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KARASU  作者: 猫又


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颯鬼と磯女 7

 颯鬼の言葉にその場にほっとしたような雰囲気が広がった。

 妖が人間と相容れるかどうかは難問でもあるが、悪霊に悩まされるのは人間も妖も同じだ。知性もなく憎しみと猜疑の感情だけで動く悪霊は妖にも取り憑き、力の弱い妖は巨大な悪霊の餌食になる事もある。

 人間の魂の奥深くまでしがみついている悪霊の退治をを颯鬼が楽勝、と言ったので、皆がほっとしたような顔になった。

 美味しい物を食べ歩くしか興味のない小鬼でさえ、

(銀鬼様、格好いいー)

(そうだねー)

 とはやし立てた。

 鴉はテーブルに頬杖をついただらしない格好で、

「で、どうするんや。腹減ったから、さっさと始めてさっさと終わってくれ」

 と言った。

「ではその娘の事はお前に頼んだぞ」

 と颯鬼が鴉に言ったので、

「はあ? 何で俺が……」

 と鴉はぶつぶつと文句を言った。



 颯鬼は悪霊の安田の方へ向かって、

「その娘の事は諦めてお前の行くべき場所へ行け」

 と低い声で言った。

 だが安田には当然のように颯鬼の声は届かず、無視の態度を決め込む。

 颯鬼はやれやれという風な顔で右手を上げ、安田の頭をぎゅうっと鷲づかみした。

 すでに安田に実体はなく、その身体はぼんやりとして透けて見えるだけの存在だった。

 だが颯鬼が安田の頭を掴んだ瞬間にはっと安田が顔を上げた。

 目線が動き、そろそろと周囲を見渡す。

 不可解な者達に囲まれているのを感じたようだ。

 だが、それでも月子の側から動こうとはしない。

 再び月子に視線を戻し、また動かなくなった。

「これで最後だ。お前の為に言うぞ。その娘から離れろ」

 安田は颯鬼を完全に無視していたが、ただ、口角が少しあがった。

 ニヤリと笑ったようだ。

 安田の消滅は月子の死を意味する事を理解しているようだ。

 どうせ何も出来はしないだろう、という風な顔で颯鬼をちらっと見る。

 

「そうか、この俺にそんな態度をするか。最後のチャンスは与えたぞ。選んだのはお前だ」

 と颯鬼が言った。

 再び颯鬼が右手を上げて手のひらを安田の前に差し出した。

 その手に平の上には黒い玉があった。

 安田は一瞬、不思議そうな顔をした。

 颯鬼がその黒い玉を握りつぶした瞬間、パっと黒い霧の様な物が辺りに散らばった。

(ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー)

 という悲鳴を発したのは安田だった。

 安田があまりの驚きの為に、一瞬月子を忘れてしまう程に気がそれた。

 安田は月子の魂を手放してしまったのだ。

 その瞬間に颯鬼は安田の頭を掴んで月子の身体から引きはがした。

 そして、鴉の方へ月子を突き飛ばす。

「きゃっ」

 と言って月子が鴉の腕の中に倒れ込む。

 それを見た安田が狂ったように怒気を発しながら鴉の方へ襲いかかろうとした。


 しかし鴉の前には犬神が立ちふさがり、牙を剝いて唸った。

 安田は犬神に対抗しようとしたが、

(おにいちゃん……淳ちゃん……)

 というか細い声に身体中を引きつらせて、店の隅のほうへ飛んで逃げた。 

「あの子は……」

 と磯女が言った。

 こちらも若い娘だった。だが、真っ白い病衣のような物を着て、首にはシーツを裂いて作った細い長い紐が巻き付いている。 

 首吊り自死の果てのようで、目玉は今にもこぼれ落ちそうな程出っ張り、顔色は悪く浮腫んで膨れている。

「お前を慕って、気が触れてしまった娘のなれの果てだ。寂しいというから連れてきてやったぞ。仲良く、常闇の世界で添い遂げてやれ。永遠に二人っきりで」

 と颯鬼が言った。

 

 安田は店の隅っこの壁際でぶるぶると震えている。

(おにいちゃん……おにいちゃん……)

 狂い死にしてしまった娘の魂はどす黒い霧に姿を変えている。

 その黒い霧が隅っこにいる安田に向かって集まっていく。

 自身が悪霊のくせに、安田は酷く怯えたような表情になっていた。

 霊魂である安田の身体に霧が纏わり付く。

 ぶるぶると震えながらも安田にはそれに対抗出来なかった。

 嫌だ、嫌だ、と腕を振り上げたり顔を振ったりするが、娘の黒い霧は安田に寄り添ってぴったりとくっつく。   

   

「悪食!」

 と颯鬼が言うと、陰から悪食が飛び出した。

「一片も残さずに喰ってしまえ」

 悪食は嬉しそうに天井まで舞い上がり、そして安田と哀れな黒い娘の上へ覆い被さった。

 ばさっと広がりぎゅっと二人を包む。

 しばらく租借のように動いていたが、やがて動きを止めた。

 悪食がこちらへ振り返った時にはもうどこにも二人はおらず、悪食は満足そうにまた床の隅で丸まった。

「悪食、消化はするなよ。なるべく長く、二人で過ごさせてやれ。幼馴染みとかいう哀れな娘の最後の願いだ」

 


「えげつな-」

 と沈黙を破ったのは鴉である。

「そうか?」

 と言って颯鬼は鴉の前の席に座った。

「磯女、この娘を休ませてやれ」

 月子は鴉の腕にもたれかかるように気を失っている。

 安田を引き剥がした時の衝撃で一気に身体に負担がかかったのだろう。

「あ、はい」

 店の者に手伝わさせて、磯女は月子を店の奥へと運んで行った。

「悪食の中で永遠にとかマジ地獄やな」

「しょうがないさ。自分の犯した罪は自分に返ってくる。あの男は自業自得だ。幼馴染みだという娘もあの男のせいで気が触れて自死した。自殺者の堕ちる常闇の世界でもまあ、好きな男となら幸せだろう」


「さあさあ、颯鬼の旦那に鴉のあにさんも、目一杯飲んでくださいよぉ」

 と奥から磯女が一升瓶と陶器のコップをいくつか持って出てきた。

「すぐに魚も捌いてしまいますからねぇ。今日は生け簀がからっぽになるまで食べていってくださいよぉ」

 わっと歓声があがりその場にいた者が酒の瓶に群がった。

 小鬼がテーブルの上で笛を吹き、小皿の縁を叩き、そして舞い踊りだした。


「月子ちゃんの為にえらい頑張ったやんけ」

 と鴉がけけけっと笑いながら言った。

 颯鬼はふんっと横を向いてからコップの中の酒を飲み干した。

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