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・這うもの


これは私が手術後の経過を見るために入院していた時の話です。


その日は空調が効いているにも関わらず、寝苦しい夜でした。

私は夜中に喉の渇きを覚えて目が覚め、飲み物を探したのですが、置いてあったペットボトルには中身が残っていませんでした。


個室の部屋だったのでベッドから起き上がると、外の自販機に向かいました。

ミネラルウォーターを買っている時に、その音に気づいたのです。


虫が飛ぶときに立てる羽根の音でした。

低く伸びるような音が廊下に響いていたのです。


少し気になった私は、その音を辿っていくことにしました。

よくよく考えてみれば、この時にはもう私は呼ばれていたのでしょう。

ブンブンともヴーンとも言う様な、不快さを感じられる音に導かれるまま、歩いていくとその先にはトイレがありました。


私は何も考えずにトイレの中に入り、寝起きの濁った頭で音の元を探します。

トイレには三つほどの個室が並んでおり、どうやら、虫の羽音は一番奥の部屋から聞こえてきていました。

そのドアには『使用禁止』の張り紙が。


ですが、奥の部屋に近付いていくにつれて、音は大きくなっていきます。

意を決して奥のドアを開けてみると、数匹の蝿が飛び出してきました。


ドアの先には一般的な便座とタンクがあり、そのタンクに『故障中』の張り紙がしてあるだけで、特に変わったものはありませんでした。


廊下にまで響いていた音は、ドアを開けた瞬間から聞こえなくなっています。

私は『故障中』の張り紙に何故か奇妙な嫌悪感を覚えながらも、音に執着していた自分に気づき、『こんな所で何をしているんだろう』と正気に戻りました。


私は先程飛び出してきた数匹の蝿が、壁を這ったり飛んだりしているのを横目に、自分の部屋へと向かうことにしました。

蝿が飛ぶときに聞こえる音が、自販機前で聞いた音より幾分小さい事に気づきつつもトイレを出ます。


自販機の前を通り過ぎて、自分の部屋に向かう途中で、奇妙な音が私を追い駆けてきている事に気づきました。

ペタペタという小さな生き物が裸足で歩き回るような音。人間の子供にしては小さく軽く、小動物にしては音が湿っているような、そんな音です。


私は一度立ち止まり、後ろを確認してみましたが、おかしなものや人影などは確認できませんでした。


しかし、私が足を進めると、また「ペタペタペタ」と音がついてくるのです。

虫の羽音を聞いた時とは違い、私はその時にはすっかり目が覚めていたので、その音に恐怖を感じました。


歩みを進める足はやがて早足に、早足はやがて駆け足になって、駆け込むように自分の部屋へと飛び込んだのです。

水の入ったペットボトルを横に置き、布団に潜り込んだ私は、さっきまでついてきていた音が消えたかどうか、聞き耳を立てていました。


すると、ドアの外から私を探し回って這い回る音が聞こえてきたんです。

「ペタタタタタタタタ」という音が部屋にまで響いていました。

音が近付いてきています。

一体ナニが近付いてきているのか分からず、怖くなった私は掛け布団を頭まで被り、そのままやり過ごす事に決めました。


その音は一度私の部屋を通り過ぎ、その後戻ってくるとドアの前で途絶えました。

私はドアの開閉音を聞き逃さないように意識を集中します。


モゾリと足元の布団が動くのを私は感じました。

いつの間にか部屋に侵入していた音の主は、どうやら私の布団の上に這い上がって来た様です。

ドアが開いたような音は一切しませんでした。


あまりの出来事に悲鳴を上げそうになったのですが、ここで気づかれてはまずいと思い、必死に声をこらえました。

何故か起きている事を気づかれるとまずいと思ったのです。

布団の上に上がって来たソレは小型犬ほどの大きさで、四つん這いになりながら移動しているようです。


さっきまでまったく聞こえていなかった虫の羽音が、また聞こえてきます。

布団の上に乗っているそれが、段々と顔へと向かっているのが重みで分かったのですが、どうする事も出来ずにただ体を硬直させる事しか出来ませんでした。

重みが体の上を移動してくるにしたがって、虫の羽音も大きくなっています。

その重みが胸の辺りに来た時に、私は耐え切れなくなって布団から顔を出し、上に乗っているソレの姿を見たのです。


赤い昆虫の複眼に毛の生えた黒い顔、突き出した口。

ピンク色の皮膚に五本の小さな指、ヘソから伸びる茶色い紐。


それは赤ちゃんの体に大きな蝿の頭を取り付けた化物。

羽根の音はその蝿の頭から聞こえてきています。


私の口から、自分でも聞いた事のないような声が出ました。


そこから後は記憶にありません。

叫び声を聞いて駆けつけた看護師さんの話では、私は布団を掴んで振り回し「でていけ!」と叫んでいたそうです。

そこに赤ちゃんのような化物はおらず、羽音もしていなかったと言われました。


私の話を聞いた看護師さんが翌日にトイレを確認してくれたところ、トイレのタンクから新生児の遺体が見つかったそうです。

タンクの中で水に浮かんでいた遺体は死後数日経っており、腐敗と損傷が酷く、ウジが湧いていたと聞いています。


退院後に新聞に小さく事件として載った内容によれば、病院の女性看護師が医師との不倫関係の末に出産。

隠したかった女性看護師が病院のトイレで出産したものの、トイレに流せば詰まるのは確実だったのでタンクに隠す事に。しかし、産後の体調が優れず倒れてしまい、そのまま放置されていたという話でした。

『使用禁止』と『故障中』の張り紙は、その人が貼り付けたものだったそうです。

その赤ちゃんが出産後すぐに亡くなったのか、それともタンクの中で亡くなったのかは新聞には載っていませんでした。




……もう二度と、あの病院には行きたくありません。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


取材メモ


【あなたの体験談募集】のコーナーに投稿された話の信憑性について


投稿者の住所から周囲の病院を調べたが、大きな病院なし

投稿者の関係者による体験談と思われる

新聞記事を探したが同じような事件なし


昆虫霊との融合? キメラゴーストの可能性

追加取材の必要性?


→編集の許可が出たのでチェック後掲載


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