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慰霊相談事務所所長の俺の望みを聞いてくれ  作者: 千代 龍太郎
第1章 〜慰霊師の仕事〜
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第10話

 昼食のラーメン屋から帰った私達は北枕の事務所に戻っていた。

 現在の時刻は午後の4時半より少し廻った頃。小山さんの恋人、住吉さんとのコンタクトまでまだ少し時間がある。その間に北枕はパソコンの前に座ってデスクワークを始め、一方の私は事務用品や食品の買い出し、事務所の掃除をしていた。


「高砂、ちょっとこれ見ろ!」


 北枕の声が事務所に響く。彼の方を見ると、床の拭き掃除をしていた私に向かって手招きしていた。


「何?」


 雑巾をバケツの縁にかけて、北枕の後ろに回ってパソコンの画面を覗く。


「住吉は今日バイトのシフトを変わったらしい。予定変更だ。バイト先に向かうぞ」


 画面に映し出されていたのは住吉さんのSNSのページだった。彼のアカウントは鍵アカではなく、誰でも見られるから北枕のやってる事は別に何の問題もない。ないのだが、どこか倫理的に問題があるように感じるのは気のせいだろうか。


「あんた……もしこれが男女逆の例だったとしても、同じようにSNSを使って捜査するの?」

「するぞ。むしろ女の方がやりやすい。ありとあらゆるSNSに見境なく手を出すからな」


 北枕はこちらを振り返り、まっすぐな目でこちらを見ていた。下心は無いとはいえ素直に引く! 捕まってしまえ!


「あと分かったのは有間さんの息子夫婦の自宅だな。お前ん家と若干近いぞ」

「え!? 私ん家も調べたの!?」


 驚きのあまり、私はガタガタと音をたてながら北枕から勢いよく離れた。


「……お前ん家、それなりに名の通った寺じゃねぇか」


 あ、そうか。一応ネット検索すればホームページがヒットするんだった。北枕の(はた)から見たら異常な行動によって錯覚し、気が動転してしまっていた。


「とりあえずの場所は分かったから、後は家族の事情説明と有間さんを神社から連れ出す手立てだな」

「策はあるの?」


 落ち着きを取り戻した私は再び北枕の側により、画面を覗き込んだ。なるほど、確かに私の家から20分程で着く場所にあるらしい。


「簡単だ。要は神社の結界の影響を受けなくすればいいだけだ」


 北枕はデスクの引き出しから御札を取り出した。一般人からすれば筆で書かれただけのただの紙切れに見えるだろうが、除霊を生業(なりわい)としている人達から見れば強力な結界破りの力が宿っている御札だった。


「なるほどね。じゃあ小山さんの件が終わったら行こうか」

「いいのか?」


 私の提案に北枕は目を丸くして聞いてきた。


「何が?」

「見学がもう一件増えた事だよ」


 良いも悪いも小山さんの一件で慰霊師のやり方全てが分かる訳じゃないし、終わるつもりもなかった。私が納得し、理解できるまでとことん付き合うつもりだ。幸い、私には充分過ぎる程の時間はあるしね。


「構わないよ。慰霊相談事務所所長の許可があればね」


 決定権が委ねられた北枕は「ハァ……」とでかいため息を一つつくと、頭を掻きながら再びパソコンの画面に姿勢を移した。


「ま、いいんじゃね? 今の二件を抱えても、なんら問題は起こさねぇし、起きねぇし」


 あら、意外と信用されてる?


「ありがと。ここにいる間はあんたの助手として動いてあげるよ」

「バイト代は出ねぇぞ? それでもいいのか?」

「お金より霊達の安らかな旅立ちの手助けなんでしょ?」


 北枕はまるで『偉そうに』と言いたげな、でもどこか嬉しそうに「ヘッ」と答えた。


「よし、そろそろ行く準備をするか」


 パソコンの電源を落とした北枕は伸びをしながら立ち上がる。デスクの上に置いてあった車のキーをそっとポケットに忍ばせたのを見て、近いのか遠いのか分からないが、また車で行くんだなと悟った。

 また北枕に「早くしろ」と言われないうちに床掃除で使用していた水の入ったバケツを片付けて、コートスタンドにかけたカーディガンに袖を通した。まったく、せっかちと一緒に行動するのがこんなに疲れるとは知らなかった。


「高砂、行くぞ」

「はいよ」


 靴を履き、事務所の入口のドアを開けて待つ北枕の脇を通って外に出る。辺りはまだ明るいが、空がだんだんと赤みがかってきている。

 事務所の戸締まりをした北枕の背中を追いかけ、本日の二度目の駐車場へ。

 また手を汚さないように指一本でドアノブを引き、ドアを開けて車内へ入る。明日晴れたら洗車しよう。やり方は分からないけど……。


「この時間だと帰宅ラッシュの時間だから少し流れが悪くなるかもな」


 車のエンジンをかけ、駐車場から出た北枕がぼやいた。


「しょうがないでしょ。ヒマになりそうならお話しの相手になってあげよっか?」

「そういやさ──」

「早! もうかよ」

「なんだよ。お前が話し相手になるって言ったんだろ」


 そうだけど、あまりにも急過ぎるから。自分から言った手前、断るのは感じ悪いし、話し相手になるのは全然構わないから別にいいんだけどね。


「じゃあ、どうぞ」

「お前、尼と僧侶って言葉に過剰に反応するだろ? なんで?」


 あぁ、それか……。いつか聞かれるんじゃないかなって思ってたけど、まさかこんなにも早いとは。


「言いにくいなら別にいいや。悪かったな、変な事聞いて」


 黙っている私に何かを察した北枕は咄嗟に謝ってまた別の話題に変えようとしていたが、私は「いつかは話そうとは思ってた」と言うと北枕は無言になった。


「幼少の頃、私が見える体質だったせいで幼馴染みや友達から気味悪がられたり、仲間外れにされたから。その時みんなが私の事を『尼さん』って呼ぶからトラウマになって過敏になっちゃったのかも」


 それ以来、私には心の底から打ち解けられる親友という存在がいない。私の家の事情や体質について触れない、どうとも思っていない人達との付き合いはあったが、腹を割って話す間柄ではなかった。


「それは辛い幼少期だったな。悪かったな。そうとも知らずに昨日は」

「別にいいよ。知らなかったんだし……」


 素直に謝られるとなんか調子狂うな。


「あんたは?」

「俺?」

「そう。あんたは見える事で何か浮かばれない事とかあった?」


 私の話で無言になって、いたたまれない空気になるのが恐かった私は北枕に彼の過去について尋ねた。


「そうだな……。まぁ、あるな。色々と……」


 随分と言葉を濁し、話しにくそうにしている。私と同じで北枕も例外ではないんだと改めて思うと、どこか親近感が湧いてきた。


「話してもいいけどよ、車内が更にどんよりすると思うぜ?」


 あ〜、それは困るな。これから住吉さんに会うのにテンション上げ上げで行くのもいかがなものかと思うが、お通夜状態で行くのもなんだかなと感じる。


「じゃあ、それはまたの機会にしよ。何か楽しい話しはないの?」

「楽しい話しか……。じゃあ、姐さんの競艇惨敗史でも話してやろうか?」

「あんた……恵子さんの耳に入ったらどつかれるよ」

「お前が黙ってりゃ、その心配はねぇよ」


 そう言って北枕は喜々として恵子さんの競艇の黒星記録話し始めた。……それにしても。


『お前が黙ってりゃ、その心配はねぇよ』


 彼が何気なく言ったその一言。遠回しに彼は私の事を信頼しているのだろうか? それとも……。


『そうゆう私も親族以外の人間に自分の過去を話す日が来るとはね』


 同じ境遇同士、少しは仲良くなれそうだ。

 恵子さんの負けた金額の多さを面白可笑しく話す彼の横顔を見ながら密かに思うのだった。

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