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奇跡ノ種 (Miraculous Species)  作者: なみだいぬ
第一章 吹き抜ける風が冷たくて
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第一章 吹き抜ける風が冷たくて(3)

 突然、山からの強い向い風が吹き抜けた。服を通して素肌まで直接冷気が当たっているのがはっきりと分かる。この寒さは雪が降るレベルの寒さだと体感的に思った。

「うううぅ、寒い」

 どこかで厚手の上着を売ってないかなぁ、登山用でもいいから。明日は上着を探しにこの辺を散策してみようかな。悩んでいるうちに、こぢんまりとしたホテルに到着した。

 他のホテルと間違えていないかどうか看板を見て一応確認してみる。

 〝ロイヤルホテル南願谷〟でちゃんと合っていた。

 なんでこんな簡単な名前を忘れてしまうのだろう。駅から徒歩五分、と書いていた割に遠く感じた。向い風だったからかな。外観はビジネスホテルに近い感じのシンプルな造りをした建物だったが、周りに並んでいる古そうな家々と見比べると良く見えた。この辺では〝ロイヤル〟なんだろうなぁ。今日はここで一泊する。

 ホテル内の様子を覗くようにそっと自動ドアをくぐった。開いた自動ドアが閉まるまでの間、風が鳴って吹き込んできた。ロビーは暖房がきいていて暖かく、寒さで強張った身体に安堵感を与えた。

 奥にあるフロントには誰も居なかったので、呼び出しベルをチリンチリンと二度鳴らすと、奥の部屋から白髪交じりのオジサンがのっそりと現れた。

「いらっしゃいませ」

 普段はのんびりと畑仕事をしていそうなオジサンにホテルマンの制服を着せた感じだった。

「予約している柳都と言いますが、大丈夫でしょうか」

 予約がちゃんと取れているかどうかの意味を込めて、〝大丈夫でしょうか〟と付け加えてみた。

「はい、一泊で柳都様の予約を頂いております、こちらに記帳をお願い致します」

 目の前に置かれた宿帳に名前や住所、電話番号などを書き込んだ。

「ありがとうございます、五〇五号室になります、チェックアウトは翌日の十時になりますのでそれまでにご返却お願い致します」

 部屋のキーを受け取り、オジサンに笑顔で軽く会釈をした。会社では事務兼受付という仕事で身に付けた〝営業スマイル〟を使った。オジサンの目に愛想良く映っていれば良いけどね。

 ロビー横の小さなエレベータに乗って、五階のボタンを押した。

「五〇五、五〇五、ごまるご、ごまるご、ゴマゴ、ゴマゴ」

 私は五〇五という数字からグランド・ゴマゴ、通称「ゴマゴ」という人気のあるブランドメーカーの名前を思い出した。五〇五番の部屋は五階で通路の一番奥にあり、そこから五〇六番、五〇七番、五〇八番と折り返す部屋の配置になっている。


 五〇五番の部屋内に入ると電気と暖房のスイッチを入れた。部屋の中はこぢんまりとしたシングルルームで綺麗にまとまっている。

「ふぅぅ~」

 窓際のイスにカバンを置いて、ベッドに座ると大きく一息ついた。とりあえず、カバンの中の荷物を机の上に一つ一つ全部広げていく。

 これは私の性格的なもので、必要なときに使いたい物がすぐに手にできないと嫌で、わざわざカバンの中を探すのがイライラするからである。

 化粧品、着替え、文庫本、駅弁、お茶、お財布。

「あらっ?」

 カバンの底に何か硬いものがあった。手に取ってよく見ると、私は目を丸くして驚いた。

 それは〝透明な犬のオブジェ〟だった。

 なんでこんな所にあるの……? これは確か列車の座席に戻したはずなのに……。

 その記憶ももう曖昧になってきていた。本当に私はオブジェを座席に戻したのだろうか。

 思い出そうとすればするほど、思い出したい記憶の一部分がぼやけてくる。

「ん~」

 自分の記憶に自信が無いなぁ。

 私は前髪をかき上げた。

 頭の中で〝変な虫〟が次々と記憶を消してゆく。そのうち勝手に記憶の糸を繋ぎ変えたり、造り出したりしないか心配する時がある。でも、それは自分が気付かないだけで、すでにもう始まっているのかもしれない。なんて事を考えると、ちょっと怖くなった。


 部屋が暖房で温くなってくるとともに、自分の心も落ち着き、ようやくお弁当に手を伸ばした。電車に乗る前に買った駅弁当、実は前々から食べてみたいと思っていたお弁当の一つ。竹の節と節を切った竹筒をあしらった容器で作った、その名も「竹取弁当」。容器はプラスチックになっている。

 昔は本物の竹筒を使ったお弁当だったみたいだけど、時代の流れとともに容器も廃棄しやすいプラスチック製に変わってしまったみたい。でも、ちゃんと竹の香りを注入した容器を使っていて、本物の竹の容器よりも軽く、価格も安くなっている。

 竹筒の節のフタを開けるとさらに竹の香りが広がった。中身は竹の子と山菜の炊き込みご飯が詰まっている。ご飯の上に煮込んだ鶏肉と楓の形に切られたカマボコが盛り付けられていた。

「う~ん、おいしい」

 炊き込みご飯の味付けがとても上品で、竹の香りが口中から鼻に抜けるとご飯の旨味も倍以上に美味しく感じる。鶏肉とカマボコも少し濃い目の味付けにしてあり、ご飯を引き立てている。カマボコを食べている時、ふと昔飼っていた犬の事を思い出した。

 犬小屋まで犬にカマボコをよく持って行ってあげた、とても喜んで食べてくれた、その時の記憶だった。

 お弁当を最後まで食べると、満腹で十分に味を堪能した。想像していたよりも味が繊細でとても美味しかったので、これを買って良かったと記憶した。でも、忘れてしまう気がしてICレコーダにお弁当の感想を録音しておいた。

 食べ終わった後はお風呂へ。ホテル内の説明図をチラッと見たけど、このホテルは確か大浴場が設備されている。もちろん各部屋にも小さな浴室は付いているけど、どうせ入るなら大きいお風呂の方が楽しい。

 行ってみようかな、誰もいなければいいなぁ、混浴じゃないよね、なんて事を考えながら机の上に置いていた着替え、洗顔用具とタオルを持って、とりあえず大浴場に行ってみる事にした。

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