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KARASU  作者: 猫又
9/12

言い分

 目々連の末っ子目玉は怖くて怖くて、みやこの髪の毛の中でぎゅっと身体を縮めていた。

(なにこのにんげん……こわい……こわい……)

 嵐のような斉藤の暴力がおさまったのは深夜だった。

 みやこは気を失ってしまったし、斉藤も疲れてしまったのだろう。

 まだ文句を言いながら、部屋中の金を集めて出て行った。

 そこへ。

「ごちそうだねえ」

「うんうん。今日はいろんな味があるねえ」

「うんうん」

 と聞いたような声が末っ子の耳に届いた。  

 みやこの髪の毛の中からそっと当たりを伺うと。

「ピギャー!!」

 気を失っているみやこの周囲で舞い踊る小鬼達の姿があった。

「これは……かなり黒いねぇ。美味しい!…あれ」

「ピギャ!」

 みやこの髪の毛の隙間から末っ子目玉が顔を出した。

「あ、末っ子? やっぱりここだったね」

 末っ子目玉を探しにきたはずなのに、みやこの深くなった悲しみや絶望のごちそうに小鬼達は夢中だ。

「末っ子が帰らないから、俺たち怒られたよー」

「お腹いっぱい食べたら帰ろうね」

「ん? なに?」

 目々連は人語を発しないが、意思の疎通は可能である。

 末っ子目玉は今まで見てきたみやこの悲惨な境遇を小鬼達に訴えた。

「可哀想だねー」

「あにさんのとこの客になるかなー」

「どうだろー」

「ピギャ! ピギャ!」

 と末っ子目玉は怒ったふうに飛び跳ねている。

 日頃から殴る蹴るの暴行をくわえられたみやこの身体に貼り付いていた末っ子目玉はすっかりみやこに同情的というか、暴力的な斉藤が許せないようだ。

「えー、じゃあ聞いてみようか?」

 面倒臭そうに一匹の小鬼がみやこの頭元に立った。

「復讐したいなら鴉のあにさんだよー」

 その横で笛を吹く小鬼、バチを取り出してトントンとそこらの物を叩く小鬼。

 リズムに合わせて歌い出す小鬼達。

 

 不思議な音色に誘われて夢うつつの中にみやこの意識がふっと蘇った。

「復讐したいならあにさんに頼めばいいよ」

 みやこは頭をかすかに振って、

「……復讐なんか……藤田君、ごめんなさい……ただ、見てるだけでよかったの、それだけなの……ごめんなさい……」

 と呟いた。



 小鬼達に連れられて末っ子目玉が戻って来た瞬間にやはり鴉の左腕は涙、涙の再会でびしょ濡れになった。

「もう連れて帰ってくれへんか、こいつら。俺、風邪ひくわ」

 と鴉が颯鬼に言ったので、颯鬼がぷっと笑った。

 渡されたタオルで左腕を拭くも、後から後から涙が溢れてきてどうにもならない。

 小鬼達は鴉の前でもじもじとしている。

「なんや?」 

 お互いがお互いの脇腹あたりをつっついて、お前がお前がと言い合っている。

「何か言いたい事があるんか?」

 小鬼達だけでなく、鴉の側にいる妖達は鴉を恐れていた。

 呪力、妖力の大きさの問題もあるが、実体を持たない妖は鴉の肌の上でしか生きられないからだ。離れてしまえばいずれ消滅すしかないる。

 鴉に捨てられる事を何よりも恐れている。

 小鬼達は実体を持つ蔵ぼっこという妖であるが、鴉を怒らせてこの家から追い出さればやはり死活問題だ。蔵ぼっこは家につく妖だが、近代では人間の家に棲み着くのも簡単ではない。遮断されたコンクリートで出来た家、固い蓋の閉じた箱につまった冷やされた食べ物。小さい小さい小鬼達は冷蔵庫も開けられないし、食料調達に鍵のかかった家から出るのも一苦労だ。そして何よりペットの存在。犬、猫、などの大敵がいる。あいつらは面白半分に小鬼達をいたぶって、そして殺す。昔の家のように屋根裏や縁の下の隙間などの逃げ場がない。

 そして蔵ぼっこ同志の縄張り争いがある。鴉の家を追い出されて、新しい家を見つけても先住人がいれば争う事になる。一家に蔵ぼっこは四、五人が限度だった。

 口答えをしたり夜中に勝手に出歩くなどしてはいても、本当に鴉を怒らせるような事はしたくない小鬼達だった。

「どうも客が来ているようだぞ」

「は?」

 颯鬼の言葉に鴉は意識を外に向けた。

 家の前に人間の気配が一つある。

「お前らが連れて来たんか? 浅田であるまいし、客引きなんぞできひんやろ」

 鴉が小鬼達を見た。

「あのねー、だってねー。商店街の一番奥ってねー言っただけ」

「末っ子が連れて来たんだよー」

「ねー」

 鴉はすでに定位置に戻っている末っ子目玉を見た。

 きょろっと黒目を動かして、鴉の肩にいる一番大きな一族の代表目玉に助けを求めるように「ピー」と鳴いた。


 末っ子目玉はみやこの身体に貼り付き、そして彼女の生活の一部始終を見ていた。

 斉藤に殴られ蹴られるのも、頬を染めて藤田を見つめるのも末っ子目玉はまるで自分がみやこの瞳になったように見てきた。

 末っ子目玉が一族の元に戻れば、末っ子の経験は全ての目玉が共有出来る。

 目玉達は鴉の身体をもぞもぞと移動したと思うと、ぼんっと一つの超巨大目玉になった。

 そして鴉の身体から抜け出し、ででんっと床に降り立った。

「えーと、それはどういう意味やねん」

(末っ子の罰は罰として後ほど受けさせますが、今はこれをごらんいただきたい)

 と野太い声で超巨大目玉が言った。

 シュボっと超巨大目玉が光った。

 鴉の事務室の壁に映し出されたのは、末っ子目玉が見たみやこの生活だった。

 斉藤との幸薄い生活とカフェでほんの少し言葉を交わした後は黙って藤田を見つめている。毎日、その生活の繰り返しだった。そして殴る蹴るの暴力を受けたみやこがごめんなさい、と泣いているところで映像は切れた。

 鴉は頭をかいて、

「そんで? 復讐をしたいって言うてんのか? この娘が」と言った。

 超巨大目玉はぶるんぶるんと目玉を横に振った。

(我らをあの娘に刺してやってください。あの娘が見つめていたかっただけ、というあの青年に少しの間でも会わせてやれましょう)

「わーすごい!」

「喜ぶね!」

「あのお兄さんに会えるんだって」

 と小鬼達が無邪気に喜んでいる。

「あほか! お前ら自分らの力を分かって言ってんのか?」

(あの娘の願いがそれならば叶えてやりたいでしょう。あの娘のおかげで末っ子も無事だったので。末っ子もそれを是非にと望んでおります)

「はー」

 と鴉はため息をついた。

「あかん」

(見つめていたいと望むのなら叶えてやりたいではないですか)

「そりゃそうやろ。見つめる事だけしか能の無いお前らにはな。確かにお前らに願掛けしたら、望むだけ望む相手を眺めていられる。どんなに遠く離れた場所でもな。けど、お前らが見つめる相手がその後にどうなるか分かってんのやろ? お前らに見つめられるだけで相手は生気を奪われるんや。その結果相手が死ぬとなってもそう願うかどうか、娘に聞いてから口きけや」

 と鴉は冷たく言い放った。

「その人間がどうなろうが俺はどうでもええけどな、無意味な事に時間をさくんはお断りや。それにお前らを刺すっていう事はその娘の眼球に刺青を刺すってことやで。若い娘が金出してまで眼球に針さされるんを承諾するはずないやろが!! ちょっとは考えろ!! くそぼけどもが!!」

 怒りにまかせて鴉がそう大きな声で怒鳴った。

 怒りでぶわっと鴉の妖気が広がった。 

 ひええ、と小鬼達はさっと部屋のすみへ走って逃げて行ってしまった。

 他の妖達はとばっちりが自分に来ないように黙って静観するのみだ。

 怒りのあまりに放り出されたらたまらない。


 元々、鴉の肌に寄生している実体を持たない妖、刺青の柄になるのが生業の図柄達は鴉が命綱だが、目々連のような古くから生息する実体を持つ妖は鴉に何の恩も引け目もないのでそう簡単に引き下がらない。

 もちろん力比べで言えば、鴉の方が上である。

 鴉が最強の鬼族である颯鬼にもひけをとらない妖力を持っているのは、目々連にも察知出来る。逆らったら消されるのは確実である。

 だが目々連も(末っ子の恩人ですからな)と引かない。

 妖には理屈も道理も通用しない。

 こう思うからこう行動する、だけだ。

 みやこが望むから見せてやりたいだけであって、その結果、藤田が生気を奪われて衰弱死するのはどうでいいのである。

「あのなぁ」

 知性も理性も持ち合わせない妖を人間の道理で説得するのは難しい。

 もう少し高等な妖もいて理屈が通じる妖も存在するのだが、古来から見つめる事だけに特化してきた目々連には通用しないようだ。


「話にならん」

 鴉が立ち上がって部屋を出て行こうとした時、

「待て」

 と颯鬼が言った。

「なんや? まさかお前も刺したれ言うんか?」

「まあ、そういう事だな」

 鴉はじっと颯鬼を見た。

「俺は復讐以外に彫りはやらんぞ」

「だが、あの娘、半年ももたず死ぬぞ」

 と颯鬼が言ったので、その場がシーンとなった。

「死ぬ?」

「ああ、失意のままろくでもない男と暮らし続けて、そのうち風俗に落ちる。男の方はその金を吸い上げて薬に手を出す。ある日、薬物中毒になった男に殺される」

「何やそれ」

「あの娘の先を読んだ。半年以内に娘は死ぬ。男に絞め殺されてな」

 鴉はまたソファにどすんと座った。

 ソファの肘掛けに肘を置いて頬杖をつき、何かを考えているような顔になった。

 しばらく黙ったまま煙草を吸っていたが、短くなった煙草を灰皿に押しつけてから立ち上がった。

「ええやろ。あの娘の眼球に目々連を刺したろ。末っ子、お前があの娘の目に入るんやで」

 鴉がそう言うと、超巨大目玉はほっと息をつきやがて分解した。それぞれにまたぞろぞろと鴉の左腕に戻っていったが、末っ子目玉だけは床に残って「ピィー」と鳴いた。

 鴉は末っ子目玉を拾い上げてから、

「あかん、お前が連れてきた客や。お前の責任できっちり仕切るんや。俺の刺青術に失敗はない。万が一でも失敗は許さんで」

 と言った。


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