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奇跡ノ種 (Miraculous Species)  作者: なみだいぬ
最終章 愛の証明
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最終章 愛の証明(2)

 草原を歩いて五分ほどで民家に着いた。以前、精神世界の〝無意識領域〟に来た時に寄って行ったあの小民家だ。手を引かれたまま玄関を上がり、訳の分からない緊張感が溢れながら畳部屋に足を踏み入れた。

 そこには〝ノノ〟と〝意識の私〟がいた。しかし、〝意識の私〟は布団の上で寝ている状態だった。状況が全然まだ掴めない。空気が止まったかのような静かな部屋の中でノノが神妙な面持ちで口を開いた。

 「またお会いしましたね。こんな事は本当に珍しい事ですが、〝無意識の私〟の希望で貴方を呼び寄せさせて頂きました」

 「あれっ? でも私、ノノがくれた風船で現実世界に戻った気がするけど……」

 「そうですが、その後の現実世界での事は覚えてないでしょうか?」

 「現実世界……」

 左上に視線を巡らせて、頭の中でその部分の記憶の続きを探していた。

私は髪をかき上げた。

 ん~~。何故か何も思い出せない。記憶の中で微かに映像が映し出された。

 「あっ 私、雪山にいたのかも。頂上にいて周りがキラキラしていて、後は下るだけだったはずだけど、どうしてここにいるのだろう」

 記憶の断片が不規則に繋がって歪な映像を作り出していた。

 ノノは私の瞳を見つめながらこう言った。

 「確かに貴方は雪山にいました。しかし、そこは頂上ではありません。それは現実世界ではなく、貴方が見た夢の中の出来事です」

 「あれは夢だったの? じゃあ、私は雪山で何をしていたの?」

 「貴方は叶峠を越える為に叶峠裾に向かった。ですが、叶峠裾の吹雪の中で気を失って倒れてしまった。いわゆる遭難したのです」

 「遭難!?」

 私は驚いた。しかもそのような記憶が全く無い事がとても怖かった。

 ノノは冷静に話を続けた。

「死の淵を彷徨っていた貴方は捜索に来た宿場の男性に救助され、緊急病院に運ばれました」

 「ええっ!?」

 もう一度、私は驚いた。先ほどよりも衝撃が大きかった。

 今まで口数が少なく、傍観していた〝無意識の私〟が口を開いた。

 「その宿場の男性というのは牧田さんよ。ツアーの時に何度か喋った事があるでしょ。それも忘れてしまった?」

 「牧田さんは覚えているけど、何で私が叶峠裾にいるのが分かったのだろう。それよりも病院に運ばれた私はどうなったの?」

 再びノノが答えた。

 「貴方は今、病院で昏睡状態のままベッドに寝たきりで……」

 「ええーーーーーっ!!」

 今までで一番驚いた。腰が抜けそうなほど。放心状態で頭がクラクラしてきた。

 「現実世界で貴方が昏睡状態から覚めないのは、この子が意識不明だから」

 ノノは布団に寝ている〝意識の私〟の方に目線を落とした。

 「現実世界の貴方は病院のベッドの上で身体は動かす事ができず、薬の副作用で良くない幻覚ばかりを見るようになってしまっているの」

 あの苦痛のある記憶は幻覚だったのね。何度も残酷な死に方をする幻覚。

 「あれは〝シャドー〟が影響しているのだと思うわ。〝意識の私〟がこの状態で抑えていない訳だし」

 〝無意識の私〟が一歩足を踏み出し、一呼吸置いてこう言った。

 「現実世界ではこの状況が続いているが、〝本体の自分〟である貴方の意見が聞きたい」

 「私の意見……?」

 「そうよ。それが今回、ノノにお願いして貴方を精神世界にお呼びした目的なの」

 それで私は精神世界に降りてきた訳ね。

 「意見というのは、どうすれば〝意識の私〟の意識を取り戻せるか、よね……」

 「いいえ、意識を取り戻す方法は、自然回復以外はないと思う」

 「……ん」

「率直に言うと、貴方はこのまま現実世界に戻って昏睡状態のまま人生を続けるか、それともここで〝無意識の私〟である私か〝意識の私〟を絶命させて人生を終らせるか、貴方ならどちらを選ぶのかが聞きたい」

 「ちょ、ちょっと待って、絶命させるなんて……。でも、これから〝意識の私〟が意識を取り戻す事もあるのよね?」

「それもあるだろうけど、それが何日後なのか何週間後なのか何年後なのか何十年後なのかは分からない」

 「いつになるのか分からないのね」

 「それに現実世界で叶峠の雪山に向かったのも、元々は私やノノの意思ではなく、ペルソナやシャドーでもなく、〝意識の私〟が決めて行なった事。ノノをトトに会わせる為にこの子なりの考えで叶峠を越えたかったはずなのに遭難して、運良くというか運悪く人に発見されてこんな状況に陥ってしまった」

 ノノをトトに会わせる為……。私はそんな重要な事を忘れていた。私自身どうすれば良いのか分からなくなってきた。

 「もし〝意識の私〟が死んだらどうなるの?」

 「死んだ場合は、ペルソナ、無意識の私、シャドーも死ぬ。そして、現実世界での星与としての存在である貴方も死ぬ。星与としての記憶は私の中からノノに引き継がれ、ノノは星与の精神世界から離れていく。ノノ、合っているよね?」

 「はい、概ね合っています。その後はトトのいる所まで移動していきます。記憶としての星与もチャロと会う事ができます」

 その一言で私は選ぶべき道が分かったような気がする。この世の中にはもう未練も無い。夢も希望も無い。それに昏睡状態が続くなんて死んでいるのと同じ。

 「私は〝意識の私〟を……」

 絶命させる、が言えずに言葉が詰まった。

 〝無意識の私〟はその言葉を察してゆっくりと頷いた。

 「もし〝意識の私〟を死なせるのが嫌であれば、私でもいいよ。結果は同じ事だし、覚悟はできているから」

 「うん……」

 私はそう言うと、布団で横になっている〝意識の私〟の傍へと進んだ。

 それを望んでいたのよね……、〝意識の私〟も。でも、自分で自分を絶命させるなんて……。

 〝無意識の私〟は着物の帯ほどの細長い布を持ってきた。

 「これで……。もちろん、私も手伝うわ」

 お互い目を合わすと、二人は〝意識の私〟の身体の左右にそれぞれ座った。そして〝意識の私〟の首に細長い布を巻いてそれぞれが端を持ち、首が締まるようにお互いが反対方向に強く引っ張った。

 不思議なほど死ぬ事への恐怖は無かった。また、死なせる事への罪悪感も無かった。

 これでノノはトトに会える。そして私はチャロに会える。やっと私の望んでいた願いが叶う。 チャロに会う為なら何でもする。私は細長い布を持つ手に力を込めた。

それが私のチャロへの愛の証明なのだから。


 どうせ私が死んでも私の周りの数人が一週間ほど悲しむだけで何も変わる事はない。悲しむ事もないかもしれないけど。ただ、母親よりも早く死ぬ事は申し訳ないと思う。チャロの一件があって以来、話もしていない。気まずくて実家に帰る事もなくなった。

 母親がもっと注意してチャロをあんな小さな犬病院ではなく、心配して本当に治療のできる病院へ連れて行ってくれていたら未来も変わっていただろう。

 私の「星与」という名前は母親の希望で名付けたのよね。出産が近くて救急車で運ばれる中、夜空に輝いていた星を見た時に決めてくれたのよね。とても気に入っていた名前だったよ。

 母親が年老いてからの面倒が見てあげられなくてごめんね。でも、もしこのまま昏睡状態が続いたら金銭的にも精神的にも負担を掛けちゃうからもうこの世を去ります。


 気のせいかもしれないが、徐々に私も息苦い気がする。

細長い布を握る力が入らなくなってきた。腕に力を入れているにもかかわらず、筋肉疲労を起こしたかのように腕に痛みが走る。どうしてこんな時に。

 〝意識の私〟の首を締めている細長い布が徐々に緩んでいく。やっぱり引っ張っている力が弱まってきている。

 どうしよう……。

 その時〝意識の私〟が薄目を開いた。すると、〝意識の私〟は自ら細長い布を握り締めて左右に引っ張った。

 ああっ……。

 私の瞳には涙が溢れて目の前が滲んで何も見えなくなった。

 〝意識の私〟……。

♪春の晴れた日、冬眠から覚めた小熊のようにウキウキと~。

どこかで聴いた事があるフレーズが頭の中で鳴ったが、何の事だか全く分からなかった。

 なんとなく心地良い感覚の中、軽く浮き上がるように全てが真っ白の世界へと移り変わっていった。



 運命……。

 それは変える事の出来ない巡り会わせ……。

 人の運命は決まっているようで決まっていない。しかし、生まれてくる事は運命の他ならない。 星与という女性の運命。彼女の人生もまた儚い運命であった。


 私の名前はノノ。星与は数分前に私の目の前で亡くなりました。

 〝意識の星与〟に覆い被さるように〝本体の星与〟と〝無意識の星与〟が倒れている。

 記憶を司る〝無意識の星与〟を通して、私の中にある記憶を収める引き出しの一つに星与の全ての記憶が小さな幾何学模様の塊として保管された。こうして私の中に記憶が引き継がれていく。

 星与の精神世界の崩壊が始まった。私が星与の普遍的無意識となってから見てきたこの世界の風景が壊れていく。そして、とうとう私は解き放たれた。

 昆虫が脱皮するように現実世界の星与の身体から抜けると、ふわりと宙に浮いた。

 私の姿はこの現実世界の次元であっても生物の目では見る事ができない。

 病室には誰もおらず、星与が亡くなった事にまだ誰も気が付いていない様だ。病院のベッドに横たわる星与は安らかな表情をしていた。

 星与……。貴方の意思を叶えましょう。私と共にトトの元へと参りましょう。

 天を仰ぐように大きく手を広げ、どこかにいるトトの存在を探した。

 月の近くにいるのね。ここからだと十秒も掛からないわ。

 私という存在はトトという存在以外は何も干渉しない。だから大気による空気抵抗や地球の重力の影響を受ける事が無い。なので、光の速度とまではいかないけれど、最高速度は秒速約六万キロメートルで移動する事ができるの。

 さあ、早く会いに行こうっと。

 高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、トトのいる方向へ移動を試みた。空に向かって上昇していく。

 一秒後、後ろには小さな地球が見えた。徐々に加速していき、そろそろ最高速度に達する。これ以上は加速しなくても速度を保ったまま進める。

 バレーボールぐらいの小さな月が見えるが、まだトトの存在は見えない。

 早く抱きしめたい。早く抱きしめられたい。

 それは食欲や睡眠欲と同じように私にとっては自然の欲求だった。この欲求の要因はアニマとアニムスの関係からくるものだ。

 ようやくトトの存在が見えてきた。次の瞬間、私はトトに抱きついていた。

 結局は七秒ほど掛かった。あっという間だけどとても長い七秒間に感じた。

 「トト、会いたかったわ」

 「ノノ、僕も会いたかったよ」

 お互いギュっと力強く抱きしめあうと、私は暖かい幸せに包まれた。

 私の中にいる星与もチャロに会えてとても喜んでいるわ。

 私とトトが抱き合う感覚が同時に星与とチャロにも伝わっている。

 暫く落ち着くまで抱き合った。幸せはやがて涙へと変わった。それは悲しみからくる涙ではなく、幸せの涙。それに喜びの涙、優しさの涙、嬉し涙。


 「さあ、星与とチャロで集めたエネルギーの凝縮を始めよう。あと一回ぐらい溜めればエネルギーを持つ子宇宙に融合が出来ると思う。そうなれば、もしもビッグクランチが起こっても母宇宙への相転移が可能だ。僕達は元の高次元空間に戻れるから」

「あと一回、もう少しでやっと融合できるだけのエネルギーが溜まるのね。次もまた人間で生まれてこられたら良いね」

「今度はお互いが人間で生まれ変われることを祈ろう。千年後には人口が増えすぎて他の生物がかなり減るから人間に生まれ変わる確立は上がるはず。その分、性悪な人間も多くなるだろう。だけど、僕が必ずノノを守ってあげるから。心配しなくていいよ」

 「うん、ありがとう。私も負けない。頑張ってトトの事を支えてあげたい」

 「ありがとう。ノノを幸せにするように頑張るよ」

 お互い見つめ合いながら誓い合った。

白いマーブル模様の入った青い地球を眺めながら、私達は遊び疲れた子供のように眠りについた。








平成二十五年 五月十一日  第一版 発行

平成二十五年 九月十一日  第二版 発行







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