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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第17話

 ──Y駅西口。


「もしもし、私。うまくいったよ。そう。……うん……うん。分かった。はい、じゃあ後で」


 北枕との通話を終え、これからの指示を受けた私はスマホの通話を終了させた。心なしか、安堵と喜びによって彼の声が大きく、また息を漏らすように喋っているように感じた。よほど小山さんの事が心配だったのだろう。


「住吉さん。これからの予定をお伝えしたいのですがよろしいでしょうか?」

「あ、はい。ちょっと待って下さい。……すみません、どうぞ」


 彼はエナメルバッグの中からノートとボールペンを取り出し、メモを取る準備を取った。たったこれだけの何気ない行動だけでも、彼の気持ちが前向きになったんだと改めて感じる事が本当に嬉しく思う。


「私達はこの後、小山さんの所へ向かって住吉さんとのアポが取れた事を報告しに行きます。詳しい日程や時間、場所についてはこの報告が終わった後になりますので、また後ほど連絡したいと思います。それで、お手数なんですが連絡先をお聞きしても良いでしょうか? 私の番号は……これです」


 住吉さんからボールペンを借り、彼のノートに11桁の数字を記入していく。立ちながらで安定しないとはいえ、おおよそ綺麗とは言い難い字で記入していくが読めなくはないだろう。


「はい。自分のは……090──」


 私は彼の言葉を復唱しながら電話番号をメモアプリに記入し、念の為、彼にも一度その画面を見せて確認を取った。


「今夜遅くても21時までには連絡します。それまで住吉さんは自由に生活されても大丈夫です。もし留守電になったとしても、時間関係なくいつでも折り返し連絡下さい」

「分かりました」

「では、本日は以上となります。住吉さん、ありがとう」


 私の感謝の言葉を聞いた住吉さんはニコッと笑うと会釈をする。エナメルバッグを自転車の前カゴに入れるとサドルに跨り、颯爽と駆け出して行った。

 私は段々と小さくなっていく背中を見えなくなるまでその場に立って見送る。

 なんとか一仕事を終えた。まるで膨らんだ風船がしぼむように緊張が抜けていき、疲れがドッとのしかかってくるのが分かる。


『さて、どうしようかな……』


 北枕はあの電話の後でこちらに向かってくると言っていた。喫茶店に入って彼を待とうかなとも思ったが、たった一駅から戻って来るのにそんなに時間もかからないだろう。


『事務所に戻りますか』


 あいつの事だ、車に乗って恵子さんの所に行っただろう。ここに戻れば、車を事務所裏の駐車場に停める筈。

 私は自動販売機でペットボトルのコーラを買うと、一口飲み、事務所に向かって歩を進め始めた。



……

 事務所の前で北枕を待つ事約10分。軽自動車のエンジンが唸りを上げて近づいて来るのが聞こえる。


「帰ってきた」


 ペットボトルのキャップを閉め、暇つぶしにしていたネットサーフィンを切り上げた。

 柄にもないが、この喜びを分かち合う為に彼を出迎えようじゃないか。そう思った私は裏の駐車場に回ろうと事務所のビルから出て、歩道を歩き始めたその時だった。


「ぎぇっ!?」


 恐ろしいスピードで公道を滑走していくシルバーの軽。駐車場の入口でスピードを緩めたかと思うと、グイッと急な左折をし始めた。その瞬間、タイヤとアスファルトの摩擦によって生まれる高いスリップ音と僅かながら立ち込める白煙。兄が好きだった車のゲームで見たドリフトというやつだ。

 呆気(あっけ)に取られる私を尻目に綺麗なドリフトを決め、そのまま契約しているいつもの場所へ。運転席から降りて来たのは相変わらず悪巧みをしているような笑顔の北枕だった。


「よくやったな、高砂」

「『よくやったな』じゃないよ! 何今の!? 危な過ぎでしょ!?」

「大丈夫だ。滅多にやらねぇし、俺一人乗ってる時しかやらねぇから」


 話にならん。誰だ? このアホに運転免許を交付を決定した警官は。


「で? どうやって説得したんだ?」

「住吉さん自身も小山さんに会いたいって心の内に秘めてたからね。それを引き出すよう説得しただけだよ。こういうのも使ってね」


 そう言って私はカバンの中から小山さんのペンケースを取り出して見せた。


「なるほどな。心の内か……」


 手を顎に持ってきて、感心するかのように頷く北枕。私がいない間、今までどうやってきたのだ。


「とりあえず、小山さんにこの事を速く伝えよう」

「そうだな。だがその前に昼メシにしよう。有間さんの件から何も食ってねぇから……」


 そう言われれば、今日の予定がパンパンだったから食の意識がまったくなかった。


「そうだね。よし、また腕を奮ってやるとしますか」

「え? いいよ。金も入ったし食いに行こうぜ」


 恵子さんから貰ったであろう茶封筒で天を仰ぐようにパタパタと動かす。


「そうゆうのが一番無駄なのよ。ほら、買い物行くよ」


 渋る北枕を引っ張りながら、私達はY駅前のスーパーに向かうのだった。

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