第23話
「ななか! ななか!」
母の私を呼ぶ声によって目が覚めた。時刻は7時。私がセットした目ざまし時計より30分早く起こされてしまった。
「まだ……早い……」
布団を被り、狸寝入りもとい二度寝に入ろうとした時、私の部屋の襖がスッと開いた。
「ななか、呼んでるでしょ? 起きなさい。あんたに電話よ」
「……ふぇ?」
私に電話? 一体誰から?
『北枕なら私のスマホの電話番号を知ってるから家電にはかけない筈。だとすれば誰だ?』
考えるが心当たりが全くないし、朝の寝ぼけている今の状態じゃ頭の回転もよくない。
「早く出なさい。品川さんよ」
品川さんとは、私のお寺の植木をメンテナンスしてくれているお得意の植木屋さんで、植物や虫の生態に精通しており、ご近所でもかなり信頼のあるお方だ。でもそんな人がなんで私に電話を?
「はい。保留にしてあるから早く出なさい」
そう言って母は家電の子機を私に手渡すと、私の部屋から出ていった。用意が良くて助かる。
私は子機の保留ボタンを押して保留を解除し、スピーカーに耳を当てた。
「お電話代わりました。高砂ななかです」
「おぉ、ななかちゃん。久しぶり。私だよ、品川のおっちゃん」
「お久しぶりです、品川さん。私に何か御用ですか?」
「あぁ。昨日の晩に仕事道具の用意の為に蔵に入ったら、まぁ大層なもんが出てきてな。私じゃ分からんから一度高砂さん家に見てもらおうと思ってな」
大層な物。昔撮った写真に何か写っていたとかだろうか?
「分かりました。では後ほどそちらにお伺いします。ご都合が良いお時間はありますか?」
「いつでも大丈夫だよ。今日は仕事休みだからね」
「そうですか。……では9時でいかがでしょう?」
「あぁ。構わないよ」
「分かりました。では後ほどお伺いします」
スピーカーから耳を放し、切ボタンを押して通話を終了させる。依頼が来た。早速慰霊師のやり方で除霊させる事ができると思った私はワクワクが止まらなかった。
…
……
自転車で向かう事、約15分。品川さんのお宅に到着した私は敷地内に入り、『品川 賢一』と書かれた表札横にあるインターホンを押した。
「はい」
「高砂です。先程のお電話の件で伺いました」
「おぉ〜。今行くよ」
その返事の後、すぐに玄関の引き戸がカラカラと音をたてながら開いた。出てきたのは見た目50代くらいの御年70の品川さんだった。
「やぁ、ななかちゃん。久しぶり。随分綺麗な女性になってまぁ」
「そんな事ないですよ。上の下くらいの女ですよ」
私の冗談に品川さんは豪快に笑った。朝9時の閑静な住宅街に元気な声が響き渡る。
「冗談はさておき、蔵で見つけた物って……」
「あぁ。あまり外に出さない方がいいかなと思って、蔵にまたしまったんだ。案内するよ」
そう言うと品川さんは蔵のある家の裏側へと歩いて行ったので、私もその後を着いていく。
やがて見えてきたのは白い外壁が特徴的な建物が現れた。奥行きはそこまでなく、縦に大きい建物だった。そして小さくだが感じる嫌な気配。間違いなくこの蔵の中にそれはある。
「どうかしたかい?」
「いえ、大丈夫ですよ」
品川さんに余計な心配事を増やしてはいけない。あくまで冷静にどっしりと構えなくては。
南京錠のロックを外し、品川さんを先頭に蔵の中に入る。中はホコリっぽく、家主のいない古いクモの巣があちらこちらに張り巡らせられたままだった。剪定鋏やナタ等の仕事道具は勿論、品川さんのお宅で使わなくなった家具やボロボロのダンボール箱、なんかよく分からないけど高そうな箱等々、色々な物がこれでもかと押し込まれるように入れられていた。
「これだ、この箱だ」
品川さんが手にしたのは30センチ程の大きさの漆塗りの箱だった。
「開けるよ」
「お願いします」
紐で閉じられた蓋を解き、ゆっくり開けていく。中に入っていたのは小さな日本人形の女の子だった。
「どうかな? 素人目には何かありそうだと思ったんだが……」
私はポケットから薄手の白手袋を嵌め、失礼ながらそのお人形を持ち上げ、診断し始める。
「これは……違いますね」
「おぉ、そうか。違うのか。いや〜安心したよ」
これは違う。でも確かにこの蔵の中から感じるジメッとした嫌な感じの正体は一体どこからなんだ?
「品川さん、もう少し調べたい事があるので、まだこちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、構わないよ。私はちょっとトイレがてらお茶でも持ってくるから、好きにいじっていいよ」
そう言うと品川さんは蔵の外に行ってしまった。
「さて……」
お言葉に甘えて、荒らさない程度に探索させてもらいましょうか。
草木が生い茂る山道を掻き分けて進むように、たくさんの箱や物を動かして微かに感じる嫌な気配を感じる方、感じる方へと辿っていき、その発信源を探していく。
「ん? これかな……?」
それは蔵の隅っこに追いやられていた。幾重にも物が積み重なったが為に、ホコリで汚れていない横に長い桐の箱。
これだ……。この箱を見えるようにした瞬間に鳥肌が立った。あまりの緊張に私は生唾を飲み込む程だ。
「とりあえず、中を見てみないと」
箱その物自体はさほど重量はない。せいぜい2、3キロといったところか。女の私でも持ち出すのに苦労はなかった。
開けた場所に桐の箱を置くと、私は早速その箱の蓋をゆっくりと開けていく。そこに入っていたのは日本刀だった。
「なるほどね。そりゃ独特のオーラを放つ訳だ」
妙に納得した私はその刀の柄と鞘を手に持って上げ、刀身を見ようと抜こうとしたその時だった。
「させん……!」
柄を持つ私の右手に冷たくも、物凄い力で掴む一つの手。ハッとした私は右側を振り向くと、そこにあったのは怒りの表情の中に悲しみの瞳を持った軍服の霊がいた。
「戦ってはならん。どんなに誹謗中傷されようとも、本心を殺してまで戦に出てはならん」
「待って。私は──」
彼の顔を改めて見て思った。どことなく品川さんに似ている部分がある。特に優しそうな目元なんて瓜二つだ。
「あなたは品川賢一さんのご家族の方ですか?」
軍服の彼は私の問いに驚いた表情を見せると、少し間を開けて考えた後、また口を開いた。
「賢一は私の息子だ」
やはりそうか。どうりでかなり似ていると思ったんだ。
「申し遅れました。私は高砂ななかと申します。主に未練を持ち、旅立つ事ができない方の手助けをしています」
「高砂……。高砂家なら僧侶だろう。慰霊師なのか?」
私はただ幽霊が見えて、除霊術を会得しているだけで、どっちつかずの存在なんだよなぁ……。だから言葉を濁して自己紹介したのに……。
だが一つ収穫がある。私の苗字を聞いた瞬間に右手を掴む彼の手が緩んだ事だ。私は刀をまた桐の箱に静かにしまうと彼の方を向いた。
「慰霊師の技術も僅かながらですが心得ております。私でよろしければあなたの旅立ちに協力をしますよ。えっと……すみません。お名前がまだで」
「品川正だ」
「それでは改めまして。品川正さん、あなたの心残りの事を教えていただけますか?」




