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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
20/28

第19話

 日曜日。先に目が覚めたのは私だった。

 対面式ソファーをベッド代わりに眠っていた私は身体をグッと起こすと、寝ぼけ眼のままカーテン、そして窓を開けて外を見る。スッキリとした晴れ空で春の陽気が心地よい。そんなうららかな今日はいよいよ小山さんが住吉さんに会える日。

 昨夜はどんなメイクや髪型にするかとか、コーデは何にするか。終いにはお互いの恋愛トークや惚気話等の女子トークで大いに盛り上がり、とても楽しい夜を過ごした。


「高砂、起きたのか」


 台所にて寝袋で眠っていた北枕がマグカップを手にしながら柱の影から出てきた。


「あれ、起きてたの?」

「まぁな」

「もしかして、うるさかった?」

「……いや、そんな事はなかったぞ?」


 北枕はゆっくり私から目をスゥ〜ッと反らしていった。ウソが下手か。


「ごめんね。寝不足? 今日の仕事に支障ない?」

「大丈夫だって。いつもと同じくらいだったから」

「それならいいけど」


 クマだらけの目で言われても説得力はゼロに感じるけど、彼を信用しよう。今日はなんとしてでも成功しなくてはならない。どんな憎まれ口を叩かれようが、今日だけは彼のサポートに徹底しよう。


「ふぁ……北枕さん、ななかさん、おはようございます」


 本日の主役が目を覚ました。口元を隠しながら大きな欠伸をする(さま)はとても幽霊とは思えない。


「おはよう夏海さん」


 昨夜の女子トークでお互い下の名前で呼び合えるほど、私達の関係はより深いものとなった。


「いよいよ今日だね。バッチリ綺麗にキメて彼に会いに行こうか」

「うん。昨日も言った通り、私メイクの自信ないから、ななかさんお願いしますね」

「任せなさい。今流行りのメイクでもっと可愛くしてあげるから」


 今の時刻は8時。住吉さんとの約束の時間までかなりの時間があるが、北枕に昨日言ったように女子にはやる事がある。早速準備に取り掛かろう。



……

 午後4時は50分になった。夏海さんのメイクもバッチリ済ませ、私と北枕、そして夏海さんの3人は約束の場所であるS公園にやって来た。

 ここの公園は自然の心地よさやスポーツを楽しむ場所として、老若男女問わず市民に愛されている憩いの場所らしい。そして公園内にあった案内看板を見るととにかく広い。ソフトボールと野球コートがそれぞれ2面に、テニスコートが10面。池や芝生の広場、遊具にと、色々なエリアがある事が分かる。


『ウォーキングコースとかあるんだ』


 今度プライベートで来てみよう。最近気になっていた運動不足を解消するのにうってつけの場所を思わぬ形で見つけた。


「なぁ、高砂」


 北枕は私の肩をちょいちょいと人差し指で突くと、耳打ちをする為、顔を近づけてきた。


「何?」

「もう約束の時間が迫ってきてるけど、大丈夫なんだよな?」


 私はスマホの画面を照らし、時刻を確認する。約束の時間まであと5分となっていた。本当なら北枕のように焦るのが普通なんだろうけど、私には確信があった。


「大丈夫だよ。昨日の夜にも場所と時間を電話で話したけど、住吉さんの心境の変化は感じなかったもん」


 私の言葉を聞いた北枕は「それならいいんだが」と言って私から離れ、ベンチに座った。納得はしたが、その顔はまだどこか不安そうに見える。


『それにしても今どこにいるんだろう』


 電話番号は知ってるから連絡してみようか。そう思った私はスマホの画面ロックを外すと、彼に電話しようと電話帳アプリを開いたその時だった。


「高砂さん!」


 公園の入口から聞こえた若い男の人の声。振り向くと、こちらに向かって走って来る笑顔の住吉さんの姿があった。


「ほらね。大丈夫だったでしょ?」

「あぁ。恐れいったよ」


 北枕は安堵のため息を漏らしながらベンチから立ち上がる。


「すみません。遅れました」

「いいえ、時間ぴったりですよ」

「協力ありがとう。よく来てくれた」


 北枕の言葉に住吉さんはニコッと笑うと会釈で返す。そして辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「彼女は……もう来てるんですか?」

「高砂の隣にいるよ。君は()()()()()()みたいだからコレを」


 そう言って住吉さんに手渡したのは手のひらに収まるサイズの紫色の御守りだった。


「その御守りは対になっていて、こっちの紅い方を小山さん(彼女)に持ってもらう。そうすれば御守りを持った霊だけが見えるって代物だ」


 そんな便利な物があるのか。私のお寺にも似たお札があるが、対象者に見えたくないものまで見えてしまうから、よっぽどの事がない限りは出さないようにしている。後で作り方を教えてもらおう。


「それじゃあその御守りを持ったまま後ろを向いてくれ。自分がいいと言うまでこちらを振り返らない事。いいと言われたらゆっくりこちらを振り返るが、その際、地面を見る事。彼女の足が見えたら、ゆっくりと目線を上げる。いいか?」

「分かりました」


 住吉さんは生唾を飲み込むと、クルッと後ろを向いた。


「小山さん、コレを」

「はい」


 紅い御守りを手渡された小山さんは両手でギュッと御守りを握り締め、緊張の面持ちでジッと住吉さんの背中を見ている。全ての準備が整った。いよいよだ。


「よし。いいぞ」


 その言葉の後、住吉さんは「フゥ〜」と深く呼吸し、北枕に言われた通りに目線を下にしてゆっくりと振り返る。そして徐々に目線を上に上げていく。


「あ……」


 ある一定の所まで顔を上げた住吉さんの目がどんどん大きく見開いていく。


「見える……? 純君」

「見えるよ、なっちゃん……」


 不安そうに尋ねる夏海さんの言葉を優しげな言葉で掻き消し、住吉さんはそっと手を差し伸ばすと、夏海さんの頬に優しく触れた。


「またこうやって……君に触れられるなんて夢にも思わなかった……」


 良かった。御守りの効力もあって、二人ともちゃんとコミュニケーションが取れている。

 二人の様子を見ていた私は北枕の方を向き、アイコンタクトで頷いた。


「それじゃあ後はお二人で。自分と高砂は少し離れた所で君達を見守る事にする。何かあったら遠慮なく申し出てくれ」


 私と北枕は二人に会釈をすると、そっとその場から離れた。

 様子見の目があるとはいえ、二人だけの空間となった。お互い照れくささからか、中々言葉が出てこない。


「なっちゃん、お化粧してる?」


 静寂の空気を振り払ったのは住吉さんだった。


「うん。高砂さんにメイクしてもらったんだけど……変かな?」

「そんな事ないよ。すっごくいい。本当に幽霊なのか疑うレベルにかわいいよ」

「残念だけど幽霊なんです。でもありがとう」


 夏海さんは可愛くおどけると、住吉さんはプッと吹き出し、二人して笑い合う。これがきっかけとなり、二人の止まっていた時間が再び動き出した。


「少し歩こうか」

「うん」


 住吉さんは手を差し出して夏海さんの手を握ると、そのままゆっくり歩き出すのだった。

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