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奇跡ノ種 (Miraculous Species)  作者: なみだいぬ
第三章 自分という存在
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第三章 自分という存在(4)

 十分ぐらい歩いた頃だろうか、焼け野原の中に焼けてない大きな家がポツンと立っている。

 近づいてみると、藁葺き屋根の小民家だった。社会の授業の時に教科書で見た覚えがある形の家だ。何故かこの小民家の周囲の草木は燃えていない。

 とりあえず雨宿りさせてもらおうかな。

 雨の中を歩いて身体が冷え切ってしまった。これ以上は寒さに耐えられないので恐る恐る玄関から中に入った。

「すみません、誰かいますか……」

 寒さで口がうまく動かせずムニャムニャムニャと空気が抜けただけで声になっていなかった。

「もしかしたら〝意識の私〟さんいますか……?」

 また声になっていなかったが、耳を澄ましていても何の反応も聴こえてこなかった。

 被っていた膝掛けもずぶ濡れで、いつも触り心地の良いムートン生地がしんなりとしていて、触った事のないムチャっとした感触になっていた。

 これ結構良い物なのに。

 玄関の土間に竹製の籠があったので、その上に乾かすつもりで掛けた。晴れの日に干してもすぐには乾かないと思うけど。

 靴の中まで雨が入って染み込んでいたから、廊下に上がると床に濡れた足跡が残っている。さすがにワンピース姿では寒すぎてどうしようか悩む。

 小民家の中は人の気配が無さそうで静まり返っている。

 廊下伝いに気配を消しながらそっと歩いているが、足を進めるごとに廊下の板が古いのか立て付けの悪いドアを開くような音が鳴ってしまう。

 真っ直ぐに進んで突き当りを左に曲がると縁側に続いている。縁側の外窓は閉められているが、大きなガラス窓で庭の景色が眺められる。空が一面の煤煙で灰色に染まっている。野焼きをしたのかな。

「誰っ!」

 突然、後ろから声がして口から心臓が出そうなほど驚いた。

 振り向くと、広い和室に布団が敷いてあり、起き上がりながらこちらを見ている人がいる。白いワンピースを着た私にそっくりな人。この人も私の精神人格なのだとすぐに理解した。

「貴方は〝意識の私〟? それとも〝無意識の私〟?」

 心臓の鼓動が高まって頭まで響いている。

 突然の緊迫した空気が両者の間で流れている。

「私は…… 私は〝意識の精神人格〟 貴方はいったい誰なの?」

 〝意識の私〟はそう言うと、目線を一度も外さずにこちらを凝視している。

目の前の〝意識の私〟はペルソナが言っていたように〝本来の私〟というだけあって、見た目や髪の長さまで全く同じ。まさに鏡の自分を見ているようだった。

 〝意識の私〟は髪をかき上げた。そして、私も髪をかき上げた。

 私は自分が〝本体の自分〟という事やペルソナと会った事など、精神世界に来てから今までの事を話した。

「本体の自分…… そんな事は初めてだわ」

「ペルソナも同じ事を言っていたわ。私もここに来るのは初めて。それに精神世界では何が起こっているの? 濃霧が発生したり、焼け野原になっていたり」

「まさか!」

〝意識の私〟は驚いた様子で立ち上がり、縁側の窓際に駆け寄った。外の野焼きをしたような風景を見てこう言った。

「まさか、シャドーが!」

 目の前の光景が信じられない様子で声が段々と小さくなり、うなだれて頭を抱えだした。

「シャドーが?」

「とうとうシャドーが暴れだしたの。無意識領域をこんな事に。ここを滅茶苦茶にしたのはシャドーよ」

「シャドーは精神人格よね? それなのに何故そんな事をするの?」

「怒りが抑えきれなくなったからよ。もともとシャドーは私の〝心の影〟になる存在」

「〝心の影〟になる存在?」

「そう。現実世界で貴方が良心的な行動をするという事は同時に逆の悪心は抑制されている状態になっているの。人は誰しも心の中に悪心の根源となる破壊衝動を持っていて、それが現実世界に出ないように厳重に抑圧されているものなの。その抑制された衝動の全ての塊がシャドーという精神人格で、いつもは私と〝無意識の私〟が暴れないように抑えているのだけど、私が倒れてしまったから暴れだしてしまったのだわ」

「こんなに酷い事をするなんて……」

 もう一度、窓から外の焼け焦げた一帯を二人で見た。

「それにしてもシャドーがここまで暴れる事なんて今まで無かったわ。そして〝本体の自分〟がここに来る事も」

「私もどうしてこの精神世界に来たのか分からない。現実世界で寝ていて、気がついたらこっちにいて」

「何かしら理由があるのかもしれないけど……」

 私は一番聞きたかった質問をした。

「ちょっと聞きたいのだけど、私はどうすれば現実世界に戻れるの?」

「戻り方…… それは私には分からないわ」

「えーー、知っているとばかり思っていたのに」

 私は全身が一気に重くなった。

「もし現実世界から何かしらの作用で精神世界に来たのならば、戻る場合は精神世界で何かしらの作用が働けば戻れるとは思うけど……」

 さらに不安になってきた。私は現実世界に戻れるのだろうか……。

 悩んでいる私に〝意識の私〟は問い掛けてきた。

「そういえば〝無意識の私〟はどこにいるの? どこかで会わなかった?」

「まだ会っていないわ。意識領域には居なかったみたいだし」

「そう、じゃあここか〝シャドー領域〟のどちらかね」

「そうなるわ」

 隣り合う精神領域にしか行けないから確かにそうなるはずだ。

「〝無意識の私〟なら何かしら知っていると思うわ。あの子は私の知らない事まで知っていたりするから」

「同じ私の精神人格なのに知らない事があるなんて不思議ね」

「そうなの。〝無意識の私〟は精神人格の中でも他人のように独立していて、私が今まで生きてきた記憶や経験した知覚を全て覚えているの」

「全て?」

「そう、私が忘れてしまって思い出せない記憶も全て」

「それはすごい記憶力ね」

「でも、記憶を忘れる事ができない辛さもあると思う。私はいやな記憶は年月が経つと忘れてしまうけど、あの子は嫌な記憶もずっと消えずに残っているから」

「それもそうね。嫌な事はすぐに忘れたいし」

「現実世界への戻り方も聞いてみたら何か知っているかもしれない」

〝意識の私〟は周囲をゆっくりと見渡しながらこう言った。

「残念ながらこの精神領域には居ないみたいだわ。見当たらない」

「えっ、もう分かったの? ペルソナは近くにいないと分からないみたいだったけど」

「ええ、そうよ。私と〝無意識の私〟は領域全体を探せるの。ペルソナとシャドーはそこまで中枢的な存在ではないから狭い範囲しかできないだけで」

「そうだったの。ここに居ないという事は〝シャドー領域〟にいるって事よね?」

「そのはずだけど、でもどうしてだろう…… 〝シャドー領域〟に行っても何もする事はないはずだけど…… まさか!」

 〝意識の私〟の顔が一段と厳しい表情になった。

「まさかシャドーを治めに行っているのかもしれないわ」

「シャドーを治めに?」

「でも、そんな事はできないって分かっているはずなのに…… 何故……?」

 〝意識の私〟は髪をかき上げて一点を見つめ、考えたまま黙ってしまった。

 確かに無意識領域を焼き払うようなシャドーを治める事なんてできるとは思えない。

 どうしてそんな所に……。

 現実世界に戻る方法を知る唯一の手掛かりなのに。

 私は髪をかき上げて頭の中で精一杯、どうすれば良いのかを思案していた。

 考え込んでいた〝意識の私〟がようやく口を開いた。

「でも、何かしらの考えがあって行ったのだろうと思うけど……。やっぱり〝シャドー領域〟に直接行って見てみないと分からないわ」

 二人の間で不安と焦燥感が急激に募り、緊迫した雰囲気に変化していくのを感じた。

 その雰囲気を打破するように私は言った。

「〝シャドー領域〟に行きましょう。〝無意識の私〟を探しに。何か力になれるかもしれないし」

「それが、私は拒絶障壁で〝シャドー領域〟には行けないの」

〝意識の私〟は申し訳無さそうにそう言った。

「そうだった。隣の精神領域までしか行けないのだった。えっ、それじゃ、私だけで行くの?」

「それも心配ね」

「ん~、でも私は〝無意識の私〟には会わないといけない。会って現実世界に戻る方法を聞かないといけない」

 あぁ、もう何だか疲れてきた。なんでこんなに私の精神世界ってややこしくなっているのだろう。

「もうっ私、行って探してくるわ」

 考えていても何も解決しないし、誰も助けてはくれない。自分の事だから自分が解決しないといけない。

イライラとして、ちょっとヤケクソ気味になってきた。腹をくくる時かもしれない。

「もしも〝シャドー領域〟でシャドーに遭遇したら絶対に逃げた方がいいわ」

 〝意識の私〟は心配そうにそう言った。

「そうね、シャドーには注意するわ。へ、へくしゅん!」

 私は全身の冷えが悪寒へと変わるのを感じた。学生の頃からずっと冷え性な体質で寒いのにはとことん弱い。玄関に干していた膝掛けも乾いてなさそうだし、どうしようか。

「ごめん、何か着るものがあったら貸して欲しいの」

 〝意識の私〟は部屋の端の小さな和箪笥から何か着る物を取り出した。

「ちゃんちゃんこ!」

 それも〝ちづ婆ファッション〟で流行った紫色のちゃんちゃんこだ。

「これ、結局は買わなかったような気がしたけど、ちゃんと買っていたのね」

 仕事が忙しい時期だった事もあり、曖昧な記憶しか残っていない。

「いいえ、これは現実世界では買っていないかもしれない。現実世界で貴方が考えた事や関心があった事の記憶は全て無意識の世界には保存されるから」

「なんだかよく分からないけど、これは精神世界だけのものって事ね」

「そうね。そんな感じ」

 早速、ちゃんちゃんこに腕を通して羽織ると、ホッと安堵したのか声が漏れた。

「あぁ、暖かい」

 お互い今まで強張っていた表情がやっと緩んだ気がした。

 こんな状況なのに不思議とウキウキとしながら玄関へ急いだ。

 干していた膝掛けを一応確認してみたが、しっとりとしたままで乾く気配もなかった。

「境界までついて行くわ。心配だし。道も分かりづらいと思うから」

「そうね、わかったわ」

 さっきまで降っていた雨もやんだみたいで、秋の空が所々に顔を出していた。でも、まだ風が冷たい。

 見渡してみても焼け野原しか見えず、方角すら分からない。〝意識の私〟に聞いてみる事にした。

「〝シャドー領域〟との境界はどっちの方向にあるの?」

「ええっと、あっちの方になるわ。ちょうど風が吹いてくる方向に」

 指差す方向に顔を向けると、緩やかな風が吹き抜けた。

「では、行きましょう。ついて来て下さい」

 〝意識の私〟が歩いていく後へと足を進めた。

 ちゃんと〝無意識の私〟を見つけて現実世界に帰れるのだろうか……。というか帰れなければ絶対に困るのだけど。それにしても肉体が精神世界へ迷い込むなんて……。そんな不思議な事態が実際に起こっている。

 もう早く現実世界に帰りたい。

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