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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第1話

 東京都の近郊のお寺で暮らす私こと『高砂(たかさご)ななか』は、ある一般家庭の主婦から一本のお電話を頂いた。大まかな内容はこうだ。


『最近、家の中で物音がした為、害虫、害獣駆除を依頼したがまるで効果がなかった。それどころか物が勝手に動いたり、落下したりと日に日に不可解な現象が多くなり、それに怯えるようになった』との事だった。


 私の家は代々、法事や葬儀のお経読みは勿論、こういった心霊現象や怪奇現象をお祓いする仕事も引き受けている。

 写ってしまった写真や(いわ)く付きの品等、依頼主が持って来られたり、依頼主のお祓いを行なうのがほとんど。でも今回のパターンのように家の中や建物そのもの等、持って来られない物の場合は出張をするのが基本となる。


「5月か……この月は多いからね」


 固定電話の正面にある赤ペンによって真っ赤にされたカレンダーを見て呟いた。5月も始まったばかりだと言うのに、お祓いや除霊のスケジュールが2ヶ月先まで埋まっている。大半は父と兄の仕事だから私には関係無いのだけど……。


「それじゃ、さっさと退治しに行くとしますか」


 除霊道具一式をレザートランクに詰め、現場へ向かう為に電車に乗る。


 因みに私は僧侶でもなければ(あま)でもない。ただ生まれた家が家の為、そうゆう類いのものを小さい頃から見えてしまう体質だった。

 幼心に父にこの事を相談したところ「尼や僧侶にならなくてもいいから、身を守る為の(すべ)を学びなさい」と言われ、一通りの除霊術やお祓いの仕方を叩き込まれた。その結果、将来の跡継ぎである兄と負けずとも劣らないまでに才能を開花させ、今では二人が手の離せない場合の時に私が現場に赴き、依頼主の安心と安全を確保させてもらう許可まで得られたのだ。


……

 電車に揺られる事30分。東京都のお隣、依頼主のご自宅がある埼玉県S市に到着した。最寄り駅であるY駅に降り西口に出る。東口と比べ、閑散としている光景にどこかノスタルジックに感じる所だった。

 メモした住所をスマホの地図案内で調べながら歩く事10分。依頼主のご自宅に着いた。外からでも分かる何かザワザワと感じる嫌な感じ。とりあえず中に入って原因と正体を突き止めよう。

 表札の下のインターホンを押してそのまま待っていると「はい?」と声がした。依頼主の声だった。


「お電話いただきました、草越寺(そうえつじ)の高砂です」


 インターホンのカメラに向かって自分の顔の隣に名刺を出し、身分を証明する。

 しつこいようだが、私は僧侶や尼ではない。したがって袈裟(けさ)法衣(ほうい)は着ていない。それ故にイタズラと勘違いされるのを防ぐ為にこの措置を取っている。


「あ、少々お待ちください」


 プツッとインターホンの通話が切られると、すぐに玄関の扉が開いた。顔を覗かせたのは依頼主で40代くらいの女性。その瞬間にすぐにそれは見えた。


『いるな……。1体か……』


 老婆だろうか。依頼主の背中に憑いて、こちらをジッと見ている。大抵は逃げ出すのだが、私があまりにラフな格好で着ている為、(あちら)も油断しているようだ。


「わざわざお越しいただき、ありが──」

「早速始めましょう。今あなたの背中に憑いています」

「え!?」


 驚く依頼主に外に出るよう促して、玄関先で除霊を試みる。レザートランクから数珠(じゅず)を取り出し、蝋燭に火を灯す。この間に霊に逃げられぬように、そして悟られぬよう迅速に準備をする。


「準備ができました。取りかかりましょう」


 依頼主の不安そうな声。まぁ霊に取り憑かれてるって分かれば誰だってそんな気持ちになるのは理解できる。その不安を取り除くのが私達の仕事だ。


「大丈夫です。比較的低級な霊なので、ほんの5分程で終わりますよ。ドンと構えて下さい。寧ろ弱気になっている方がよくありません。弱気になっていると心に付け入る隙を作ってしまいますから」


 私は依頼主の目を見て力強く断言した。それに感化されたように「はい!」と力強く頷く依頼主の目には迷いや不安は一切感じられない。これで十二分に除霊はうまくいく。


「それでは始めます。よろしくお願いします」


 私は一礼をすると蝋燭の火に線香を近づけ、火を灯す。煙と一緒に立ち上る香り。私達人間にとっては何の害はないが、霊だけは違う。その煙と香りはエクソシストの悪魔祓いでいう、聖水のようなもの。取り憑かれた人間の身体にその煙と香りを纏わせれば、たちまち効果覿面(こうかてきめん)。依頼主の肩にしがみついている霊も例外ではない様子だ。


『高砂家代々に伝わる線香は強力なんだから。あとはお経読みで昇天(仕上げ)ね』


 お経読む為の経本をレザートランクから引っ張り出すと、私は読み親しんだお経をハッキリと霊に聞かせてやる。

 霊は苦しそうな呻き声と苦悶の表情を浮かべると、次第に依頼主の肩から離れていく。


『よし、あともう一押し』


 これで依頼主は今日から安心して生活をし、夜を眠る事ができる。そう思うとお経を読む声もより一層力が入る。

 除霊の最後の手順、お経の一小節を3回読んだ後に線香の匂いを嗅いでもらう。それで全てが丸く収まる、その時だった。


「おい! 待て! その除霊は──」


 張り上げた男の声が閑静な住宅街に響き渡る。その声に反応した私は除霊中だというのに、つい声がする方を見てしまった。

 私と同じ20代後半だろうか。不健康そうな色肌、左目にかかった前髪の黒髪アシメから見える大きなクマをこさえた男が目を大きく見開き、ツカツカと足早にこちらに向かってくる。


『何!? なんなのあいつ!? 不審者!?』


 とにかくこの除霊だけでも成功させて、その後で不審者(あいつ)の事は考えよう。

 色んな意味で(はや)る気持ちを抑え、私は依頼主の取り憑く霊に向き直して除霊を再開する。


「おい! 聞いてんのか!?」


 不審者の声が再び住宅街に響いた。聞いてるけど聞くもんか。文句はこの除霊が終わった後に聞く。って言っても、このゴタゴタの最中で一小節を3回読む事は終えた。あとは線香の匂いを嗅ぐだけ。


「お線香の匂いを嗅いで下さい!」

「は、はい」


 火が灯った線香の先から上る煙を依頼主の顔面に向かって手で扇ぐ。ユラユラと揺らめく煙が依頼主の鼻の中に入った途端、しがみついていた霊は断末魔のような低い声を上げると、依頼主の肩から離れ、天に昇っていった。


「あぁ……そんな……」


 まるで一浪が決定した浪人生のように、不審者は愕然としていた。


「ちょっとあんた、何なの!? 無事に除霊できたから良かったけど──」

「『無事』だと!? お前、あの霊の正体を分かってんのか!? あれは──」


 お互い怒鳴りあっている最中(さなか)にふと後ろから視線を感じた。しまった! 依頼主そっちのけでこんなみっともない姿を晒していた。


「……とにかく、後で話しましょ。依頼主の前だから不安にさせたくない」


 彼は「チッ」と舌打ちをすると、乱暴に電柱に寄りかかった。


「あの、除霊の方は……」

「大丈夫です。きちんとできました。最後の最後で不安にさせて申し訳ありません。あと、この御札を玄関の目立たない場所に貼り付けておいて下さい。最後に、お詫びといってはあれなんですが、今回の除霊による代金はいただきません。もしまた何かあれば連絡をして下さい。大変申し訳ありませんでした」


 依頼主が家の中に入るまで深々と頭を下げる。依頼主は笑顔でいてくれたが、今回の事故をどう思っただろうか……。自分の立場に置き換えたら到底信用できる筈がない。


『それもこれも……』


 電柱で寄りかかり、こちらを睨むあの男。依頼主が家に入ったのを確認すると、レザートランクを持って彼に近づいた。


「さぁ、話してもらうわよ」

「あぁ、勿論だとも」


 そして私達は商店街にある小さな喫茶店に入ったのだった。

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