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第22話

 気がつくと、時計の針は午前の11時を回っていた。

 高砂と別れて二日が経ち、その日、俺は姐さんから新しい仕事を貰おうといつもの場所に向かったのだが、これまで溜まっていた施術録(カルテ)の提出を求められてしまった。デスクワークを苦手とする俺は当然やっておらず、姐さんに落雷の如き叱咤(しった)され、提出するまで次の仕事は渡せないとハッキリ言われてしまった。この状況を打破する為にカルテ作りを昨日の午前中から現在の時間までぶっ通しでパソコンによるデスクワークをしていたのだ。


「ここらで休憩でもすっか」


 腹も減ってきたしな。だが休憩に入るその前に自分が入力してきた文章をもう一度見直してみる。


「……」


 見るに耐えない誤字脱字のオンパレード。流石に一日通しの作業はよろしくないと改めて痛感させられる。

 この誤字脱字のカルテを読みながら感じられるのは高砂の存在の大きさだった。あの時、本人にも話したが、この2つの件はあいつ無しでは到底成し遂げる事ができない案件だった。あいつがいたから有間さんと小山さんの二人は自分が望む最後の願いを叶え、天国へ旅立つ事ができたのだ。

 初めて会った時はどこにでもいる、この世にいる霊は全て悪とみなす身勝手な尼だと思っていた。だが、そんな俺の予想とは裏腹にあいつは霊の本質を知ると、霊と真摯に向き合う為に無い知識をフルに活用させ、的確な助言や行動を自ら率先してくれた。正直言って、姐さんを除いたらあいつ以上に頼もしい助手はいないと思う。……ま、そんな事は本人に言ったら図に乗るから絶対に言わないけどな。


「慰霊師にならねぇのは、ちと残念だが家の事もあるしな」


 高砂の家は代々伝わる名のある寺だ。俺達慰霊師とは相容れない考えを持っているからこればっかりは仕方ない。


「いねぇ奴を考えたってしゃあねぇか」


 とりあえずカルテの誤字脱字は腹ごしらえが済んだ後に訂正しよう。財布と事務所の鍵を持った俺は靴を履き、事務所の扉を開けた。


〈ガンッ!〉

「ゔっ!?」


 金属製の扉のゴーンと鐘が鳴るような音と共に女性の唸るような声がビル全体に響き渡る。


「申し訳な……あ!?」


 額を押さえ、その場に蹲るその女性は涙目になりながら俺を恨めしく睨んでいた。


「い……痛くないもん……」

「……事務所……入ろうか……」


 柄にもなく、一昨日あんなに爽やかな別れをしたのにまたここに来るなんて何かあったに違いない。いつぞやの時と同じようなシチュエーションで俺は高砂を事務所の中に入れるのだった。



……

「こうは言いたくないけど……あんた狙ってやってないよね?」

「やってねぇよ。そこまで性格腐ってねぇよ」


 高砂の額にできたコブに熱さまシートを貼ってやる。デジャヴだ。


「で、どうしたんだ? もう何か聞きたい事ができたのか?」

「……いやまぁ、なんていうか……その……」


 高砂は目を伏せ、ジッと床のシミ一点を見つめながら言葉を探し、選びながら発声する。


『こいつにしては歯切れが悪いな……』


 明らかにこの前までとは様子が違う。一昨日から今日ここに来る間の俺の知らない空白の時間に何かあったな。


「茶でも入れるから、ゆっくり整理しろ」

「ごめん……」


 調子狂うな。俺は頭を掻きながら立ち上がると台所へと向かった。その際にあいつの顔をチラッと見る。何か思い詰めてるような辛そうな表情。霊の悩みを聞く仕事をする俺がまさか人間の悩みを聞く事になろうとはな。


「ほら、茶だ。茶葉が無いからペットボトルのやつだけど」

「ありがとう」


 高砂はコップに入れた緑茶を一口飲むと心が落ち着いたのかやっと話し始める顔つきになった。


「昨日家でね、私に依頼があったの……」

「そうか」

「それでね……もう私どうしたらいいのか……」

「ちょっと待て。起承転結の起と結しか分からん。もっと具体的に言ってみろって」


 つい強めのツッコミを入れる所だったが、そこをグッと堪える。やがて高砂はゆっくりと昨日何が起きたのか再び話し始めた。

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