第11話
途方に暮れていた。
車をコンビニの駐車場に駐め、そこで買ってきた缶コーヒーを車内で飲みながら私と北枕は一言も話さず、前ばかりを見ていた。
出てくるのは励ましの言葉やこれからの案や策等ではなく、ため息だけ。
一体私達に何があったのか、それは今から数時間前の事だった。
…
……
「いたな。あいつが住吉だ」
小山さんの恋人である住吉さんが働くバイト先のスーパーにやってきた私達は、商品を棚に陳列させている彼を発見した。
清潔感のある短髪に黒縁メガネの下から覗かせる誠実そうな目が印象的な人だった。
「真面目に勤務してるね。いつ話しかけるの?」
「今だ」
は? 今!? 驚く私を尻目に北枕はスタコラサッサと住吉さんへ一直線に向かって行った。あいつはTPOを弁えないのか!?
「君、住吉純平君だよね?」
「え? はい、そうですが……」
北枕の呼びかけに住吉さんは困惑していた。当たり前だ。商品の場所を聞かれるならまだしも、自分の名前を見知らぬ赤の他人に呼ばれたのだから。
……ていうか、小山さんの時とは裏腹になんでそんなに威圧的な口調な訳?
「自分は慰霊相談事務所の所長、北枕だ」
北枕はポケットから名刺入れを取り出し、名刺を住吉さんへ渡した。
「慰霊……相談事務所……?」
聞き覚えのない単語に住吉さんは眉間に皺を寄せながら貰った名刺をジッと見ていた。
「勤務後にあなたと少し話しがしたい。小山さんの事について」
小山さんという単語を聞いた途端、住吉さんの眉がピクッと動いたのを私は見逃さなかった。
「警察の方……もしくは警察に関わる方ですか?」
住吉さんは身構えるように立ち上がった。彼がアニメやゲームの主人公なら今にも飛びかかってきそうに体勢を低くしている。実際はバックヤードに駆け込む為の姿勢なのだろうが。
「警察とはなんも関わりはないよ。その名刺の通り、慰霊師……いや、霊媒師と言った方が分かりやすいか」
「霊媒……師?」
「彼女の成仏に付き合ってほしい」
「え!?」
住吉さんはひどく驚いていた。無理もない。警察が籠城している犯人確保の為に一緒に突入するのを付き合ってほしいと言っているようなものなのだから。
「君の勤務時間が終わるまで駐車場で待ってる。シルバーの軽だ」
北枕はそれだけを伝えると、くるっと回れ右をし、住吉さんの視界から消えるように立ち去って行った。
『頼み方が下手くそな奴め』
後ろで見ていた私は状況が理解できず、困惑している住吉さんの下へ急いで駆け寄る。あいつが足りなかった言葉を補う為だ。
「突然で申し訳ありません。見ての通り、あいつ本当に言葉足らずで」
「夏海さんと……会ったんですか?」
彼の問いに私は黙って頷くと、住吉さんは信じられないと目で語っていた。
「小山さんは──」
〈業務連絡、グロサリーの住吉さん、レジ応援お願いします〉
業務放送が入った。ちっ、良い所で。
「すみません。お話しの途中で」
「気にしないで下さい。先程の通り、駐車場で私達は待ってますので」
住吉さんは申し訳なさそうに会釈をすると、レジの方へ駆けていった。
これでなんとか彼が不審に思わず、私達の協力をしてくれるといいのだけれど……。
「あとは待つしかないか」
私はペットボトル飲料を二本手に取り、レジへ向かうのだった。
…
……
午後9時となった。店内BGMで『蛍の光』が流れ、閉店作業を行なうパートさん達の作業を車内で見ながら私は伸びをした。随分長い事待っていた為、身体のあちこちで骨がポキポキと鳴っている。
「格闘アニメみたいに鳴るな」
「しょうがないでしょ。ずっとこの体勢でいたんだもん」
そう。座ったままずっとスマホでネットサーフィンをしていたり、音楽を聞いてたり、眠っていたり。かれこれ3時間くらい同じ体勢でいた。身体が固まってしまうのも無理はない。
「後は住吉が来てくれればいいが」
「あ、あの人じゃない?」
学生服に着替えた住吉さんが自転車を押しながらやって来た。
会釈をする彼に返すように私も会釈をすると、私と北枕は車から降りる。
「すみません。こんな時間まで待たせてしまって」
「とんでもないです。こちらこそいきなり押しかけるように来てしまって」
「それで、夏海さんの成仏というのは……」
北枕は咳払いを一つすると住吉さんの方を向き、への字に閉じた口を開いた。
「まずは俺達の仕事内容から話そうか。俺達慰霊師は未練を持ったままこの世を去ったが為に、あの世に行く事ができなくなった霊魂と会話し、未練を解消してあの世に行ってもらう。そうゆう仕事をしている」
「私達は小山さんと会って彼女の未練を聞いたんです。『住吉さんと会いたい。会って話しがしたい』……そう言ってた。だから──」
「ちょっと、ちょっと待って下さい!」
話しを割るように住吉さんは急に声を上げて止めに入った。
「どうしました?」
「すみません。あの……なんかの勧誘ですか?」
勧誘? 何を言っているのだ彼は?
「確かに夏海さんと自分は恋人同士でしたよ。でもいきなり霊となった夏海さんと会話して自分と話したがってるって言われたって信じられる訳ないですよ」
「証拠が欲しいのか?」
北枕はやれやれといった様子でズボンのポケットからメモ帳を取り出し、パラパラとページを捲っていく。
「小山夏海。命日は2年前の9月。当時16歳。国道4号線に架かる歩道橋からの飛び降り自殺。これでいいか?」
「そ……そんな事、新聞でもテレビでも報道されていた。調べようと思えばいくらでも調べられます。大体、失礼ですよ。あなた達」
どんどん住吉さんの声が大きくなり、声色と表情で彼の怒りがヒシヒシと伝わってくる。
「2年前、自分がどれだけ精神を疲弊させたか分かってるんですか!? 彼女を失った寂しさと悲しみで心が死んだ所に警察やマスコミからの執拗な聴取。ストレスでしばらく学校にも行けなかったけど、段々と彼女の死を受け入れて、やっと前に進もうとしたのにこうやって蒸し返されて……。とにかく、自分は協力できません!」
住吉さんは乱暴に自転車に跨ると、私達の前から逃げるように立ち去って行った。
「待って!」
「追うな、高砂」
駐車場に響く北枕の声。その声で止まった私はどんどん影が小さくなっていく住吉さんの背中を見つめ続けていた。
「こうなっちゃ仕方ない」
『仕方ない』だって? 北枕の諦めの入った声を聞いて、私は彼の方を振り向いた。
「それでいいの? 小山さんは住吉さんと会いたいって──」
「そんな事分かってる! だが、今回に関しては俺が悪い。あいつが彼女の命を経たせた直接の原因じゃないのに相当追い詰められていた。あいつの傷ついた気持ちを汲んでやれなかった」
珍しく反省している彼を見て私の興奮の波も徐々に引いていった。
「とりあえず車に乗れ。一旦ここを離れよう」
北枕に促され、無言で車に乗ると、私達はスーパーを後にした。
…
……
という事があったのだ。おかげで車内はお通夜状態。前述したが、途方に暮れていた。
「ねぇ……小山さんの事……どうするの?」
彼女の除霊をどうするのか。聞くのが恐かったが、この状況を見て見ぬフリにはできない。
恐らくだが、住吉さんにもう一度会って説得する。もしくは小山さんが心残りにしている別の何かで天国へ行ってもらうか。そのどちらかになるだろう。
「まず、この事実を彼女に打ち明けないといけない。策を考えるのはその後だ」
「今日……行くの?」
「……あぁ。早い方がいい」
確かに早い方がリカバリーをするのにいいか。どっちにせよ、こんな不甲斐ない結果になってしまった事を聞いたら、小山さんきっと悲しむだろうな……。
「私も行くね。一緒に謝ろう」
「悪いな。慰霊師でもなんでもないのにこんな事に付き合わせて」
北枕の謝罪の言葉に私は一言「大丈夫」とだけ言うと、彼は無言で頷き、車を走らせた。目的地は小山さんがいる国道4号線に跨る歩道橋。
目的地に着くまでの間、彼女になんて言葉をかけたらいいか、私は必死に考えるのだった。




