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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第13話

〈ブー、ブー……〉


 明け方、突然枕元に置いたスマホのバイブが唸りだした。メールの唸り方じゃない。誰だ? こんな時間に電話なんて。


「……む……ぐ……」


 手探りでやっとこさスマホを手に取り、薄く開けた目で通話ボタンを押す。


「もしもし……」

「高砂ぉ……起きたかぁ……」

「ひぃっ!」


 呪詛(じゅそ)でも唱えてるかのような男の低くくて、ゆっくりな声をスピーカー越しから直接聞いた私は驚きのあまり、スマホを放り投げて飛び起きた。

 胸から突き破るかのような勢いで心臓がバクバクと鼓動し、重たかった目蓋はパッチリと開き、一気に眠気が覚めた。


「何!? なんなの!?」


 画面が下になったスマホを恐る恐る手に取る。画面に写し出された登録名を見ると北枕だった。


「あんた……なんでそんな声低いのよ!?」

「早朝だからだぁ……」


 それ理由になってんの? ってか、早朝と分かって電話してきたのに第一声が「起きたか?」っておかしくない?


「で? 何の用?」


 欠伸をしながら北枕に問う。すると彼は「何の用って……」と半ば呆れながら言った後、ため息交じりにこう言った。


「有間さんの事だよ……」


 いけない。昨日から小山さんの事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。


「あっ、そっか。昨日電話でアポ取ったんだっけ? それで結果はどうだったの?」

「オッケーなんだが……ちょっと息子夫婦の家で確認したい事があってな。お前ん家、近いだろ? 俺がそっちに行くから10時にT駅に集合でいいか?」


 T駅とは私が普段から利用している最寄り駅の名前である。


「分かった。じゃあ10時にね」


 電話を切り、待ち受け画面で現在の時刻を確認する。5時15分。少し早いが起きて準備しますか。



……

 待ち合わせ時間の10分前。私は北枕に指定されたT駅にいた。

 今日は土曜日。休日を満喫する人達で賑わっている。無職の私にとって土曜、日曜そして祝日は明るい時間に外出しても世間からの好奇な目で見られる事がない為、非常にありがたい。


『世間はもう少し無職に対しておおらかになるべきだと思う。なりたくてなった訳じゃないんだし』


 ……いや、今は職の話なんかどうでもいいか。自分で考えて悲しくなってくるし、それよりももっと気にしなければならない事がある。それは早朝の北枕からの電話の件だ。


『電話で言っていた確認したい事ってなんだろう?』


 アポは取れたと言ってたから、ご家族の許可は大丈夫な筈。後は何があるだろうか?


「あ、有間さんのワンちゃんの事かな」

「当たりだ」

「ひぃっ!?」


 急に耳元で男の声が聞こえた。驚いた私は素っ頓狂な声を上げ、飛び上がる。本日二度目の心臓の鼓動音を感じながら振り向くと北枕がいた。


「急に出てこないでくれる!? 今といい、朝の件といい、心臓に悪すぎる!」

「朝? あ〜……やっぱ早過ぎたか?」

「そっちじゃなくて……いや、もういいや」


 不毛な話をこれ以上言い合ってたら、疲労と頭痛が出てくる。そうなる前に私が引いてこの話しは終わりにし、本題に入ろう。


「有間さんのワンちゃんに何かあったの?」

「あぁ。電話口で聞いたんだが、実は去年の夏に亡くなってるみたいなんだ」

「え!?」


 なんて事だ。小山さんに引き続いて有間さんも大切な存在に合わせる事ができないなんて。彼も成仏させられないのだろうか。


「だいぶお年寄りだったみたいで晩年は散歩も行かなくなっていたらしい。で、今から息子夫婦の家に行く訳だが、アーノルドの幽体がいるかどうかの確認だ。あ、アーノルドは有間さんの犬の名前な」

「アーノルドの幽霊……。見つかれば有間さんは成仏させる事ができるの?」

「あぁ。有間さんとアーノルド、二人仲良く行く事ができる。だがもし、アーノルドの魂が既に天国に行っていたら、有間さんの旅立ちは難しくなるかもしれない」


 そうか。今の私達はピンチでもあり、チャンスでもあるのか。


「息子夫婦の家までの道のりはコピーしてきた。行くぞ」

「分かった」


 そうして私達は半ば急ぎ足でご夫婦宅に向かうのだった。



……

 駅から歩いて約10分。有間さんの息子さん夫婦のご自宅に到着した。一昨日、北枕が言っていた通り、私の家である草越寺からまっすぐの通りにあった。


「さて、始めるか」


 ギョッとした。北枕はあろう事か、息子さん夫婦のご自宅の庭をインターホンも押さずにズカズカと足を踏み入れ始めたのだ。

 その大胆で異様な様子に私の中にある常識という壁が音をたてて崩れ、彼の行動に正当性があるかどうかの判断が揺らぎかける。


「ちょ……ちょっと! 何勝手にあがり込んでるのよ!?」


 数秒考え、やっぱりこれは不当であると判断した私は彼の腕を掴んで制止させた。相変わらず、不健康な白い色で冷たい腕だ。


「今日は娘さんのピアノの発表会らしく、一日中家を空けるから庭までなら大丈夫との事だ」


 あぁ、許可得てたんですね。それならそうと言葉にしてってあれ程言ってたのにこの野郎……。

 私は何も言わず彼の腕をパッと離すと、さっさと行けというように手でシッシッと追い払う仕草をした。恐らく私も入って大丈夫なのだろうが、会ってもいない人の家の敷地に入るのは気が引ける為、ここで待つ事にしよう。庭くらいなら北枕一人でも充分だろうしね。


「アーノルド、いるか?」


 植木の後ろや室外機の裏など、北枕はくまなく探すがどうやら見つからないようだ。


「まいった、いねぇ……」


 程なくして北枕が戻って来た。顔面蒼白……とまではいかないが、二件連続でスムーズに除霊ができなくなるかもしれない現状に放心状態となっている。


「まさか、先に天国へ昇ったとかじゃないよね……? お家の中にいるとかも考えられるよね?」

「先に行ったとは考えにくいな。昨日電話で有間さんとアーノルドの信頼関係について聞かされたからな」


 聞けば、有間さんが亡くなって、息子さんご夫婦のご自宅に引き取られた後、アーノルドは酷く食欲や体力を落としていったらしい。元々老犬という事もあったのだが、有間さんと過ごしていた時とまるで別犬のようだったみたいだ。


「動物にも未練とか後悔の念ってあるのかな」

「そりゃああるぞ。思考を持つ生物なら全てに当てはまる。アーノルドも多分……」


 ん? どうした? 北枕は言い終える前に視点を一点集中させ、段々と口角を上げていった。端から見て、非常に恐い。


「そうか、そうゆう事か。分かったぞ。アーノルドの居場所」

「え?」


 北枕はしきりに「あそこだ。あそこしかない」「どうして気付かなかった」等とぶつぶつ独り言を言い、私の腕を掴んで歩きだした。


「ちょっと待って。どこ行くの? アーノルドの居場所ってどこ? 本当にいるの?」

「絶対にいる。行くぞ! 時間が惜しい」


 私はまだ頭の上に『?』を浮かべたまま、彼に引っ張られながら必ずいるというアーノルドの居場所へ向かった。

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