第15話
有間さんとアーノルドの旅立ちの後、私と北枕は慰霊相談事務所に戻って、小山さんの一番の望みである住吉さんとの再開実現についてもう一度話し合った。……といっても、話し合いの論点はどうすれば住吉さんが協力してくれるようになるかだ。
「怖ぇのかもな」
北枕は湯呑みを手に取ると、お茶を啜りながら呟いた。
「怖い? 恋人同士だったのに?」
「お前言ってただろ? ほとんどの人間は霊の姿を見る事ができない。認識できないものだから怖がるって。俺とお前はあの子の姿を認識できるから別になんとも思わないが、あいつにとっては認識できない、つまり見えないものだから怖いんじゃねぇかなって思ってよ」
なるほど。確かにそれは一理あるかもしれない。
「勿論、一昨日あいつが言った事は全部が全部嘘じゃない。心のどこかでそういった怖いという感情があって、会いたいけど会いたくないっていう矛盾が生まれてんじゃねぇかな」
「そっか。じゃあその恐怖や不安を取り除いてあげれば望みがあるかもしれないって事ね」
「可能性はなくはないな」
北枕はまたお茶を啜る。その最中でチラッと時計の方を見た。時刻は14時を指している。
「そろそろ行くか」
「そうだね」
私はジャケットを羽織ると靴を履き、事務所の外へ出た。続いて北枕が出て、事務所の施錠をし、私達はビルの外へ。
今日は裏の駐車場に行って車に乗るのではなく、そのまま徒歩。目的地は小山さんがいる歩道橋だった。
…
……
「……あ、北枕さん。高砂さん。こんにちは」
歩道橋の階段を上りきると、私達の姿を目にした小山さんは笑顔で挨拶をしてくれた。しかし、その声はどこか寂しげだった。
住吉さんとの交渉が決裂し、その報告を小山さんにした際、別な心残りな事を探す為に二日でいいから時間が欲しいとの事だった。そして今日がその二日目。
「私、あれから色々考えたんです。結構やり残した事あるな〜って」
気丈に振る舞うその姿を見ていると胸が痛くなる。
「それで、その中から──」
「小山さん、その事でお話しが……」
いたたまれなくなった私は北枕よりも先につい声を出してしまった。
やってしまった。私は慌てて北枕の方を見ると、彼は一切の顔色を変えずに、ただ黙ってコクンと首を縦に振った。『この場はお前に任せる』そういった表情をしている。
『分かったよ』
私も彼に頷き返す。ゴクリと生唾を飲み込むと、改めて小山さんの方を見た。
「小山さん、私達はあなたの一番の望みを諦めたくないですし、諦めさせたくもありません。もう一度、私達にお時間をいただけませんか?」
私の言葉を聞いた小山さんは目をぱちくりさせながら、少し困惑した様子だった。
「そう言っていただけるのは嬉しいです。でも住吉君は──」
「なんとか説得してみます。ですからもう一度チャンスをいただけませんか? お願いします!」
言い終えると私はピシッと頭を下げた。OL時代に培われた完璧な礼がこんな所で役に立つとは……。人生何が起こるか分からない。
「……えぇ。それは一向に構いませんが、他の後悔の思いの方を重点においた方が……」
小山さんは明らかに弱気になっていた。彼女がこうしてしまったのは私達のせい。私達が住吉さんの気持ちを汲んでいなかったが為の結果。
「小山さん」
「はい」
「諦めないで」
私は小山さんの手を握りながらまっすぐな目で彼女を見つめた。自信を持ってほしい。最後くらいわがままになってほしい。そして、あなたが愛した男性の事を信じてほしい。その一心だった。
「私、小山さんに生前の過去を聞いてほしいって言ってくれて嬉しかった。あの時、私の事も必要としてくれてるんだって、そう思えた。だから私は小山さんの力になりたい。諦めてほしくない」
私の励ましの言葉とは裏腹に小山さんの顔はどんどん陰り、次第に俯いていった。
「……ごめんなさい」
力なく謝る小山さん。……そっか。少し寂しいけど、彼女が出した答えなら仕方ない。
「やっぱり私……自分の気持ちに嘘つけない……」
「……え?」
「会いたい。会いたいです。どうしても彼に……」
これって、まさか……。
「本当ですか? 小山さん」
私の問いかけに彼女は小さく頷く。
「やっぱり会いたいですよ。彼は苦痛だった学校生活を彩ってくれた大切な人なんですもん」
やった! 気分は逆転サヨナラホームラン。思い直してくれた事が本当に嬉しくて、私は思わず小山さんに抱きついてしまった。
「良かった……本当に良かった……」
「まだ始まっちゃいねぇぞ。これからだ」
後ろで見ていた北枕がポンと私の肩を叩いて落ち着くよう促した。彼の言う通り、まだこれから。マイナスだったスタート地点がゼロに戻っただけ。今度こそ失敗は許されない。
北枕は私の前に出ると小山さんの方を向き、口を開いた。
「今日後ほど、もう一度彼の説得を試みようと思います」
「はい。よろしくお願いします」
「ではこれで」
必ず吉報を届ける。その決意を胸に私達は歩道橋を後にした。
…
……
「ねぇ、住吉さんの説得の件だけど……私一人に任せてくれないかな?」
小山さんと別れた後、事務所に戻る道中で私は北枕に相談してみた。私の言葉を聞いた北枕は「何言ってんだ、こいつ」と言わんばかりに口をあんぐりさせ、心配そうな表情をさせていた。
「『一人で任せろ』ったって、お前……大丈夫か? このチャンスを逃したら、もう二度と協力してくれないかもしれないんだぞ?」
「そんな事は分かってる。でも私がやりたい。小山さんの思い直してくれた決意と勇気を私が繋ぎたい」
覚悟の上のお願いだ。粉骨砕身、この命に変えても成し遂げる思いが私にはある。
「……ま、お前の方が人間相手に適してるか」
「てことは?」
「頼むぞ。今度こそ何がなんでも協力してもらえるようにな。これは慰霊相談事務所所長の俺の願いだ」
「ありがとう、所長」
私は北枕に頭を下げた。
「今から行くのか?」
「うん。できれば早い方がいいかなって」
「そうか。じゃあこいつを渡しておく」
そう言って北枕はズボンのポケットから四つ折りにされたメモ用紙を手渡してきた。メモの中身は住吉さんの今日と明日の予定が書かれていた。また得意のSNSによるリサーチだろう。
「ありがとう。……今日は部活だけか。午後4時に終わる予定だから、あと20分」
予定の他にも、高校の所在地や練習場所、通学手段や通路等が事細かにみっちり書かれている。相変わらず色んな意味で恐ろしいと感じるよ。
「俺は姐さんの所に行く。有間さんの件と今回の件の報告にな。何かあったら連絡しろ。いいな?」
「分かった。後でね」
まるでおつかいを頼む保護者のような念押し。あまり表情の変わらない彼だが、どこか心配そうな顔をしつつ、私が向かう目的地とは真反対の方を歩いて行った。
さて、私も行こう。時間は待ってはくれない。……が、その前にアレを持って行くとしよう。




