第16話
住吉さんの通う高校の正門前に私はいた。
北枕から貰ったメモ用紙に書かれた予定だと、もうそろそろ部活が終わって出て来る筈。時計で時間を確認しては辺りをキョロキョロと見渡し、3分もしないうちにまた時計を見る。傍から見たら不審者極まりないだろうが、これが中々どうして落ち着いていられない。
『まだ終わらないのかな。それとも早めに終わったとか? そもそも今日の部活は休んだとか!?』
やめればいいのに良からぬ方、良からぬ方へと考えてしまう悪い癖。ホント治したい。軽く自己嫌悪に陥っているそんな時だった。
「じゃあな!」
「おう!」
自転車に乗った男子生徒達が正門から次々と出てきた。肩から提げている黒い袋を見ると、テニスのラケット等を販売している某有名会社のロゴが入っている。
やった! どうやら部活は今終わったみたいだ。
『あとは住吉さんを見失わなければ……』
私は目をカッと見開き、出てくる生徒一人ひとりの顔を瞬間的に見始める。この時ばかりはまるで自分は機械のような正確さと妙な集中力、そして自信があった。全ては小山さんの為。それだけが今の私を動かしている。
『違う……違う。この人も。彼も違う……』
ざっと20人以上は見ただろうか。途切れる事を知らない生徒の行列の中にお目当ての人物はまだ来ない。
『どんだけ部員いんのよ』
弱音を吐きたくないけど流石に疲れてきた。だがしかし、行列はまだまだ終わる事がないようだ。
だんだんと人の出が少なくなるも住吉さんの姿はない。やはり今日は部活を休んだのだろうか。目の疲れも現れた私は目頭を指でマッサージした後、手で口を覆いながら大きな欠伸をしたその時だった。
「ふあぁ……ゔぁ!?」
欠伸の最中で変な声を出してしまった。それもその筈、正門の奥から自転車を押しながら一人でやってくる青年。バイト先のスーパーで会って以来、今回で二度目。あの黒縁メガネの下の誠実そうな目を持つ顔を私はハッキリと覚えている。
慌てて顔を引き締め、ゆっくりと彼に近づいた。
「住吉さん」
「え? あ、あなたは……」
住吉さんは私の顔を見た瞬間、目を丸くした。どうやら彼も私の事を覚えていてくれてたみたい。
「この前の件の事で住吉さんに謝りたくて来ました。私達、住吉さんの傷ついた心を抉るような行動をしてしまった。本当に申し訳ありませんでした」
言い切ると深く頭を下げる。
「そんな……もういいんですよ。それに自分の方こそ言い過ぎてしまったなって思ってますし……」
「とんでもない。住吉さんの言い分は充分理解できますよ」
「そう……ですか……」
住吉さんは何か言いたげな表情を見せているが、何を言いたいのかはハッキリと分かる。でもそれには、私からは敢えて触れなかった。住吉さん自身が彼女に会いたいと思わないと意味が無いと思ったから。だから私からは協力してくれとは言わない。これはかなり危険な賭けだが絶対に上手くいく。
「では、私はこれで……」
私は会釈をすると住吉さんに背を向け、彼から離れた。頼む! 何でもいいから私を引き止めてくれ!
いつもの歩幅で一歩、二歩、三歩。わざと踵を鳴らしながら歩いていると、後ろから慌てて自転車のスタンドを立てる金属音が聞こえた。
「あの、すみません!」
私を呼び止める彼の声。期待と緊張で心臓の鼓動が速くなる。
「何か?」
「夏海さんは……まだこの世に留まっているんですか?」
待ってたよ、その言葉。事がうまく運んでいってる現実に思わず口角が上がってくる。
落ち着け。平常心を取り戻し、私はまっすぐ彼の目を見た。心配と期待が入り混じったような目だった。
「はい。彼女は今もあなたの事を待ってますよ」
「そうですか……!」
住吉さんはホッとため息をつくと、まるで安堵するかのような表情を浮かべた。
とりあえず第1段階はクリア。後は彼の背中を後押しするだけ。
「歩きながら話しましょうか」
…
……
次の現場に行くという体で私達はY駅に向かって歩いていた。……が、道中で住吉さんが何も話してこない。
『絶対小山さんの事で頭がいっぱいになってるのに……。踏ん切りがついてないのかな?』
仕方ない。私がきっかけを作るか。
「小山さんの事が気にかかります?」
「……はい」
自転車を押しながら、力なく返事をする住吉さん。イマイチか。う〜ん、まだもうちょっと押してあげるか。
「住吉さん的にはどう思ってらっしゃるのですか? 先程も小山さんの魂がこの世にいるか否かをお聞きになられましたよね?」
「あれはですね。……実は恥ずかしい話なんですけど、恐いんです……」
「恐い……?」
「……はい。夏海さんは……自分の事をどう思ってるのかなって。自覚や意識はしてなかったんですけど、自分は……その……異性から言い寄られるタイプみたいで。……嫌味のように聞こえてしまったら、申し訳ないです」
私は首を横に振るとただ一言「続けて」と言った。
「その事がきっかけで夏海さんは命を絶ってしまった。自分と会わなければ、まだ学校生活を送れた筈。今の時期なら自分達の進路に向かって色々と期待を膨らませる事ができた筈なんです。自分が……夏海さんの生きる道を消してしまった……」
そうか。これが住吉さんを苦しめ、一歩を踏み出す勇気を持つ事ができなかった闇の正体か。
「小山さんと会話をすれば、その事で責められるかもしれない。だから恐い。と?」
「卑怯者ですよね」
住吉さんは「ハハ……」と力なく笑った。やれやれ。この青年は彼女と付き合ってきた時間をちゃんと振り返ったのだろうか。
「住吉さん、一つ聞いてもいいですか?」
住吉さんは目を伏せたまま「はい」と一言返事をした。涙こそ流していないものの、彼の表情に翳りが見える。
「小山さんはあなたと付き合っていた当時、心から笑っていましたか?」
「え……?」
「家庭内、学校内でストレスを抱えていた彼女はあなたと出会って、会話をし、お付き合いをした事で毎日が楽しくなったと言っていました。彼女が命を経って幽体となった時、自分のお葬式に急いで駆けつけ、涙を流す住吉さんの姿も見たと言っていました」
私はショルダーバッグからある物を取り出すと、それを住吉さんに手渡した。
「これって……」
それを手に持ち、見た瞬間、彼は堪えていた涙のダムが一気に決壊した。
彼に渡した物。それは死後も尚、小山さんが大切に持っていた住吉さんから貰った想い出のペンケースだった。
「小山さんは今でもあなたの事を思ってる。怒りや悲しみをあなたにぶつけようとしてるんじゃない。昔のような恋人同士の関係に戻って話しがしたい。ただそれだけなの。……これが最後のチャンス。生かすも殺すもあなた次第。後悔の無い選択をして」
「俺……俺……」
溢れる涙をリストバンドで何度も何度も拭いながらクシャクシャな顔を必死に引き締め、彼はまっすぐこちらを見つめた。
「俺……会いたいです。会って話したい……。夏海さんが俺に伝えたい事があるように、俺だって夏海さんに伝えたい事が山程ある……」
「……その言葉をずっと待ってました」
お互いがお互いを思うが故に拗れ、絡まっていた運命の糸がついに解けた。
『ホント、優しくて不器用なとこは似た者同士だこと』
小山さんの願いを叶える事ができるという達成感と彼の涙に誘われるように私も涙が溢れてきたのはここだけの話。
早速、北枕にこの事を報告しよう。私はスマホを取り出すと北枕にコールするのだった。




