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KARASU  作者: 猫又


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図柄 覚(サトリ)

「銀鬼様が来るぞーー、逃げローー」

 と小鬼達が部屋の床をぐるぐると走り回っている。

 小鬼達にとって、鬼族の颯鬼は恐怖の対象だった。

 颯鬼にしては眼中にも入らない、存在すら気がつかないほどの小さい者達だが、小鬼達にとっては鴉の工房へ颯鬼が来る時はいつも一大事件だった。

「逃げろーー」

「隠れロー」

 と一騒ぎして、小鬼達が消えてしまった後に、空間を割って颯鬼が現れた。

「?」  

 颯鬼の背後から少年が一人ついて現れてたので鴉は首をかしげた。

「隠し子か? 雌鬼が怒鳴り込んでくるんはごめんやで」

 と鴉が言った。

 人間に近い形態の鬼族は子孫を繁栄する事が可能である。

 雌鬼は他種族の妖、そして人間とも生殖行為が可能である事は鴉の存在が証明している。

「鬼の子ではない。ここで使えないかと思ってな。一族とはぐれて居場所がない」

「はあ? 化け物の面倒事を持ってくんな」

 鴉は嫌そうな顔をした。

「この子は使えるぞ。覚だからな」

「覚って心が読めるやつか?」

「そうだ」

「へえ」

 鴉は興味深そうに覚の少年を見た。

 緑色の髪の毛で黒い瞳の少年だった。

「じゃあな、頼んだぞ」

 しゅっと姿を消す颯鬼に、鴉はありったけの悪口を言う。

「なんやねん、ほんま迷惑な鬼や」

 鴉は覚に声をかけるでもなく、すぐに机の方を向いて絵を描く作業に戻った。

 側にいた浅田は「え」と思ったが、心を読まれるなんて冗談じゃないぞ、と思いながら自分も立ち上がった。

「じゃ、じゃあ、俺もまた……来ますんで……」

 鴉は返事もしない、覚の少年は壁際に膝を抱えてうつむいたまま座り込んだ。

 開襟シャツに半ズボン、足は裸足だった。

 顔や身体は人間に良く似ている。

「覚、わしは青女房じゃ。これは人間の浅田。よろしゅうな」

 と青女房が浅田の背中から出てきて優しく声をかけた。

 覚は少し顔をあげたが、黙ったままだった。

「見た目、人間だな」

 と浅田が言った。

「そうや、覚は人間に一番近い妖なんや。人や動物の心を読むという技を持ってる。でもそれだけや。心を読むだけや。何も怖い事ない。覚はほんま無害な妖なんや」

 そうかな……と浅田は思った。

 ある意味、人間には一番怖い種類の妖じゃないかな。

 心を読まれるなど、一番恥ずかしく恐ろしい事だ。

 人生の全てを壊されるかもしれない技だ。

 だが他人の心を覗けるとしたら、それは面白い。

 そしてそれで人間関係が崩壊するかもしれないという危機感が何とも言えない背徳感ではないか。

 例えば、鴉が自分の事をどう思っているのか。仲間と認めてるのか、違うのか。

 愛想もなく一緒に食事に行った事もなければ、酒を飲もうと鴉から誘われた事もない。

 自分は鴉にとってどういう存在なのか。

 自分は人間で非力だ。ここにいる妖みたいな役に立つ技もない。

 客引きだって小鬼達で充分だ。 

 ここにいる自分の存在意義が浅田には見つからなかった。


「じゃあ」

 と言って鴉の工房を出た浅田へ青女房が、

「覚は可哀想な妖なんや」

 と言った。

「可哀想?」

「そうや。覚は人間に近いからな、時々、人間に紛れて暮らすんや。性質も生き方も人間の方が近いし、何より、心を読む以外に何も出来ん。力もない。そやから他の妖の餌食になる。人間の近くにいた方が安全なんや」

「へえ」

「でも、心を読んでしまう。それが嫌われる」

「そうか、それは分かるな。人間は心を読まれたくない生き物だからさ」

「悪い事に使ったりせんのやで?」

「それでもさ、誰にも心は読まれたくない」

「そうか……水が欲しいと思った時に水を差し出すのも、あかんかえ?」

「それは……覚は思いやりのつもりかもしれないけど、しない方がいいな。例えば、汗だくでたった今、砂漠を渡ってきた人間にならいいさ。水が欲しいだろう。そういう風に誰が見ても分かるって時以外は止めた方がいい」

「そうか、覚は人間に嫌われたくなくて、つい先走って行動してしまうんやろうな。そういう生活が長かったから、今は誰とも言葉を交わす事もせんようになってな」

「青女房、あの覚の子供と知り合いなのか?」

「あの子じゃない……覚は他にもいるんや……でも今はどの覚もそんな感じやろうな」

「ふうん。青女房、お前優しいな」

「は? 何を……」

 少し慌てた風に言う青女房に、

「こないだの桂さんの時もそうだったけど、寂しい妖に優しいな。桂さん、あれからすげえ遊びに来るもんな。やっぱり寂しかったんだろうな」

 と言って浅田が笑った。

「寂しい妖を見るのは嫌なんや……つろうなる……わしが優しいんと違う。わしは自分がつろうなるのが嫌なだけで、おせっかいするんやで」

 と青女房が優しくそう言ってから笑った。 


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