第24話
「それでは改めまして。品川正さん、あなたの心残りの事を教えていただけますか?」
私の言葉に正さんは表情を変えないまま私の目をジッと見つめていた。
「教えるも何も私は成仏する気はない」
成仏する気がないだって? 一体どうゆう事なんだ? 予想外過ぎる答えに頭が真っ白になる。
「申し訳ありませんが、それは何故か教えていただけますか?」
「そうだな……」
正さんは咳払いを一つすると、刀を挟んで私の前にドカッと座り、腕組みをしながら話し始めた。
「見ての通り、私は軍人として戦争を経験している。家族と離れ、戦地に赴き、そして死んだ。私が死の間際に一番初めに思った事がある。それは何か分かるか?」
「ご家族の事……でしょうか?」
正さんは「それに近いが少し違う」と言い、更に続けた。
「この戦争の愚かさだ。最愛の者と別れ、孤独に死ぬ私の人生に何の意味があったのか。……意識が遠のいていく間に私は戦地に持って行ったこの刀に誓った。私のような人生を歩むような者が今後現れてはならないとな」
そうか。私が戦に行くと勘違いされたから、刃を抜こうとした時に私の手を抑えつけたのか。
「だが、君は戦いに行く為にこの刀を持ち出そうとした訳ではなさそうだな。私のオーラを感じてこの刀に辿り着いたのだろう?」
正さんの問いかけに私はコクリと頷いた。
「そうだ、この戦争は勝ったのか? 負けたのか?」
「負けました。負けた後、日本は憲法第9条を制定しました」
「ほう。その法の内容とは何か教えてくれるか?」
私は昔に勉強した社会の内容を必死に思い出す。高校入試の試験対策の為に押さえておいたのだ。
「『戦争の放棄』『戦力の不保持』『交戦権の否認』……この3つを柱とし、もう二度と同じ過ちは繰り返さないよう制定したのがこの法律です」
「そうか……。私の小さな思いは未来に伝わったか」
その時、正さんの身体を暖かく、柔らかな黄金の光が包み始めた。
「これは……」
「正さんの魂が……」
戦争を二度としないでほしい。正さんのその願いという小さな心残りが消えた証。
「正さん!」
私は叫んだ。正さんの壮絶な過去を聞いて、今の平和なこの国、この時代に生まれた私が正さんを更に安心して旅立たせる言葉を伝えたい。その一心で。
「終戦から約70年程経った今でも、私達は戦争は愚かな事と認識しています。私達は当時を知りませんが、次の世代にその悲惨さを伝えていく事はできます。ですから……ですから、どうか安心なさって下さい」
私の言葉を聞いた正さんは天に昇りながら、ニコッと笑った。息子さんである賢一さんにそっくりな人を暖かくする笑顔。その笑顔を見た私も釣られて笑顔になっていく。
「そうか、70年か……。私は本当の意味で逝けるんだな」
正さんは清々しい顔で全てを悟り、そして煙のようにフワッと消えていった。
重たかった空気が消え、元の静けさを取り戻した蔵の中。桐の箱の蓋で刀をまた眠らせ、片付ける。この刀は後で品川さんに所在をどうするか相談するとしよう。
「一件落着かな」
額の汗を拭い、蔵の外へ出る。太陽の光がやけに眩しく感じ、心地よい風が吹い──。
「ななか!」
不意に私の名前が呼ばれた。ビクッと肩を震わせ、声がした方を向くと、そこには袈裟を着た父の姿があった。
「お父さん……!?」
なんでお父さんがここに? いつからいた? 色々な疑問が頭をぐるぐる駆け巡り、立ち尽くす私の下にお父さんはどんどんこちらに寄って来た。
「何をしていたんだ?」
「何って……蔵の中で旅立ちの──」
「私が聞いているのはそういう意味じゃない! 何故霊と対等に話していたのかと聞いているんだ!」
張り上げた声に驚き、私はまた肩を震わせる。とんでもない事になってしまった。徐々に理解を得てもらおうと思った人に、今一番見られたくない人に見られてしまうとは夢にも思わなかった。
「答えろ!」
いや、落ち着け私。お父さんに話すのが少し早まっただけ。そう自分に言い聞かせながら私は生唾を飲み込むと、お父さんの目を見る。
「あの魂が在るべき所に向かう為には心残りの事を聞き入れ、その枷を外してあげる事が重要だと思ったからです」
「バカな事を……」
やはりまだ時期が悪かった。理解を得られないのは仕方ない。仕方ないが『バカな事』だって? 夏海さんも有間さんも正さんも、最後の願いを叶え、幸せそうな表情を浮かべながら旅立って行った。願いを聞き、叶えさせてあげる事は本当に難しい。それを『バカな事』の一言で片付けていいものではない。私は堪らず反論した。
「私は霊を一貫して人に仇なす存在と考える事が間違っていると思います! 逝きたくても理由があって逝く事ができない。そんな彼らの最後の願いを聞き入れてあげる事のどこがいけないんですか!?」
「お前、まさか……慰霊師と会ったのか!? 最近依頼以外で外出しているのは慰霊師と会っているのか!?」
慰霊師の存在を知っている? 私なんてその存在を最近聞いたのに一体どこで?
「だったら何だっていうんですか! 私が誰と会おうと私の勝手でしょう!?」
言い終えたその瞬間、パンッという音のすぐ後に私の頬にピリッと電撃のような痛みが走った。2歩、3歩と後ろによろめき、痛みが走る左頬に手を当てる。
「今すぐそいつと縁を切りなさい。さもなくば、二度と家の門をくぐらせない」
痛みとお父さんの放ったショッキングな言葉。だが、それらの感情に勝る悔しさが込み上げた私は逃げるように走り出し、品川さんのお宅から出て行った。その際、お父さんの呼び止めるような声が聞こえたが構わず走った。
『分かんない。分かんないよ……。私……どうしたらいいの……!?』
今頼れるのは彼らしかいない。私は人目も気にせず、慰霊相談事務所に向かう為に駅まで走るのだった。




