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奇跡ノ種 (Miraculous Species)  作者: なみだいぬ
第四章 真実、そして現実
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第四章 真実、そして現実(1)

 もう三十分ほど経ったのかもしれない。

 周りの音が何も聴こえないぐらい静かだ、もう現実世界に着いたのかな。

 私は思い切って目を開くと薄暗い空間が広がっていた。まるで光が差し込まない広い洞窟にいるような感じだった。でも、ここは精神世界に迷い込む前に一度見た事がある。

 ここを抜けたら現実世界なのかな……。

 頭上を眺めながらそう考えていると、どこからか太陽のようなまばゆい光が照りつけた。眩しくて目が開けられない。薄く開いた瞼の隙間から明るくなった周囲を見渡した。一段と眩しく輝く光の球体が遠くから徐々に近づいてきている。

 この神聖さを感じる閃光のような鋭い光もどこかで見たような気がする。ついに目の前まで近づいてきたその光の球体は気球ぐらいの大きさになっていた。

「うわっ ぶつかるーーーーっ」

 身動きのとれない私は光の球体に緩やかに接触した。

 不思議なことに何の衝撃も無く、何の痛みもなかった。とっさに止めていた息をゆっくり吐いて周りの状況を確認した。

 私は光の球体の中にいた。

 どういうこと……?

 暫く風船を握り締めたまま固まっていた。

 キラキラとした沢山の細かな光の粒が目の前に集まって一つの形へと変化した。

「チャロ!」

 それは間違いなくチャロの姿だった。大きく尻尾を振って、慌しく足踏みをして喜んでいる。

 私は思わずチャロに抱きついて名前を呼び続けた。チャロを抱きしめたとても感触が懐かしい。暖かい優しい光に包まれているのを全身で感じる。

 私は号泣した。

「チャロ、会いたかった」

 チャロが亡くなってから、ずっと寂しかった。ずっと会いたかった。

 今までチャロの事を思わなかった日はないわ。

 ずっとこのまま抱きしめていたい。

「星与、久しぶりだね」

 私は耳を疑った、目の前のチャロが喋っている。

「僕も会いたかったよ」

 驚きで何も声が出なかった。ただチャロを見つめていた。

「現実世界で残念ながらチャロは亡くなってしまったけど、僕はとても幸せだったよ」

 私は再び涙が溢れ出た。

「チャロ、チャロ、チャロ……」

「チャロとしてここで君にお礼が言いたかった。星与、ありがとう」

 思いがけない出来事に私は涙が止まらない。

 もう顔がベチャベチャで情けない姿になっているに違いないけど、私もどうしても伝えたい事があった。

「チャロ、ありがとう。でも、私、都会に働きに出て、チャロの事ほったらかしてしまって。チャロの事、大好きなのに何で都会の会社に就職してしまったのか今でもわからない。地元で就職してチャロと一緒に過ごす時間をもっと持てばよかったのに。本当にごめんなさい」

「僕は星与から充分な愛情をもらっていたよ。毎日、ご飯を持ってきてくれて、その時にブラッシングしてくれたり、散歩にも連れて行ってもらったり、いつもいつもとても嬉しかったよ」

「私もチャロと触れ合う事で癒されていたわ。チャロに喜んでもらえると私も嬉しかったから」

「今度はお互い二人ともが人間で生まれ変わろう。そして、また巡り逢って愛を紡ぎあおう」

「うん、私もずっとチャロを愛したい」

「僕たちは……」

 突然、チャロの姿が輝きながら大きくなり、人間の男性の姿へと変わった。

 顔立ちが整った背の高い男性、一目惚れしてしまうぐらい私の好みのタイプだった。そんな男性を目の前に見つめられていると心臓の鼓動がドキドキと大きく響いていた。

「僕たちは生まれ変わってもお互い結ばれる存在だから」

「生まれ変わっても?」

 目の前の男性は優しく微笑みながら頷いた。

 私の心がキュンと鳴った。

「僕はチャロの〝普遍的無意識〟であり、トトという存在」

「貴方がトト! 私の〝普遍的無意識〟はノノという人だったわ」

「そう、今の君は星与であり、ノノという存在でもある」

 分かるようで良く分からない。

「〝普遍的無意識〟だから一緒に生まれ変われるの?」

「必ずしもそういう訳ではないけれどね。僕とノノの存在について少し教えてあげるよ。君が現実世界に戻ったときには忘れてしまうかもしれないけどね」

 私は静かに頷くと、トトは一息ついて話し始めた。

「僕とノノは元々一つの存在だった。そしてその存在は今の宇宙が誕生した時に生まれた」

「えっ!? 宇宙?」

 あまりにも突拍子もない事で驚いたが、トトを見つめて再び耳を傾けた。

「その前に、宇宙誕生に至るまでを簡単に言うと、今の〝三次元+時間〟で構成されているこの宇宙というのは〝十次元+時間〟という高次元の空間である母宇宙の中の一部で生まれたんだ」

「母宇宙?」

「そう、初めて聞く言葉だろうけど、母宇宙はこの宇宙よりも比較にならないほど遥かに広大で、その母宇宙には〝次元を司る巨大な靄〟のようなものが幾つも漂っている。そして、靄と靄がごく稀に干渉した時、莫大なエネルギーが発生する。この現象がこの世界ではビッグバンと呼ばれる現象だ。

「ビッグバンは聞いた事があるわ」

「一度は耳にした事あるよね。靄と靄がぶつかる事で、作用してビッグバンが起こった。そしてビックバンの反作用として靄が干渉した範囲の内側に〝三次元+時間〟で構成された空間と幾つもの子宇宙が誕生した。

「作用と反作用……」

「そう、何かしらの作用の現象が起こると反作用の現象が必ず起きる。それは母宇宙でも同じ事。そして発生した〝三次元+時間〟で構成された空間の中で数億兆の子宇宙があり、一番巨大なエネルギーを持った子宇宙がそれより小さい中小のエネルギーを持った子宇宙を飲み込んでいき、吸収されて一つの子宇宙として大きくなり、安定化して留まっていった」

「それが今の宇宙って事?」

「そう、母宇宙と区別する為に子宇宙と言っているけど一番大きなエネルギーを持った子宇宙が今の宇宙の姿。誕生した子宇宙の中で、全くエネルギーを持たない子宇宙というのも何億と生まれている。エネルギーが無い為、大きなエネルギーを持つ子宇宙に吸収される事も無く、同じ空間を漂っている。そのエネルギーを持たない子宇宙の一つが元々の僕達だった」

「トトとノノが子宇宙の一つだなんて信じられないわ」

「そうだろうね。僕達の子宇宙の周りで、約百四十三億年もの長い年月が経つ間に星や銀河が集まり、太陽系を形成し、その中の惑星にたまたま生命が誕生し、エネルギーを生み出す生物に進化した。ここまでが今の宇宙と太陽系になる」

「水・金・地・火・木の太陽系ね。他の子宇宙もいるの?」

「この太陽系にはいない。他の子宇宙がどこにいるのか、どうなったかも知る事ができない。僕達の子宇宙の周りで太陽系ができたのはたまたまで運が良かった。エネルギーを持たない子宇宙は正極と負極に分かれる事によって、それぞれがエネルギーを源とする生物に取り込まれる事が可能になった。生物にオスとメスがあるように子宇宙の正極はオスにアニムス(男性元型)として、子宇宙の負極はメスにアニマ(女性元型)として分かれた。アニムスはオスに、アニマはメスに、それぞれ一つの生物に取り込める。取り込まれたアニマ、アニムスは精神を支える存在として〝普遍的無意識〟になることができてエネルギーを獲得していく。ただ、取り込まれた生物が死ぬ事によって、次の生物へと取り込まれる状態になるまで約千年の時間が必要になる。獲得したエネルギーを凝縮する時間が必要だから」

私は知らない専門用語が多くてなんだか分からなくなってきた。

「アニマとアニムス、つまり正極と負極は元々一つの存在である為、お互いはいつの時代も必ず巡り合い、惹かれ合い、愛しあう。生まれ変わってもお互いを求めあう運命。人間の言う〝赤い糸〟みたいなものが僕とノノには存在する。最終的にはエネルギーを持たなかった僕たちがエネルギーを獲得する事でエネルギーを持つ子宇宙として再び一体化する事が僕たちの使命。僕達のような存在を僕は〝奇跡ノきせきのしゅ〟と名づけた。ちょっと分かりづらかったかな」

 私は途中から聞いていてもほぼチンプンカンプンで分からなかったが、はにかみながら頭を傾げた。ただ目の前の人と一緒にいるだけで何にも変えがたい幸せを感じていた。

「そのうち〝ビッグクランチ〟といって、現在広がっているエネルギーを持った子宇宙が拡大のピークを迎えた時、今とは逆に縮み始める。そして最後まで縮むと消えてしまう。つまり、母宇宙では靄同士が干渉してできた〝三次元+時間〟で構成された空間が靄と靄が離れる事で無くなってしまう。そうなるとエネルギーを持った子宇宙は相転移をする事により高次元空間の母宇宙へと戻る事ができる。だけど、エネルギーを持たない子宇宙は何もできずにそのまま消滅してしまう」

「消滅してしまうって、トトとノノは無くなってしまうの?」

「そう、でも今まで何度も生物の〝普遍的無意識〟となってお互いがエネルギーを溜めてきた。

一番大きなエネルギーを持った子宇宙と融合できるのはあと少しだ。融合ができれば僕たちは消滅する事はなく、母宇宙へ戻れるから。だから今度も生物で生まれ変わってまた一緒になろう」

「うん、わかった」

 私はチャロであるこの人とまた一緒になれると思うと嬉しくなった。

 私は再びトトに抱きついた。

「星与に一つ謝らなくてはいけない事がある」

「えっ、何?」

 トトとは今回、初めて会ったから、思い当たる事が何も無かった。

「僕は星与の旅行に一緒に付いてきた」

「それで夢の中にチャロが出てきたり、ジャケットを持ってきてくれたりしたのね」

「そうだよ。でも、ジャケットは星与がちゃんとカバンの中に入れて持ってきていたよ。ただ、その事を忘れて気がついていなかったから教えてあげただけで」

「えーっ、カバンに入っていたのね。でも、そんな事で謝らなくても良いよ」

「いいや、本題はここからで、実は〝本体の君〟を精神世界に送り込んだのは僕なんだ」

「やっぱりトトだったのね。ノノもそう言っていたから。でも、どうして?」

「星与は精神的な病になっていた。カバンに入れたジャケットに気が付かないぐらい酷い状態までに」

「最近、ストレスが多くて精神的に疲れていたから……。確かにカバンに入れたジャケットも普通は気がつくはずだけど全く気がつかなかったわ」

「症状が最近出てきているからそう思うだろうけど、数年前から徐々に積もり積もって精神が歪んでいたのだろう。ノノは僕に心配を掛けないように何も言わなかったけど、現実世界の星与の姿を見てそれが分かった」

「心配してくれての事だったのね」

「そう、でもその方法での精神世界の正常化は僕が予想していたよりも簡単では無かった。まさかシャドーがあんなに暴れているなんて。それなのに〝本体の君〟を危険な目に合わせてしまった事を謝りたい。本当にすまない」

「ううん、大変だったけど大丈夫だったから。シャドーは酷かったけど元々は私が原因でもあるし、精神世界の事が分かって良かったと思う。これからもストレスには気をつけるから」

「ありがとう。それと〝本体の君〟を送り込んだもう一つ理由は、こうしてここで君に会って話したかったから。チャロは幸せだったよ、と伝えたくて。僕の姿が具現化できるのは現実世界や精神世界ではなく、この〝現実と精神の狭間〟でしかできない。僕の宿っていた肉体はもう無いし、宿るための精神世界ではないからね。しかも、今ここで星与が見えている僕の姿も星与が創り出した仮想の姿だから星与の理想的な男性に映っているはずだよ」

トトの姿は自分の理想の男性像、と思うと照れて赤面してしまった。

「あはは、なんだか不思議」

「もう風船が縮んできたからそろそろお別れだね」

「えっ」

 持っている風船を見ると、さっきのかまくらほどの大きさから半分ぐらいに縮んでいた。

 もっと一緒にいたい……。それが正直な気持ちだった。

「チャロとしての僕と一緒にいれたのも十三年間だったね。僕は幸せだったよ」

 また瞳の奥から熱い涙が込み上げてきた。でも、もう泣いている時間の余裕は無いから、ちゃんと思いを伝えないと。

「私もチャロと一緒に過ごした時間はとても幸せだったわ。もっと一緒に過ごしたかったし、できるのならチャロと結婚したかった。まだまだ言いたい事がいっぱいある」

「ありがとう、星与」

「こちらこそありがとう、トト……、チャロ……」

 私はトトに飛び切りの笑顔を見せた。

「今回は特別にエネルギーを使ってここに来られたけど、何度もそういう訳にはいかないし、次は千年後かな。現実世界で会えるのは」

「千年後…… もっと早く会えないかな……」

「エネルギーを凝縮する子宇宙の周期だからね、こればっかりは仕方が無い」

 こんな時にわがままを言ってしまいそうになる自分を押さえ込んだ。

「星与は残りの人生楽しんで。僕は必ず待っているから」

「うん……」

私とトトを囲んでいた光の球体が縮んでいき、ソフトボールぐらいの大きさで目の前に止まった。

 再び、薄暗い空間と静寂が周りを支配していく。

 私の身体は風船によって再び上昇し始めた。

 トトの光の球体は小さな円を描いて飛んでいった。

 その光が見えなくなるまで私は小さく手を振って見送った。


 そうだ、思い出した。

 まだ物心がついて間もない子供の頃に私は家族で旅行に連れて行ってもらった。その時、旅先でキーホルダーを買ってもらった。それはチャロによく似た透明なオブジェが付いたもので、気に入って早速自分のカバンに付けて喜んでいた。

しかし、子供だった私ははしゃいで、どこかにぶつけたのか、気がつくとオブジェが割れていた。キーホルダーの輪とオブジェの尻尾だけになっていて、身体が無くなっていた。そんな事があった。

 買ってすぐに無くしたから記憶も薄かったのだろうね。

 私が電車の中で拾った犬のオブジェはあの時のモノだったのかもしれない……。でも、何故。

 これもトトがした事なのかな。

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