第18話
少し遅めの昼食を済ませた私達は早速、慰霊相談事務所を後にした。目的地は勿論、小山さんのいるあの歩道橋。
「小山さ〜ん!」
この吉報をいち早く知らせたく、年甲斐もなく三段飛ばしで階段を一気に駆け上がる。
「あ、高砂さ──」
小山さんへの挨拶もろくすっぽせず、私は彼女に走り寄り、抱きついた。
「高砂さん!? ど……どうしました!?」
「うぅ……小山さぁ……ん」
驚く小山さんを尻目に私は感極まって泣いてしまった。小山さんの顔を見たら思わず出てしまったのだ。恐らく、自分でも気が付かなかった、住吉さんを説得できるラストチャンスという重大な責務を成し遂げた事による反動から出たものと思われる。
「落ち着け、高砂。それじゃあ伝わるもんも伝わらん」
後からやって来た北枕に首根っこを掴まれ、小山さんから離される。その様子を見ていた小山さんは「猫みたい」と言って笑っていた。
その可愛らしい笑顔、そして笑い声に見てるこっちまで癒やされる。
「もしかして、もう結果が出たんですか?」
「えぇ、出ました。高砂がやってくれましたよ……」
「小山さん、やったよ! オッケー! 住吉さんと会えるよ!」
興奮のあまり、断片的に物を言う私。そんな私の言葉を聞いた小山さんはキョトンとした顔をしていた。理解に追いついていないようだ。
「本当……に……?」
未だ半信半疑の彼女に向かって私と北枕は首を大きく縦に振った。その瞬間に理解したのだろう。小山さんはパァ〜ッと笑顔になっていったと思ったら、ポロポロと大粒の涙を流し始めた。
「高砂さぁ……ん」
今度は小山さんが私に抱きついて、わんわん泣き始めてしまった。
「ありがとうございます、高砂さん……。本当に……ありがとうございます」
小山さんは何度も何度も私の胸の中でお礼を言っていた。
「小山さん、涙はまだ早いですよ」
側で見ていた北枕も、笑いはしなかったが優しげな眼差しを向けながら落ち着くよう呼びかける。
「そうですよ。せっかくのかわいい顔が台無しになっちゃいますよ」
「グスッ……そうですね」
私はハンドタオルを差し出すと、小山さんは小さくお礼を言って受け取った。
「ごめんなさい。取り乱してしまって……」
「いえ、とんでもない。……さて、今後の事でお話しを始めましょうか」
北枕は景気良くパンッと手を叩くと、その呼応するように小山さんは元気よく「はい!」と答えた。
「小山さんが彼とお会いしたい場所はありますか?」
「はい。住吉君と初めて話しをした場所、S公園に行きたいです」
「S公園ですね。日にちとお時間はいつがよろしいでしょうか?」
「夕方でお願いしてもいいですか? お昼だと他の方が多いので……」
二人で落ち着いて話すにはそれくらいの時間からが丁度いいのかもしれない。私達は見えるからいいが、見えない人からすると住吉さんが一人でブツブツと喋っているだけのヤバそうな絵面にしか見えない。
「日にちは明日……はダメかな。バイトとか入ってるだろうし……」
「あ、明日は午後はオールフリーって言ってましたよ」
手を上げ、私は横入りする。彼を説得し、北枕に電話する前に大まかな予定は聞いていたのだ。
「う〜ん……でも急過ぎませんか?」
相手の事情を考える。そういう細かな配慮ができる素晴らしい女性なんだなと改めて感じる。よし、住吉さんに続いて彼女も後押ししてあげよう。
「善は急げですよ。それに、向こうも早く会いたくてうずうずしてるんですから」
待て。これじゃあまるで、お見合い話を持ち出すお節介焼きのおばさんみたいじゃないか? だがそんな事には誰も突っ込まず、小山さんは顔を真っ赤にして「そうなんですか?」と隠しきれていない照れ顔をニマニマさせていた。
「じゃあ……明日にしようかな」
「分かりました。では明日の午後5時でいかがでしょう?」
「はい、大丈夫です」
ついに二人が会う日程が決まった。ここまで来るのに随分と長く感じられる。私は安堵のため息をつくと同時に小山さんの顔をチラッと覗いて見た。
初めて会った時のような落ち着いた雰囲気を持った大人の女性ではなく、恋する乙女のようにキラキラしていた。
『小山さん、嬉しくてしょうがないんだろうな……』
こんな日が来るのを彼女は私達の倍以上の時間を待っていたんだ。無理もない。
「そうと決まれば明日に備えてオシャレしないとですね」
「そうだ。それなら今日は事務所に泊まって美を磨かないと」
「え!?」
私と小山さんで盛り上がる中、職場兼自宅として事務所で衣食住を賄う北枕は驚愕の声を上げた。
「女は決めなきゃいけない時、やる事が多いのよ」
「まぁ、別にいいけどよ……。お前も泊まるのか?」
「勿論。小山さんと女子トークもしたいし」
半ば強引に話は進んだ。北枕は観念したように手を上げると同時に小さくため息をついた。
「じゃ、行くか」
「流石、所長。話が分かるお方だ。小山さん行きましょ」
「はい。北枕さん、ご厄介になります」
これは後から聞いたのだが、泊まりに来る事自体は苦ではなかったらしい。ではどうして嫌そうだったのか尋ねると、人をましてや女を泊めた事がなかったからというかわいい理由が明らかになったのはここだけの話。




