第9話
浅間神社。富士山を神格化した浅間大神、または記紀神話に現れる木花開耶姫命を祀る神社で、関東や中部地方に多く建立している。
そんな浅間神社に私達は今、車で向かっている。
時刻は10時を少し廻った頃。恵子さんに紹介された神社に到着したのだが、専用の駐車場が無い為、一度車を事務所裏の駐車場に駐めてから徒歩で向かう事となった。
浅間神社まではY駅を超え、商店街の道を東へまっすぐ進んでいくらしい。
「まさか、姐さんにあそこまで気に入られるとはな……」
北枕は突然しみじみとため息交じりで呟いた。私と恵子さんの出会いが、彼の予想とは違う結果になった事がショックとも面白くないと聞こえるような口ぶりだ。
「嫉妬してんの?」
「驚愕だよ。あの人があんなに楽しそうに喋るなんて知らなかった」
あんたの方が付き合い長いのにそれに気付かないなんて……。恵子さんが不憫すぎる。
「あんた無愛想だからね。もうちょっと自分の内をさらけ出した方がいいんじゃない?」
「その必要はない」
北枕は食い気味に私の言葉をスパッと斬るように言い切ると、ツカツカと歩を早めた。
「そうかなぁ……。会話によって成仏させるなら、できるだけ愛想良く接してあげた方がより良いと思うけどな」
「誠意を持って対応すれば、笑顔はなくとも信頼は生まれるんだ。現に俺はそうしてきた。これからもそうしていく。それは変わらない」
北枕のスキル、頑固が発動した。そうですかい。なら皆まで言うまい。いつか困る事が起きても知らないんだから。
「ほら、着いたぞ」
商店街を出ると、目の前に現れる立派なイチョウの木。青々とした葉を茂らせたその間に社殿へと続く鳥居と階段。交通量の多い道路に面した場所の割には厳かな雰囲気を醸し出しており、どこかパワーを感じられるような場所だった。
中々青信号にならない横断歩道を渡り、階段を上がりながら二人で鳥居をくぐる。階段を登りきると、こじんまりとした社殿が現れた。建立何年だろう。柱や板に使われている木が味のある色になっており、だいぶ古い建物と見受けられる。
「姐さんの情報だと……確か、有間というお年寄りだったな」
「この時間だとお年寄りの方が多いね」
『野球、サッカー禁止』と書かれた看板があった事から、子供達の遊び場になっているみたいだが、今は平日の昼間。散歩やお喋り、神社の裏の広場ではゲートボールを興じているご高齢の方が多く見える。
「参ったな。姐さんに大まかな特徴とか聞いておけば良かった……」
「もうそれなら、いっその事『有間さ〜ん』って呼ぶのもアリな気が──」
「はい、有間です」
後ろから突如聞こえた声にギョッとし、私達は肩を上げて驚いた。二人してギギギと壊れたロボットおもちゃのように振り返ると、そこにいたのは口ひげを貯えたダンディな男性がいた。
「有間さんですか? ……私は北枕と言います。こっちは高砂です。私達は慰霊師なのですが……これを聞いてご理解できますか?」
北枕は質問と同時に右手中指に嵌めた指輪を有間さんに見せる。有間さんは慰霊師という単語と北枕の指輪を確認した途端、パッと表情が明るくなった。
「慰霊師さんですか。存じております。この年寄りの所にわざわざ足を運んでいただいて大変恐縮です」
どうやらこの人が恵子さんの紹介に預かった方のようだ。大変物腰が柔らかく、優しそうな笑顔が素敵な方だ。
「私達があなたの旅立ちに全力で協力します。差し支えなければ、有間さんの死因と心残りの事をお話しいただけますか?」
北枕の質問に有間さんは「勿論です」と快く答えると、軽く咳払いをして話し始めた。
「今から5年くらい前ですかね。この神社を愛犬と散歩していた時、急に胸が苦しくなりまして……。心筋梗塞でした。……それで心残りというのが、生前、私が飼っていた愛犬に会いたいのです。今は私の息子夫婦の家に引き取られているのですが、何分私がこの場所を離れる事ができなくて」
有間さんはタハハと照れ隠しをするように笑っていた。
「亡くなった場所が場所でしたね。神社には結界がありますから」
「そうみたいですね。結界はドーム状ではなく壁状らしく、あの世に行く事はできても、結界の外には出られないみたいで。生前はそんな事知りもしませんでした」
そっか。結界はこんな所で霊達を困らせる原因にもなっているのか。
私の家も結界に囲まれている。生者にとっては邪気を祓う有り難いものが、霊にとってどんな影響を及ぼすのか考えた事もなかった。
「では息子さんご夫婦の住所を教えていただいても宜しいですか? 勿論、慰霊師の仕事以外での利用や流出は致しません」
「分かりました」
北枕はポケットからメモ帳を取り出すと、有間さんの言葉を一言一句を聞き逃さぬよう真剣に、且つ小声で繰り返しながらメモしていく。
「ありがとうございます。では、二日後にまたここに赴きます。その時にここを出られるように措置を取りますので、私達と一緒に向かいましょう」
「何から何まで恐縮です。二日後までに成仏されないようにしないとですね」
有間さんは笑えない冗談をかまし、一人で声を上げて笑っていた。自分が成仏できるのも然る事ながら、愛犬にまた会う事ができる事がよほど嬉しいのだろう。
「冗談でもやめて下さい。本当、気をつけて下さいよ。それでは私達はこれで」
私達は有間さんに会釈すると神社を後にした。相変わらず有間さんは満面の笑みを浮かべながら立ち去ろうとする私達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「面白い人だったね」
「最初は紳士だと思ったがな。見かけによらないとはこの事だ」
北枕の横顔をチラッと見るが笑顔は見えない。けど、その目は笑っているように見えた。
「ああいうお茶目な霊は初めて?」
「長い事慰霊師をやってるけど、中々いないな。あの人みたいなタイプは」
「やっぱりそうなんだ」
昨日の小山さんもそうだったが、愛する人の話をすると生き生きとしていた。そんな小山さんや有間さんの話聞いて、仕草を見て、生きている人と何ら変わりはしない。
この二日で二人の霊を見て、私の中で霊の見方、接し方の意識が変わってきた気がする。どうして私はあんなに霊を邪険にしていたのだろう……。
「11時半か。少し早いが昼飯にするか」
神社の階段を下り、歩道に降りた北枕は腕時計を見て提案してきた。朝から色々とバタバタしていた為、お腹が空いていた私も彼の提案に賛同する。
「そうだね。……この辺りだと、ちょっと行った先にファミレスがあるね。どうす──」
あろう事か、スマホでお店を探す私を置いて、自分はそそくさと歩いて行っていた。どうゆう神経してるんだ!?
「今日は月曜だろ? 月曜はラーメンと決めてんだ。行くぞ」
自由か! 私の善意を返せ! ……まぁ、ラーメンは悪くない。けど、マズかったら全額奢りにしてもらうかんな!
幸いここは通りも広く、人通りは少ない。足早な北枕の後を追うのも苦労はしない。私はカバンの中からワイヤレスイヤホンを取り出すと、スマホと接続してお気に入りの曲を聴きながら彼の後を追うのだった。




