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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第12話

 目的地の小山さんがいる歩道橋へは15分程で到着した。夜も9時を回っていた事もあり、交通量は夕方の時と比べて()いていたのが大きいと思われる。

 車を大通りの4号線から小道に入れて路上駐車し、彼女の下へと向かう。自責の念からか、歩道橋の階段を上る足がとてつもなく重たい。

 一歩、また一歩と歩を進め、階段を上りきると小山さんがいた。東京方面の欄干に腰掛け、車のヘッドライトとテールランプが作る、冬にはまだ早いイルミネーションを楽しんでいた。


「小山さん」


 北枕の声で反応した彼女は昨日初めて会った時のように一瞬ビクッとし、こちらを振り向いた。


「あ……慰霊師さん、こんばんは。こんな時間にどうしました?」


 腰掛けていた欄干から軽快にジャンプして私達の目の前に華麗に着地する。この時、一瞬だが彼女は手に何かを持っていたように見えたが、すぐ後ろに手を組んでしまったのでよく分からなかった。いや、今はそんな事どうでもよいか。


「夜分に申し訳ありません。昨日ご依頼されました件についてお話しをしたいと思いまして……」


 北枕の言葉を聞いた瞬間、彼女の顔がパァ〜ッと明るくなっていった。きっと上手くいったんだと思っているに違いない。本来見る事ができたかもしれないその笑顔が私達の良心に強く爪痕を残していくのがハッキリと分かる。


「住吉君と会えたんですか!? それで結果の方は?」


 彼女の跳ねるような声色を聞く度に心臓がドクンと大きく鼓動し、脈拍が速くなっていく。

 そんな中、北枕は私を後ろにして前に出た。全ての責任を自分一人で受け止めようとする気だ。彼も私と同じくつらい筈なのに……。


「申し訳ありません。自分のリサーチ不足もあり、彼は協力の意思を見せてくれませんでした。説得も試みたのですが、思った以上に彼の心の傷が大きくて……」


 北枕の言葉を聞いた小山さんは、まるで満開だった花が枯れていくように笑顔が消えていった。当たり前だ。あんなに楽しみにしていたのに、たった一日で2年の思いが砕かれてしまったのだから。


「そう……ですか……」


 状況をゆっくり理解し、絞り出すようなか細い声で小山さんは呟いた。

 風のそよぐ音、そして車の走行音だけが私達三人の静寂をかき消している。誰も何も言葉を発しない。いや、発する事ができなかった。そんな時だった。


「私、自分が死んだ後……自分のお通夜を宙を漂いながら見てたんです」


 小山さんは自分の亡くなった時の事、自分が幽霊になった時の事を話し始めた。彼女は一体何が言いたいのか。それが分からない私と北枕は黙って小山さんの話しに耳を傾けた。


「彼、その日が入部しているテニス部の大会でレギュラーを取れる大事な試合があったのにも関わらず急いで駆けつけてくれてたんです。私の遺影を前に人目もはばからず、大声で泣いてて。私の両親が必死に慰めても泣き止まなくて」


 懐かしむように星が瞬く夜空を見上げながら小山さんは語る。


「私のお通夜には警察の方が二人来ていて……。住吉君、何も悪い事してないのに事件性がないかどうか根掘り葉掘り聞かれてました。私が死んだ場所も悪く、東京へ向かう太い道のせいかマスコミの方も来て追い打ちをかけるように住吉君に質問攻めにしていて。……私の突発的な行動で身も心も酷く傷ついた彼が私に会いたくないなんて当たり前ですよね」

「そんな事……」


 小山さんは何も悪くない。お願いだからそんなに卑下しないで。その一心で私は反論しようとしたが何も言えなかった。というより言える立場じゃなかった。


「いいんですよ、高砂さん。全ては私の独りよがり。この結果が分かっただけでも良かったです」


 小山さんは眉をハの字にしながらも笑っていた。作り笑顔なのが手に取るようにわかる。


「……それは?」


 北枕は小山さんが手に持つピンク色のポーチのような物に目をやった。先程私がチラッと見えた物だった。


「これは彼から貰ったペンケースです。形見……というのは変ですけど、私にとってとても大事な物なので」


 そう言うと、小山さんは持っていたペンケースを懐かしむように見た後でギュッと胸に抱いた。まるでお気に入りのぬいぐるみを抱くように。


「北枕さん、二日でいいので私にお時間を頂けますか? 心に引っかかる別の何かを探しますので」

「自分は何日かかっていただいても構いません。しかし、本当にいいのですか?」


 小山さんは柔和な顔つきで無言でゆっくりと頷いた。


「……分かりました。後日、また伺います。大変申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる北枕の後ろで私も頭を下げた。これで本当に良かったのだろうか。私にできる事はないのか。そんな事を思いながら……。


……

 小山さんと別れた私達は事務所に戻る車中で何も話さなかった。これからどうするのか。本当に小山さんの願いは叶えさせられないのか。そもそも無事に彼女を成仏させる事ができるのか。先行きが不透明だった。


『あなたは……何か答えが出てるの?』


 ハンドルを握り、まっすぐ前を見て運転に集中する彼の目を見て思う。

 本当は尋ねたい。でも、彼自身もこの結果に対して適切な処置というのに答えを出せず、迷い、苦しんでいるかもしれない。今日の所は、これ以上小山さんの事を掘り下げても彼を追い詰めるだけなので、もう私から尋ねるのはやめにしよう。


「今日は悪かったな。何時間も待たせた挙げ句にこんな結果になって」


 そう言って彼が車を停めたのはY駅西口の小さなロータリーだった。


「全然構わないよ。ありがとう。駅まで送ってくれて」


 私は素直にお礼を言うと、シートベルトを外して車から降りた。忘れ物は……無いな。


「そう言ってもらえると助かる」

「ねぇ、当初の予定とは順番が入れ替わるかもしれないけどさ、先に有間さんの件を進めようよ。小山さんも時間が欲しいって言ってたし、有間さんもあんたの力が必要としているんだし」


 私の助言とも、励ましとも取れる言葉を聞いた北枕は驚いた表情を見せた後、フッと鼻で笑うと「そうだな」と一言呟いた。


「明日は有間さんの息子夫婦に連絡しようと思う。協力してもらえそうなら除霊はその後日、明後日に行なう。だから明日は来なくても大丈夫だ」

「本当? 寂しくて泣かない?」

「泣くか。今まで一人でこなしてきたんだ」


 私の嫌味も軽くいなす所を鑑みるに、だいぶ精神面は回復してきたのではないだろうか。


「分かった、分かった。じゃあ連絡先交換しよ?」

「あぁ。電話番号でいいか?」


 こうして私のあまり多いとはいえない電話帳に一人のデータが記録された。


「何かあったら連絡する。気をつけて帰れよ」

「あんたもね」


 車のドアを閉じ、一歩下がる。北枕はクラクションをピッと一瞬軽く鳴らすと事務所の方向へと走り去っていった。その姿を見送った後、私は回れ右をして駅へと向かう。

 私はまだ小山さんの事を諦めたつもりではない。きっとまだ何か策がある。そう願うのと、その策を模索する事に明日一日を使おう。

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