今どこ向かってんの?」


 事務所とは真反対の道を走っている。高砂はそれにいち早く感付いたようだ。


「次の依頼主の所だ」

「それって私も行っていいの?」

「カルテを書くのに見ず聞かずでは書けねぇよ。姐さんもそこん所は理解してる」


 その場に赴いて除霊する慰霊師が書かないと正確な記録にはならない。だから今までパートなんかいなかったんだろうな。


「ま、今まで通りに俺の後ろにくっついて現場に周っていれば大丈夫だ」

「あと、不必要な手出しをしない事。でしょ?」

「自分で言うかそれ」

「だって自分で言葉にして出しとかないと感情が(たかぶ)った時、夏海さんの時みたいに暴走しかねないもん」


 俺は「あぁ〜……」と気の抜けるような納得した返事をすると同時に『暴走機関車高砂』というあだ名が頭に浮かぶが、そっと胸の内にしまった。


「まだ解決のかの字も見えてないけど、あんたと恵子さんに相談して心が少し軽くなった気がするよ。ありがとね」

「らしくないから、やめろって」

「私だってお礼を言う時は言うよ。あんたの中の私はどうゆう事になってんのよ」


 高砂は呆れが入ったように、ため息交じりで答えた。


「それで? 次の現場の霊の情報はもうあるの?」

「あぁ。これだ。と言っても名前と住所くらいしか碌な情報がねぇが」


 さっき姐さんに手渡された三つ折りのA4用紙を高砂に渡す。カサカサとその用紙を開くと姐さんが書いた字を音読し始めた。


(あさひ)涼介。20代中盤の男性、か……」


 A4用紙を膝元に置くと、高砂は何やら遠い目をしていた。


「どうした?」

「あ、いや。私と同じくらいの歳で亡くなってるっていう事実になんか考えさせられるものが……」

「小山さんはお前より年下だったろ?」

「そうだけど。なんていうかなぁ……」

「話の途中で悪いが到着だ」


 シフトレバーをパーキングに入れ、俺達は車外へ。目的の建物を見た瞬間、俺と高砂は固まった。


「ここ?」

「……その筈だ」


 俺達の目の前にあるのは1軒の古い木造2階建てのアパート。築50年は経っているだろうか。ツタが壁を絡まり、塗装が剥げた手すりは赤サビによる斑点模様を作っている。まるでドラマや映画のセットのようだ。

 姐さんの情報は一度だって狂いや間違いが無い。だから今回もあってる筈だが一応確認してみよう。俺は車に乗り込み、カーナビを起動させた。


「間違いない。ここだ」


 A4用紙に書かれていた住所とカーナビに設定した住所が一致している。


「とりあえず、大家さんの部屋を探そ……」


 高砂の目線の先には他の号室とは違う、装飾の入ったドアが1つあった。アパートの部屋数は1階と2階を合わせて合計6つ。残りの5つは覗き穴と郵便入れがある木目のプリントがされた見るからに古そうなドアだった。


「あれだな」


 俺達は迷いなく装飾の入ったドアへ向かった。『大矢(おおや)』と書かれた表札を見て高砂は「大矢大家」と呟いたのに対し、俺は「口癖は『おやおや』って所か」と合わせると途端に吹き出した。人の事言えないが、高砂も相当悪い奴だと俺は思う。

 さて、冗談はこれくらいにして緩んだ顔を引き締める。インターホンを鳴らして数十秒、ガチャとドアが開き、中から70代くらいの女性が出てきた。


「ご苦労様です。2階の部屋が現場ですので」


 ん? 姐さん話を通してくれたのか? 大家はサンダルを履くと俺と高砂の間を割るようにして外に出て、2階へ上がる為の階段へと向かって行った。疑問は残るがまぁいいか。俺達は言われるがまま、大家の後を着いて行く事にした。


「あなた達二人で作業なさるのですか?」


 赤サビだらけの階段を上りながら大家は尋ねてきた。


「えぇ。メインは自分で、こっちは記録係といいますか……」

「そうなんですか!? 結構な家財道具がありましたけど大丈夫ですか?」


 なんか話が噛み合わないな。恐らくどこかの業者と勘違いしているのだろう。


「失礼ですが、自分達は慰霊師というものでして」

「慰霊師? 特殊清掃の方じゃくて?」


 やっぱりな。食い違いはここにあったか。


「慰霊師とは僧侶みたいに霊を成仏させる職です。料金の方は大家さんのお支払いという事ではないので安心して下さい」

「そうなのですか。生まれてこの方初めて聞いたご職業でしたので」


 俺は「お気になさらず」と言い、そのままこの急な階段上っている時だった。後ろからチョイチョイと服の裾を引っ張る高砂。振り返るとジト目でこちらを見ていた。


「なぁ〜にが『僧侶みたい』よ。僧侶嫌いが」

「しょうがねぇだろ。説明がめんどくせぇんだからよ。行くぞ」


 まったく……。何事かと思ったら、くだらねぇ事に突っかかってきやがって。もう先に上がってしまった大家の後を急いで追うように俺は駆け足で残りの階段を駆け上がる。


「この部屋です」


 そう言って、大家はその部屋の扉の鍵をガチャっと慣れた手付きで廻した。部屋番は203。既に破棄されたのか、元々入れられていなかったのかは定かではないが、表札には名前は無かった。


「畏まりました。作業の方は終わり次第ご連絡致します」

「そうですか。では、よろしくお願い致します」


 大家は頭を下げながら一言告げると、俺達の前から姿を消して行った。


「さてと、始めるか」


 丸いドアノブに手をかけたまま、チラッと高砂の方を見る。高砂はただ黙って首を縦に振った。お互い準備は良さそうだ。

 俺はドアノブを90度回転させ、ゆっくり手前に引く。『ギィィィ……』と古くなったドアの蝶番いが不気味な金属音をたてながら、だんだんと部屋の中が見えていく様は、まるで異世界への入口のようだと毎回思う。


「失礼します」


 さて、1日ぶりの現場仕事だ。俺は深くひと呼吸をして気を引き締めると、玄関へと足を踏み入れた。

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